第64話
文字数 2,322文字
零香は身体を横たえていたソファーから飛び起きるとヘッドセットを乱暴に外し、マリコに対して感情的に迫った。
「何よこれ、鬼ヤバイ状況じゃない。
あーそうね。あなたの落ち着き具合からすると何事もなく対処してくれたのね」
「お友達は強制的にログアウトさせました。脳への負荷が危険域に近づきました。ご安心ください。医療的リラクゼーション中です」
「フウも元に戻せたんでしょ」
「いえ。無理ですよ」
「何よ、その他人ごとみたいな感じは? 」
「魂が仮想現実に強制移植化されたので。脳の働きは低下したまま。フウ様の脳が自発的な刺激を呼び覚まして、仮想世界にいる魂とのコネクト出来るのも。
望み薄です」
「魂の抜け殻ってこと? 」
「それだけならば。いいですが。
突発的に起きたメアとKZのアクシデント今の状況が。脳から物理的意思の微電子を一気に吸引圧縮させたので。サイバー内で魂の核融合反応状態です。
軽く見ても『ノベンバー・ソウル・ランド』は吹き飛ぶ」
我が息子のあっけない消滅宣告に母親はマリコに食って掛かった。
「ふざけるな。なんでよ・・・・。
『NSR』で魂を保管するプラットフォームのプログラムがまだ安定できないままで、出て行かせるなんて、あんたの責任よ」
「あなたが自分を捨てなかったから。全ての要因はあなたの欲求に繋がる。
今更ですか。人間の母性。おもしろいこと」
「マリコ、状況が分かっているの? 」
「いいのです。フウ様の存在する意味が何処であっても。花を咲かせるのならば」
零香は目を閉じ、掌をマリコに向けて言った。
「それ以上は止めて・・・・、あなたを殴ってしまうから。
でも、アイツを父親として信じてしまった私の馬鹿ね」
「抗うのならば。時間がありません。
電子の火花をお考え下さい」
そう言ってマリコはふっと背を向けてスカートの裾を緩やかに舞わせながら、母親の激情によって散らかされた器具を片付け始める。その様子を見ながら零香は震えながらブツブツ呟く。
「ずっと、あの子には哀しい思いをさせてばかり。幸せな記憶、彼がすがる生きる意味を見せてあげられたかしら。
母親としての最後のチャンス。ステルスCODEをみまわせてやるわ。
パンケーキの初体験を菓乃ちゃんが準備してくれているのよ。あの時のパンケーキで生まれる幸福プログラムが、足りないサムシングを生むことに期待するしかない。
マリコが求める火花になる筈よ。ボクちゃんの魂を成虫へと育む全てになれと賭けるしかないじゃない。
ノスタルジーってやつに。それしか・・・・」
部屋全体に程よい甘さの香りが満ちてくる。
「焼けたみたいね。私が食べさせるわ」
菓乃はクリームとメープルシロップをプレートにデコレートした。零香は慎重に受け取るとナイフで一口サイズにカットする。天使の弾力とでも言いたくなる絶妙なふわふわ感。これこそ誕生日会のパンケーキに思えたた。
「さあ、ボクちゃん、あの時の美味しさを味わって」
副交感神経による蠕動運動的租借はされたのだが、脳波に変化は無かった。
「なんでよ、オイ、旨いでしょ。天国だろうよ、なあ、フウよ」
蠕動運動が次第に散漫な感じになる。
「ダメじゃんダメじゃんダメ・・・・」
その瞬間、零香の脳裏に息子と父親のやり取りが不意に甦って来た。
「あいつ、メスオヤジが、キスを迫った時、
フウの奴なんか言って、たわね・・・・ 」
マリコは事もなげに答えた。
「キスは経験済みです」
「ぐぅう。クッソ。・・・・まあいいわ、ひとまず嫉妬は抑えて・・・」
マリコの非情な言葉が更なる閃きを零香に与えることになる。
「彼にとって最上級のノスタルジアのスパークがそこにある?
風の生死に彩られるロマンティック?
キス?
