第12話
文字数 2,213文字
「数字にして?
フウちゃんは変なことを言って・・・・」
次の瞬間、零香の顔が仕事の顔に変り、グイっと風の顔を引き寄せ頬にチュウした。
「ギャっ」
「天才! 」
小さい子供は無邪気に大人が見落としがちな未来を掬ってくれる。
「フウちゃんの言う通り数字にしてみる。ワクワクするプログラムが生まれるわ」
「でもどうやって」
「え?
君が言い出したんだぞ。まあ今は食べよう。
うわっ。
なんて、おいしいパンケーキなのかしら。幸せをこんなにも包み込んで心を満たすパーフェクトさ、めったにないよ」
「ふふふ、ねぇ」
零香はその後、ネットからレシピを見つけて、息子が寝入った後も数値化できる要素を収集しまくった。
「薄力粉を15g、なるほど。ベーキングパウダーは1gね。乳成分はえっと・・・・」
調理時に材料に加えられる熱や圧力など工程に生じる数値公式化だけでなく、材料の個々の組成分子に至るまでの数値による分解までも極め、コード化してシナプスのプログラムに組み込むパターンの試行錯誤を朝まで繰り返した。
そして、風が目を覚ますとすぐに、簡易型のインプラントプラグを射して実験をした。
「痛くない? 」
「全然、へっちゃらさ」
「どうしたの? 素直過ぎない? 」
彼は最近、この行程を嫌がっていた。
「いつもと同じです。失礼だ」
今日に限っては登校前にもかかわらず、萎える気持ちをグッと抑えて協力的な態度であった。生き生きとした母親を前にして嬉しさが苦痛を消し去っていたのだから。
母親は優しく頭を撫でた。
「ありがとうね。数値はどうかな。
お、すごい凄い」
シナプスにおける接触摩擦の改善が5%の向上しているのが認められたことだけでも、上々であったが、科学者の傲慢な欲求が脳に負担がかかることを承知で、サイバー側の受容体とのコネクトスキャンを続けざまに実行すると、リンク同化値がこれまでの最高値よりも150%という大きな上振れをした。
「フウちゃん、あなたのおかげよ」
ぐったりした体の重さに押し付けられながらも風は安心した表情で返す。
「これで、お父さんも少し機嫌がよくなるね」
零香はユーモアで返すことも出来ずに黙ったまま息子の頭を優しく抱いた。
昼過ぎにだるそうに帰って来た夫はこの結果を喜んだ。
どうやって、引き出したかと聞かれ、「un pe de Z」のスイーツからヒントを得たことを話した。夫は菓乃の父親にレシピを教えてもらうように零香に指示した。彼女は何度か尋ねたが良い返事は得られなかった。
そして、数日後、菓乃の父親が失踪する騒ぎが起きる。
当初、自らの意思で家出したのではないかとの見方もあったが、失踪する直前まで翌日の材料の追加発注をしている事実や、ここ数日、家族に黙って店を開ける事があったという証言から、事件性も視野に警察は捜査を始めた。
まず疑われたのが防犯カメラの映像などから、最後に会ったとされた零香であった。彼女を最重要な容疑者としてマークし始めるとマスコミも後を追うようにしつこく追い始めた。尾ひれも付き二人のやましい大人の関係が噂されるようにもなっていった。
そんな時に夫の源蔵はマスコミに囲まれる中で涙を流して「私は信じています」と取材に答えた。
含みを込めた気色の悪い芝居を終えて家に入ると、彼は零香の首を掴んで顔を近づけ。
「俺は信じてるからな、まあ、心配するな。アハハハハハハ。
本当、神はいるな」
などと言い放つのであった。
妻はこの男がパティシエ失踪事件に明らかに絡んでいると確信した。
この人でなしは、自らが容疑者から外され、不倫を否定しながらも心に傷をおった誠実な人間のイメージもおまけで得られると考えていた。普段は閃きなど何もないが、才能のない男が妬みと嫉みを食い散らかして野心を持った時は、あれもこれもといやらしい悪魔の囁きを聞き取るとはふざけたものである。
1週間後、「un pe de Z」のオーナー・パティシエ、鈴野圭吾は隣町の路上を歩いているところを保護された。命に別状は無かったが記憶喪失状態であった。頭部にはいくつか規則性のある赤みがかった皮膚の変化が見られたものの事件性は無いとされ、詳細は不明ではあるが自らの意思による失踪であると結論付けられた。
1ヵ月もすると、それまでのスキャンダルの騒ぎも嘘のように引いていた。待っていましたというばかりに、源蔵は零香に離婚を提案した。魅力的なプログラムさえ手に入れば、スキャンダルでみそが付いた妻と別れるにはいい機会だと考えたのだ。
だが、零香にとっても都合がいい話であった。あくまで、ベースプログラムでしかなく、彼女が目指す世界とは源蔵や海上のビジネスが交わることはないと考えたから。
慰謝料は請求せずに、息子の親権とプログラムの基礎技術特許を共同で保有して自由に活用することを認めさせたうえで離婚を承諾した。
そんな、離婚調停の契約事項を詰めている最中、パティシエ失踪事件の当事者である鈴野圭吾が療養中の施設で原因不明の脳出血で亡くなるという訃報がもたらされた。
零香は源蔵たちの目にも触れぬように内密に彼の妻と会い、今後この母子家庭のとなった親子が幸せに暮らすための計画を念入りに練って、実行に移すことを約束した。そして、思いつく限りの心配事を全て片付けると祖母の手引きで、風を連れアメリカへ渡って行ったのであった。
翌年には蜂谷零香はレイカ・ファスビンターとなって、新たな未来への再出発を実現することになった。
フウちゃんは変なことを言って・・・・」
次の瞬間、零香の顔が仕事の顔に変り、グイっと風の顔を引き寄せ頬にチュウした。
「ギャっ」
「天才! 」
小さい子供は無邪気に大人が見落としがちな未来を掬ってくれる。
「フウちゃんの言う通り数字にしてみる。ワクワクするプログラムが生まれるわ」
「でもどうやって」
「え?
