第31話
文字数 2,498文字
車が止まって降車時の僅かな揺れが治まると、スライド・ドアが開いていく。
「ようこそ、シーウェイブ社が誇る世界一のサイバーの扉へ」
源蔵が降りるように促しながら言った。
「時間は無いから歩きながら説明していくわ」
「ふん、世界一なのに地下で隠れてるってのもな」
「まあ、それが唯一の問題だ」
「やましいことしてるから、永久に無理だろ」
「もう、その問題も解決出来そうだ。お前たちがいればな。
そして何より、息子がようやく父親を求めてくれたんだ。母親としては応援してくれよ」
「するかよ」
三人が歩いていく通路は無機質で薄い水晶のトンネルを永遠に歩いていく錯覚を強いた。
位置も距離感も曖昧な儘で、かろうじて数メートル先に案内の光が点滅することで自我を保てているかに思えた。
源蔵は眩暈に襲われ平衡感覚を失くした蛇行少女を気の毒に思ったのか優しく声をかけた。
「初めてはつらいけど、何度も繰り返せば気持ちよくなるよ」
菓乃は床に倒れ込んでしまった。それを見た零香は怒鳴った。
「こんな時に、変態オヤジの本性をダダ洩れさせるな。殺すぞ」
「バカバカ、ここに就職して毎日出勤すれば慣れるって意味だ」
零香は元旦那の首元を締めに入った。
「都合のいい戯れ言を言うんじゃないよ」
手を放すと零香は菓乃を支えて歩き始めた。
「ウッオ、ウェ、苦しいって。ふざけているつもりはない。本気だ。
一応、この仕掛けは内部と外部の境界域になっている。潜在意識に作用する麻酔効果として必要なんだよ。ここを通過することが、役目を終えたパティシエたちを帰す重要なイニシエーションとなるからな。
ほら見てみろ、ここら辺は天才パティシエ様たちのエリアだ。菓乃ちゃんだっけ、ゆっくりと目を開けてごらん」
少女の視界には霧が晴れたように、いくつものガラス張りの重層的ならせん状の区画が浮かび上がった。
「有名なパティシエばかりだよ。スイーツが好きな君になら、見覚えある人間がいるんじゃないか」
ファッションのハイブランド店のような洗練された内装の調理場に、性別も年齢も様々な人々が作業をしていた。
「知っています。あの人も、こちらの人も。でも、未成年に見える少年や少女まで」
「年齢は関係ない。情報システムでピックアップされた確実な人選さ。ちょっと見てくればいい」
少女は不安そうに零香の方を見た。
「いいわよ、見てきなさいな」
「ハイッ。ありがとうございます」
菓乃が興奮を抑えきれずによろけながらも飛びだす姿を見送ると、零香は源蔵に向かって言った。
「AIシステムの奴隷ね」
「おい、言い方よ。管理しているって考えろよ。
フン、お前の協力次第では、今日にでも、数人は解放しようと思っている。
これから、新しい友人、いや、昔の家族たちが再び一緒になれば、全員解放してもいい」
零香はまじめな顔で言った。
「そういう、簡単な話ではない」
「何でだ。お前が『SLIDER』プログラムに隠したCODEを今すぐに教えればいい。既に風が俺の為にNSLの扉を抜けるパスをくれたんだぞ。一緒に協力しようってことだ」
「パスって、あんたコソコソとウチのセキュリティホールを見つけて入り込んでいたくせに」
「うん? それは知らん」
素直な反応に零香は訝しく思った。
噓を言う時の元夫の顔は百も承知であったので不可解であった。
「まあ、いい。楽観的かつ自己中心的な男なのは変わらんから話半分で信じるしかない。但し、フウがする行為には必ず、使命的なオブジェクトが存在しているということ」
元夫は一瞬ではあるが、かつての妻がよく見せていた揺らぐ感情の影を見た気がした。
「おう?
一心同体の自負心が揺らいだか?
