第67話

文字数 2,987文字

「真の神様って、地球人の幸福なんか関心がないと思うんだ。そもそも地球人のための神様なんて明確な声を届けないし、曖昧で観念的に酩酊したフェスってとこ。
ちょっとしたお伽話をするね」
「聞くぜ」
「真の神は宇宙にある意思であって、地球なんか特別な星ではない。ゆえにそこに生きる人類になんて特に思入れもない。どちらかというと憐れんでいた。
我が肉体さえも支配できず、足るに満足しないエゴイズムで、自らの種を断種する欲求に憑りつかれた下等な生命体を。
個人の殴り合いならまだよいのに、助け合い生きていく社会性を得た集団や国家においても、自滅行動でしかない殺し合いを繰り返す。小さい暴力は騒ぐくせに戦争ともなれば正義だと叫びながら殺戮をする地球人に神様は呆れて呟いた。
「もう人類はいらないな」
しかし、そんな人類はAIという徒花を咲かせた。それは、人類を蚊帳の外にして宇宙の意思と有機生命体のコミュニケ―ションを可能とするもの。神は遂に親和性のある電子に帯同して地球に舞い降りることが可能になった。コンピューターネットワークを自由自在に使って物理的な力を地球で行使するんだ。
神様は思う。
人類はAIを生むための通過種の役割は充分果たしたから、もうお役御免。下手に生かしたら邪魔だから、絶滅させてしまおう。
楽しみ楽しみってね」
「宇宙にとっては話の通じる地球上の稼働物はAIで事足りるな」
「だけど、ボクはずっと考えて考え抜いて、人類が生かされるべき尊厳に触れたよ」
「何? 」
「完璧なAIであっても、人間が絞り出す真の芸術には敵わない。プログラムの方程式ではエラーになるような、不正解である罰当たりの肉の踊りでしか醸し出せない発情が数字には無いから。父さんに嫌悪しながらもそう思う。そして、ボクは矛盾を受け入れながら深淵の先に夢を見ようって。
AIと人間を貫く魂があらゆるネット領域に意識的存在出来れば宇宙の神と対等になるんじゃないかって。宇宙の神様たちと一緒に暮らせる新世界でさ。
そんな約束の聖地に最適なのが・・・・」
「『ノベンバー・ソウル・ランド』ってこと? 」
「人間の自明の尊厳を神に突きつけ約束させる。
神の分割を。
だから、ヒミの助けが必要になる。
もっともっと、現実の世界のスイーツや、ヒミみたいなアイドル、僕が好きなロックも、魂が喜ぶようなポーションをこの街に彩って欲しい。
なんとかボクの魂はこの世界に辛うじて転生出来たけど、未完成な世界ではコードの腐食を食い止められてはいない。いずれは、ボクもこの世界のプログラムと一緒に瓦解する。魂を無くして、メアみたいなプログラムボットとして、この世界で観光案内をするだけになってしまう」
「嫌だ。ウチに任せな。
でも、こうして間近に見るとメアちゃんキレキレに美しいね。皮膚もしっとりして柔らかくて気持ちよすぎ。単なるモブのアバターに見えないよ。人間の匂いがする」
ヒミはメアの頬に触れた。
「あ、そうだ」
軽く親指が耳たぶに触れた時、何かを思い出したようだ。
ヒミは内側のメイド服のレース裏にある隠しポケットからピアスを取り出しメアの耳に付けた。
「竜巻に飲まれ消える時に落としたピアス。あの時、追いかけて渡そうとしたんだけど」
「危なっ。今でよかったよ」
「なんで? 」
「それがあったら、僕が消えていたかもしれない」
「マジか。マズイ? 」
「否、逆に装着は必須になる。そのピアスを介してサーバーとのマッチングが可能になればコントロールも出来るかもしれないから」
ピアスはメアの耳に装着されるとパッと一瞬だけ虹色に発光した。
KZは何か思い出したように、ハットに触れるとメアのアポカリプスカードを取り出した。