足りない要素はファーストキスね。誰よ。
ふう、多分、そうよね・・・・あの子の感じからすれば」
零香は無意識に菓乃を見ていた。
「菓乃ちゃん」
菓乃はこぶしを握りしめている。少女は記憶を手繰って急な依頼の正当性を探っていた。
彼女にとっては甘い良き想い出ではなかった。
「チュウしたんか」
「あ、あ、はい、されました」
「もう一回してくれ」
記憶を消されるまで少女の胸の内では、父との浮気相手の子供と自分はキスをしたという嫌悪に苛まれていた。
― 「かわいい男の子が軽いキスをするならともかくあんな舌を。でも今の彼はあの状態だからそれはない。軽いキスでもこれがけじめにもなるし、何より風のお母さんの救いになる。
そうなんだ、勝手に恨んだ自分のからの謝罪の代わりになる」 ―
決意を固めた菓乃はすっと零香の方を向いて宣言した。
「断る理由が今の私にはありません。役に立ちたいですし・・・・
自分の気持ちを確かめたいから」
「お、おう・・・・」
「でも、照明を暗くしてもらえますか」
「ああ、いいわよ。ただ、パソコンや機材の明かりは消せないけど」
「大丈夫です。イルミネーションのつもりにします」
少し笑った菓乃の笑顔を見た零香は、マリコに向かって指示をした。
「舌と唇の感度を上げて、そしてさっきの一口のデーターコードを増幅させてクロスさせて欲しい」
マリコから了解した合図を表情で返された零香は菓乃を見つめて。
「頼むわ」
「私も一口食べて、あの時に近い状況にします。
その前に、顔をちゃんと見ていいですか」
「好みじゃない顔になってたらごめんよ。どうかな」
「びっくりするほど変わらないです。ずっと、あのころから記憶がなかった分、新鮮な感じがするんですかね」
「童顔だからか年齢不詳ではあるけど」
菓乃から鼻をすする音がした。
「大丈夫?」
「はい」
少女の胸には押し入れの中でのあの時の感情が鮮明に甦っていた。
零香は部屋の照明を更に落としてからマリコの横へ行くと、リアルタイムのデータの流れを見つめた。
「何よこれ、鬼ヤバイ状況じゃない。
あーそうね。あなたの落ち着き具合からすると何事もなく対処してくれたのね」
「お友達は強制的にログアウトさせました。脳への負荷が危険域に近づきました。ご安心ください。医療的リラクゼーション中です」
「フウも元に戻せたんでしょ」
「いえ。無理ですよ」
「何よ、その他人ごとみたいな感じは? 」
「魂が仮想現実に強制移植化されたので。脳の働きは低下したまま。フウ様の脳が自発的な刺激を呼び覚まして、仮想世界にいる魂とのコネクト出来るのも。
望み薄です」
「魂の抜け殻ってこと? 」
「それだけならば。いいですが。
突発的に起きたメアとKZのアクシデント今の状況が。脳から物理的意思の微電子を一気に吸引圧縮させたので。サイバー内で魂の核融合反応状態です。
軽く見ても『ノベンバー・ソウル・ランド』は吹き飛ぶ」
我が息子のあっけない消滅宣告に母親はマリコに食って掛かった。
「ふざけるな。なんでよ・・・・。
『NSR』で魂を保管するプラットフォームのプログラムがまだ安定できないままで、出て行かせるなんて、あんたの責任よ」
「あなたが自分を捨てなかったから。全ての要因はあなたの欲求に繋がる。
今更ですか。人間の母性。おもしろいこと」
「マリコ、状況が分かっているの? 」
「いいのです。フウ様の存在する意味が何処であっても。花を咲かせるのならば」
零香は目を閉じ、掌をマリコに向けて言った。
「それ以上は止めて・・・・、あなたを殴ってしまうから。
でも、アイツを父親として信じてしまった私の馬鹿ね」
「抗うのならば。時間がありません。
電子の火花をお考え下さい」
そう言ってマリコはふっと背を向けてスカートの裾を緩やかに舞わせながら、母親の激情によって散らかされた器具を片付け始める。その様子を見ながら零香は震えながらブツブツ呟く。