君が言い出したんだぞ。まあ今は食べよう。
うわっ。
なんて、おいしいパンケーキなのかしら。幸せをこんなにも包み込んで心を満たすパーフェクトさ、めったにないよ」
「ふふふ、ねぇ」
零香はその後、ネットからレシピを見つけて、息子が寝入った後も数値化できる要素を収集しまくった。
「薄力粉を15g、なるほど。ベーキングパウダーは1gね。乳成分はえっと・・・・」
調理時に材料に加えられる熱や圧力など工程に生じる数値公式化だけでなく、材料の個々の組成分子に至るまでの数値による分解までも極め、コード化してシナプスのプログラムに組み込むパターンの試行錯誤を朝まで繰り返した。
そして、風が目を覚ますとすぐに、簡易型のインプラントプラグを射して実験をした。
「痛くない? 」
「全然、へっちゃらさ」
「どうしたの? 素直過ぎない? 」
彼は最近、この行程を嫌がっていた。
「いつもと同じです。失礼だ」
今日に限っては登校前にもかかわらず、萎える気持ちをグッと抑えて協力的な態度であった。生き生きとした母親を前にして嬉しさが苦痛を消し去っていたのだから。
母親は優しく頭を撫でた。
「ありがとうね。数値はどうかな。
お、すごい凄い」
シナプスにおける接触摩擦の改善が5%の向上しているのが認められたことだけでも、上々であったが、科学者の傲慢な欲求が脳に負担がかかることを承知で、サイバー側の受容体とのコネクトスキャンを続けざまに実行すると、リンク同化値がこれまでの最高値よりも150%という大きな上振れをした。
「フウちゃん、あなたのおかげよ」
ぐったりした体の重さに押し付けられながらも風は安心した表情で返す。
「これで、お父さんも少し機嫌がよくなるね」
零香はユーモアで返すことも出来ずに黙ったまま息子の頭を優しく抱いた。
昼過ぎにだるそうに帰って来た夫はこの結果を喜んだ。
どうやって、引き出したかと聞かれ、「un pe de Z」のスイーツからヒントを得たことを話した。夫は菓乃の父親にレシピを教えてもらうように零香に指示した。彼女は何度か尋ねたが良い返事は得られなかった。
そして、数日後、菓乃の父親が失踪する騒ぎが起きる。
当初、自らの意思で家出したのではないかとの見方もあったが、失踪する直前まで翌日の材料の追加発注をしている事実や、ここ数日、家族に黙って店を開ける事があったという証言から、事件性も視野に警察は捜査を始めた。
まず疑われたのが防犯カメラの映像などから、最後に会ったとされた零香であった。彼女を最重要な容疑者としてマークし始めるとマスコミも後を追うようにしつこく追い始めた。尾ひれも付き二人のやましい大人の関係が噂されるようにもなっていった。
そんな時に夫の源蔵はマスコミに囲まれる中で涙を流して「私は信じています」と取材に答えた。
含みを込めた気色の悪い芝居を終えて家に入ると、彼は零香の首を掴んで顔を近づけ。
「俺は信じてるからな、まあ、心配するな。アハハハハハハ。
本当、神はいるな」
などと言い放つのであった。
妻はこの男がパティシエ失踪事件に明らかに絡んでいると確信した。
この人でなしは、自らが容疑者から外され、不倫を否定しながらも心に傷をおった誠実な人間のイメージもおまけで得られると考えていた。普段は閃きなど何もないが、才能のない男が妬みと嫉みを食い散らかして野心を持った時は、あれもこれもといやらしい悪魔の囁きを聞き取るとはふざけたものである。
1週間後、「un pe de Z」のオーナー・パティシエ、鈴野圭吾は隣町の路上を歩いているところを保護された。命に別状は無かったが記憶喪失状態であった。頭部にはいくつか規則性のある赤みがかった皮膚の変化が見られたものの事件性は無いとされ、詳細は不明ではあるが自らの意思による失踪であると結論付けられた。
1ヵ月もすると、それまでのスキャンダルの騒ぎも嘘のように引いていた。待っていましたというばかりに、源蔵は零香に離婚を提案した。魅力的なプログラムさえ手に入れば、スキャンダルでみそが付いた妻と別れるにはいい機会だと考えたのだ。
だが、零香にとっても都合がいい話であった。あくまで、ベースプログラムでしかなく、彼女が目指す世界とは源蔵や海上のビジネスが交わることはないと考えたから。
慰謝料は請求せずに、息子の親権とプログラムの基礎技術特許を共同で保有して自由に活用することを認めさせたうえで離婚を承諾した。
そんな、離婚調停の契約事項を詰めている最中、パティシエ失踪事件の当事者である鈴野圭吾が療養中の施設で原因不明の脳出血で亡くなるという訃報がもたらされた。
零香は源蔵たちの目にも触れぬように内密に彼の妻と会い、今後この母子家庭のとなった親子が幸せに暮らすための計画を念入りに練って、実行に移すことを約束した。そして、思いつく限りの心配事を全て片付けると祖母の手引きで、風を連れアメリカへ渡って行ったのであった。
翌年には蜂谷零香はレイカ・ファスビンターとなって、新たな未来への再出発を実現することになった。