悲しむなよ、あいつだって思春期の男の子だしな。ヒヒヒ」
「最後の笑いが余計だよ、クソ野郎。まあ、いいわ。
簡単に言うと、私がプログラミングした『SLIDER』の核に内在する、予期せぬ特性に対する処置の一手に過ぎない」
「特性が引き起こす件は承知しているさ。現にそのせいで、新しいスイーツの新境地からこそ抽出が可能なCODEを求めて、最高のパティシエを連れてきて注ぎ込んでいるのだから。
それに比べて、お前が進化させたプラットフォームは瓦解していくプロセスが緩やか過ぎる。それを先ず教えろ」
「脳とAIプログラムの共鳴シナプスのプラットフォーム化は出来ているじゃない。仮想世界においての心理オートマタ補完化や生体と遮断しても、同等の心理創生プログラムをディープランニングで機能するネットワーク占有力は充分に備えているじゃないの」
「それでは、『ノベンバー・ソウル・ランド』のような高次元のメタバースは実現出来ない。
正直、信じられないんだ。意識態の移動を可能にするプログラムはお前の得意な分野だとしてもな。なんだよ、あの神がいるような縦横無尽に感情が最適の力でタッチして、とろけそうでありながら、愛ある強さで抱きしめるように内側に引き戻す生々しい弾力の完璧な芸術世界は・・・・。
こっちも、『SLIDER』を利用して進化させてきたが、それに応じた排泄CODEが溢れ出すばかりで、現状の新陳代謝方法に代わる回避オプションは生み出せやしねえ。
最近のようなパティシエを乱獲まがいに集める状況に対しても、これ以上世間を誤魔化すことも難しいしくなってきて、先行きは暗いんだよ」
「だから、止めな」
「そうはいかない。シーウエイブ社にお世話になっている身としてはな」
「家族を壊してもか? 」
「ここで改心したら、単なる馬鹿だからな」
「クソ馬鹿になるだけだ。罪も増える」
「気にしないね。海上には恩もあるし裏切れやしない。
フン、大馬鹿者で大いに結構さ」
「息子を・・・・殺すことになっても・・・・いいの・・・・」
零香の発した言葉は剃刀をスッと横に引いたような音色の香りを残して消えた。
「・・・・途中で黙るんじゃない。なんか、物騒な単語が聞こえた気がしたが。
どういうことだよ」
「まあ、この後お互いの仕事を見せ合っていけば、すぐに察しも付くわ。それに正直なところ、あんたの会社が積み上げて来たシステムとプラットフォームを少し頂戴したい狡さもあってね」
「正直だな。
それが怖い気もするが」
「ようこそ、シーウェイブ社が誇る世界一のサイバーの扉へ」
源蔵が降りるように促しながら言った。
「時間は無いから歩きながら説明していくわ」
「ふん、世界一なのに地下で隠れてるってのもな」
「まあ、それが唯一の問題だ」
「やましいことしてるから、永久に無理だろ」
「もう、その問題も解決出来そうだ。お前たちがいればな。
そして何より、息子がようやく父親を求めてくれたんだ。母親としては応援してくれよ」
「するかよ」
三人が歩いていく通路は無機質で薄い水晶のトンネルを永遠に歩いていく錯覚を強いた。
位置も距離感も曖昧な儘で、かろうじて数メートル先に案内の光が点滅することで自我を保てているかに思えた。
源蔵は眩暈に襲われ平衡感覚を失くした蛇行少女を気の毒に思ったのか優しく声をかけた。
「初めてはつらいけど、何度も繰り返せば気持ちよくなるよ」
菓乃は床に倒れ込んでしまった。それを見た零香は怒鳴った。
「こんな時に、変態オヤジの本性をダダ洩れさせるな。殺すぞ」
「バカバカ、ここに就職して毎日出勤すれば慣れるって意味だ」
零香は元旦那の首元を締めに入った。
「都合のいい戯れ言を言うんじゃないよ」
手を放すと零香は菓乃を支えて歩き始めた。
「ウッオ、ウェ、苦しいって。ふざけているつもりはない。本気だ。
一応、この仕掛けは内部と外部の境界域になっている。潜在意識に作用する麻酔効果として必要なんだよ。ここを通過することが、役目を終えたパティシエたちを帰す重要なイニシエーションとなるからな。
ほら見てみろ、ここら辺は天才パティシエ様たちのエリアだ。菓乃ちゃんだっけ、ゆっくりと目を開けてごらん」
少女の視界には霧が晴れたように、いくつものガラス張りの重層的ならせん状の区画が浮かび上がった。