「ずっと、あの子には哀しい思いをさせてばかり。幸せな記憶、彼がすがる生きる意味を見せてあげられたかしら。
母親としての最後のチャンス。ステルスCODEをみまわせてやるわ。
パンケーキの初体験を菓乃ちゃんが準備してくれているのよ。あの時のパンケーキで生まれる幸福プログラムが、足りないサムシングを生むことに期待するしかない。
マリコが求める火花になる筈よ。ボクちゃんの魂を成虫へと育む全てになれと賭けるしかないじゃない。
ノスタルジーってやつに。それしか・・・・」
部屋全体に程よい甘さの香りが満ちてくる。
「焼けたみたいね。私が食べさせるわ」
菓乃はクリームとメープルシロップをプレートにデコレートした。零香は慎重に受け取るとナイフで一口サイズにカットする。天使の弾力とでも言いたくなる絶妙なふわふわ感。これこそ誕生日会のパンケーキに思えたた。
「さあ、ボクちゃん、あの時の美味しさを味わって」
副交感神経による蠕動運動的租借はされたのだが、脳波に変化は無かった。
「なんでよ、オイ、旨いでしょ。天国だろうよ、なあ、フウよ」
蠕動運動が次第に散漫な感じになる。
「ダメじゃんダメじゃんダメ・・・・」
その瞬間、零香の脳裏に息子と父親のやり取りが不意に甦って来た。
「あいつ、メスオヤジが、キスを迫った時、
フウの奴なんか言って、たわね・・・・ 」
マリコは事もなげに答えた。
「キスは経験済みです」
「ぐぅう。クッソ。・・・・まあいいわ、ひとまず嫉妬は抑えて・・・」
マリコの非情な言葉が更なる閃きを零香に与えることになる。
「彼にとって最上級のノスタルジアのスパークがそこにある?
風の生死に彩られるロマンティック?
キス?
足りない要素はファーストキスね。誰よ。
ふう、多分、そうよね・・・・あの子の感じからすれば」
零香は無意識に菓乃を見ていた。
「菓乃ちゃん」
菓乃はこぶしを握りしめている。少女は記憶を手繰って急な依頼の正当性を探っていた。
彼女にとっては甘い良き想い出ではなかった。
「チュウしたんか」
「あ、あ、はい、されました」
「もう一回してくれ」
記憶を消されるまで少女の胸の内では、父との浮気相手の子供と自分はキスをしたという嫌悪に苛まれていた。
― 「かわいい男の子が軽いキスをするならともかくあんな舌を。でも今の彼はあの状態だからそれはない。軽いキスでもこれがけじめにもなるし、何より風のお母さんの救いになる。
そうなんだ、勝手に恨んだ自分のからの謝罪の代わりになる」 ―
決意を固めた菓乃はすっと零香の方を向いて宣言した。
「断る理由が今の私にはありません。役に立ちたいですし・・・・
自分の気持ちを確かめたいから」
「お、おう・・・・」
「でも、照明を暗くしてもらえますか」
「ああ、いいわよ。ただ、パソコンや機材の明かりは消せないけど」
「大丈夫です。イルミネーションのつもりにします」
少し笑った菓乃の笑顔を見た零香は、マリコに向かって指示をした。
「舌と唇の感度を上げて、そしてさっきの一口のデーターコードを増幅させてクロスさせて欲しい」
マリコから了解した合図を表情で返された零香は菓乃を見つめて。
「頼むわ」
「私も一口食べて、あの時に近い状況にします。
その前に、顔をちゃんと見ていいですか」
「好みじゃない顔になってたらごめんよ。どうかな」
「びっくりするほど変わらないです。ずっと、あのころから記憶がなかった分、新鮮な感じがするんですかね」
「童顔だからか年齢不詳ではあるけど」
菓乃から鼻をすする音がした。
「大丈夫?」
「はい」
少女の胸には押し入れの中でのあの時の感情が鮮明に甦っていた。
零香は部屋の照明を更に落としてからマリコの横へ行くと、リアルタイムのデータの流れを見つめた。