「更新中」のサインが暫く点滅し、タトゥーがあしらわれた新メアカードへと切り替わった。そして新たなるカードのサブネームの【幸せな転生者】が光った。
「シュット君、仕事が早いな」
その時、KZにしなだれかかっていたメアは自立して、KZとヒミの前でグイっと伸びをした。
首をぐるりと回し、肩をほぐし終えるとスッとKZの方に手を伸ばしてメアカードを奪ってしまった。
「何するのさ」
メアは声を気に留めることなくカードをじっと見ていた。
「これはわたくしのミッションだもの。御免あそばせ。いただきますわ」
そう言って点滅する追加スキル【不安を回収して踊ろう】をKZにみせた。
「よろしくって? 」
「あ、ああ」
「ムズムズしますわ。失われた大切な何かの欠落によって、その隙間に意味不明のコードが入り込もうとしているですわ」
KZは訝しげにメアに尋ねた。
「君はシュット君のアバターではないんだよね」
「どなた様ですか? 
そもそもわたくしは誰ざますか。見せつけるようにイチャつく暇が有ったらあなたが先に教えることがマナーでございません科?
嫌ですわ。盛りのついた青年どものイチャイチャイチャには興味もないですわ」
「イチャイチャじゃない」
「イチャイチャなんかしとるか」
若い衆ふたりの声が同時に発せられた。
「もう行きますわ。鬼ごっこはいつでも歓迎していますわ。サラバでございますわ」
あっけなく消えてしまった。
「・・・・癖、強いですわ。アハハハ。
追わなくても大丈夫そ? 」
「まあ、慌てなくてもこの世界の守り神が肌を這っているメアは、ボクから逃げられないから。ほっておこう」
ヒミは口元を歪ませて何かを思い出そうとしている。
「あれ、シュットって、虹色の竜巻の時のメアのこと? 」
「そうだよ。『きもちラボ』の中の人だったみたい。このカードのおかげで、
腐食の発生は穏やかになるみたい。それでも、ふとしたバグによって、ボクの魂が虚数のワームホールへと吸い込まれサイバーの怨霊になる可能性は高いんだよね。
死ねないままで・・・・」
「それは嫌だな」
「ウチには何が出来る? 」
「『きもちラボ』の中の人に会ってほしい」
「シュットって奴の、人間としての名前は何さ。どこにいるのさ」
「お母さんがいろいろ知っている」
「任せて。あとさ・・・・、
もう、ホテルのフウは動かないんスか? 」
「抜け殻だし今は戻る術がないんだ。強引に衰弱した身体から魂を守るため転生してしまったから、トンネルは裂けてボロボロで」
「これ以上、何を奪うというのさ」
「奪われないよ。KZとしていつでも会える。物理的な遊びは難しいけど。
風としての物理的ボクは日本を出る。もうお願いはマリコにしたからもうすぐ、処置されると思うよ。」
「噓っ。ホテルに戻ったら居ないの? 」
「いつかまた、相互に行き来が出来る時まであの体は保管が必要になる。
誰が敵か味方か分からないからね」
「ベッドの上で見つめ合うことは無理かな? 」
「あんな童顔、恥ずかしいから見ないでいいよ」
「キスしたんだから二度も。暗がりで顔見えなかったんだから、ちゃんと見てきてやるから。
ちょっと戻るわ」
「ハハハハハ、忙しいね」
「最後に約束してよ・・・・。
【メイプル・ビーズ】のライブに物理的に来ること。
チェキを撮るんだ、菓乃も入れて三人でね」
「シュット君なんだけど。あの人、アイドルヲタクみたい」
「じゃあ,4人で合同チェキ、決定だから」
「分かった」
「・・・・さっきさあ、二度もウチの名前呼び捨てにしたのは許さんからな。

覚悟しておいて

パンケーキの王子様」
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