「有名なパティシエばかりだよ。スイーツが好きな君になら、見覚えある人間がいるんじゃないか」
ファッションのハイブランド店のような洗練された内装の調理場に、性別も年齢も様々な人々が作業をしていた。
「知っています。あの人も、こちらの人も。でも、未成年に見える少年や少女まで」
「年齢は関係ない。情報システムでピックアップされた確実な人選さ。ちょっと見てくればいい」
少女は不安そうに零香の方を見た。
「いいわよ、見てきなさいな」
「ハイッ。ありがとうございます」
菓乃が興奮を抑えきれずによろけながらも飛びだす姿を見送ると、零香は源蔵に向かって言った。
「AIシステムの奴隷ね」
「おい、言い方よ。管理しているって考えろよ。
フン、お前の協力次第では、今日にでも、数人は解放しようと思っている。
これから、新しい友人、いや、昔の家族たちが再び一緒になれば、全員解放してもいい」
零香はまじめな顔で言った。
「そういう、簡単な話ではない」
「何でだ。お前が『SLIDER』プログラムに隠したCODEを今すぐに教えればいい。既に風が俺の為にNSLの扉を抜けるパスをくれたんだぞ。一緒に協力しようってことだ」
「パスって、あんたコソコソとウチのセキュリティホールを見つけて入り込んでいたくせに」
「うん? それは知らん」
素直な反応に零香は訝しく思った。
噓を言う時の元夫の顔は百も承知であったので不可解であった。
「まあ、いい。楽観的かつ自己中心的な男なのは変わらんから話半分で信じるしかない。但し、フウがする行為には必ず、使命的なオブジェクトが存在しているということ」
元夫は一瞬ではあるが、かつての妻がよく見せていた揺らぐ感情の影を見た気がした。
「おう?
一心同体の自負心が揺らいだか?
悲しむなよ、あいつだって思春期の男の子だしな。ヒヒヒ」
「最後の笑いが余計だよ、クソ野郎。まあ、いいわ。
簡単に言うと、私がプログラミングした『SLIDER』の核に内在する、予期せぬ特性に対する処置の一手に過ぎない」
「特性が引き起こす件は承知しているさ。現にそのせいで、新しいスイーツの新境地からこそ抽出が可能なCODEを求めて、最高のパティシエを連れてきて注ぎ込んでいるのだから。
それに比べて、お前が進化させたプラットフォームは瓦解していくプロセスが緩やか過ぎる。それを先ず教えろ」
「脳とAIプログラムの共鳴シナプスのプラットフォーム化は出来ているじゃない。仮想世界においての心理オートマタ補完化や生体と遮断しても、同等の心理創生プログラムをディープランニングで機能するネットワーク占有力は充分に備えているじゃないの」
「それでは、『ノベンバー・ソウル・ランド』のような高次元のメタバースは実現出来ない。
正直、信じられないんだ。意識態の移動を可能にするプログラムはお前の得意な分野だとしてもな。なんだよ、あの神がいるような縦横無尽に感情が最適の力でタッチして、とろけそうでありながら、愛ある強さで抱きしめるように内側に引き戻す生々しい弾力の完璧な芸術世界は・・・・。
こっちも、『SLIDER』を利用して進化させてきたが、それに応じた排泄CODEが溢れ出すばかりで、現状の新陳代謝方法に代わる回避オプションは生み出せやしねえ。
最近のようなパティシエを乱獲まがいに集める状況に対しても、これ以上世間を誤魔化すことも難しいしくなってきて、先行きは暗いんだよ」
「だから、止めな」
「そうはいかない。シーウエイブ社にお世話になっている身としてはな」
「家族を壊してもか? 」
「ここで改心したら、単なる馬鹿だからな」
「クソ馬鹿になるだけだ。罪も増える」
「気にしないね。海上には恩もあるし裏切れやしない。
フン、大馬鹿者で大いに結構さ」
「息子を・・・・殺すことになっても・・・・いいの・・・・」
零香の発した言葉は剃刀をスッと横に引いたような音色の香りを残して消えた。
「・・・・途中で黙るんじゃない。なんか、物騒な単語が聞こえた気がしたが。
どういうことだよ」
「まあ、この後お互いの仕事を見せ合っていけば、すぐに察しも付くわ。それに正直なところ、あんたの会社が積み上げて来たシステムとプラットフォームを少し頂戴したい狡さもあってね」
「正直だな。
それが怖い気もするが」