第35話
文字数 1,762文字
ドアが開くと女性コンシェルジュが深く頭を下げて迷い込んだ野良猫を出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、ファスビンダー様の担当コンシェルジュの佐藤です。わたくしがお部屋までご案内させていただきます。さあ、どうぞ」
「ふぁ?
ふぁすびんだああ?
って誰。あいつは蜂谷だよね。
え、やばいやばい売られる殺される」
コンシェルジュのお姉さんは警戒心を露にしてついて来ない野良猫ちゃんに優しく声を掛けた。
「どうかいたしましたか」
「あの、ウチ、外国の名前の友達なんかいないので、人間違いみたいですごめんなさい」
「お友達の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「蜂谷って言う名前なんですが。下の名前はカゼかフウのどっちかだと・・・・」
妃美香は彼の母親が名前を使い分けていたのを今も覚えていた。
「はい、蜂谷様というお名前ではありませんが、カスタマーカードの名義は【Fū Fassbinder】になっております。フウ様ですね。お母さまはそうお呼びになられていますよ。あなた様と同じお年頃かと思われます」
「ぐわっ、よかった・・・・」
深いため息をついている妃美香に清涼タブレットのケースを見せて、
「いかがですか、一振り」
柔らかい笑顔で振るそぶりをしてくれた。
心開いた野良猫は右手を乱暴に差し出す。
「ごめんなさい。ずっと吐きそうで。
否、既にちょい出て飲み込んでまして」
「わあ、うふ。ハイどうぞ」
手のひらに4粒が躍り出たのを動いている内に口に放り込んだ。
「お姉さん神っス。助かったです。久しぶりに会うのに、ゲロ臭かったら死にたくなっていたんで」
そっと妃美香の口元にお姉さんは顔を近づけて言った。
「大丈夫ですよ。いい香りになりました」
「ありがとう」
「どういたしまして、何かあればいつでも、お気軽にお申し付けください。
では、まいりましょう」
部屋の前には4人の妃美香がすっぽり入ってしまうほどデカMAXの屈強な外国人ボディーガードが立っていた。髪の毛の両サイドは刈り上げられ、薄っすら左側の耳の後ろには碇、右側の耳の後ろには三本の十字架のタトゥーが見えて、金髪がきれいに整えられたオールバックであった。
佐藤コンシェルジュの説明を受けると、ボディーガードは目玉を僅かに動かしてチラリと見やっただけで、無表情のままチャイムを押した。
そして、まともに野良猫の方を向きもせず、ジェスチャーでアウターを脱ぐように求めた。
「ごめんなさい。ボディーチェックをしないと入れないと言って聞かないのでごめんなさい」
佐藤コンシェルジュは申し訳なさそうに言った。
「マジか。
でも、ちょっと、ムカつくなあ」
妃美香はカチンときたせいか逆に覚悟が決まり、バッと勢いよくアウターを脱ぎ捨てた。
フリル全開なアイドルの王道衣装で思いっきりジャンプする。回転をしてキスポーズをトッピングした決めのポーズで着地するという、彼女がこの世イチ似合わない筈のぶりぶりアイドル波をおみまいしてやった。
「オーマイッゴッド。
ファッキン・クレイジー、オーマイガー」
部屋のドアが開き、笑い崩れている大男を睨みつける女性が立っていた。
男は慌てて表情を元に戻そうとしたが、笑いを止められずにそのまま扉から退いてアイドルに向かって中へ入れと促した。
中から現れた女性はボディーガードを少し睨んで言った。
「ツボが浅すぎて怖い。それに、無礼ですね、謝ります。
とても可愛くてクール、スキです。
マリコです。あなたは妃美香さんね。フウ様がお待ちです。お入りください。
どうぞ、さあ」
そういった彼女の着こなす紫のメイド服に妃美香は目が釘付けになった。レースやフリル部分は様々な精緻なネイビーの刺繍によって装飾が施されていた。シックでより戦闘性に優れているフォルムでありながらもメイド服たる哲学に裏打ちされし可憐さである。妃美香よりも少し背の高いマリコのスタイルに似合っていて、神々しい。
妃美香の脳内は「スキスキスキスキスキスキ」の渋滞であった。
動けない妃美香に佐藤コンシェルジュが声を掛ける。
「大丈夫ですか。こちらをお忘れないように」
脱ぎ捨てられたアウターをたたみ、バックを拾い上げると一緒に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
気遣いによって我に返ることが出来た妃美香は、マリコの招きにようやく応じて部屋へと足を踏み入れた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、ファスビンダー様の担当コンシェルジュの佐藤です。わたくしがお部屋までご案内させていただきます。さあ、どうぞ」
「ふぁ?
ふぁすびんだああ?
って誰。あいつは蜂谷だよね。
え、やばいやばい売られる殺される」
コンシェルジュのお姉さんは警戒心を露にしてついて来ない野良猫ちゃんに優しく声を掛けた。
「どうかいたしましたか」
「あの、ウチ、外国の名前の友達なんかいないので、人間違いみたいですごめんなさい」
「お友達の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「蜂谷って言う名前なんですが。下の名前はカゼかフウのどっちかだと・・・・」
妃美香は彼の母親が名前を使い分けていたのを今も覚えていた。
「はい、蜂谷様というお名前ではありませんが、カスタマーカードの名義は【Fū Fassbinder】になっております。フウ様ですね。お母さまはそうお呼びになられていますよ。あなた様と同じお年頃かと思われます」
「ぐわっ、よかった・・・・」
深いため息をついている妃美香に清涼タブレットのケースを見せて、
「いかがですか、一振り」
柔らかい笑顔で振るそぶりをしてくれた。
心開いた野良猫は右手を乱暴に差し出す。
「ごめんなさい。ずっと吐きそうで。
否、既にちょい出て飲み込んでまして」
「わあ、うふ。ハイどうぞ」
手のひらに4粒が躍り出たのを動いている内に口に放り込んだ。
「お姉さん神っス。助かったです。久しぶりに会うのに、ゲロ臭かったら死にたくなっていたんで」
そっと妃美香の口元にお姉さんは顔を近づけて言った。
「大丈夫ですよ。いい香りになりました」
「ありがとう」
「どういたしまして、何かあればいつでも、お気軽にお申し付けください。
では、まいりましょう」
部屋の前には4人の妃美香がすっぽり入ってしまうほどデカMAXの屈強な外国人ボディーガードが立っていた。髪の毛の両サイドは刈り上げられ、薄っすら左側の耳の後ろには碇、右側の耳の後ろには三本の十字架のタトゥーが見えて、金髪がきれいに整えられたオールバックであった。
佐藤コンシェルジュの説明を受けると、ボディーガードは目玉を僅かに動かしてチラリと見やっただけで、無表情のままチャイムを押した。
そして、まともに野良猫の方を向きもせず、ジェスチャーでアウターを脱ぐように求めた。
「ごめんなさい。ボディーチェックをしないと入れないと言って聞かないのでごめんなさい」
佐藤コンシェルジュは申し訳なさそうに言った。
「マジか。
でも、ちょっと、ムカつくなあ」
妃美香はカチンときたせいか逆に覚悟が決まり、バッと勢いよくアウターを脱ぎ捨てた。
フリル全開なアイドルの王道衣装で思いっきりジャンプする。回転をしてキスポーズをトッピングした決めのポーズで着地するという、彼女がこの世イチ似合わない筈のぶりぶりアイドル波をおみまいしてやった。
「オーマイッゴッド。
ファッキン・クレイジー、オーマイガー」
部屋のドアが開き、笑い崩れている大男を睨みつける女性が立っていた。
男は慌てて表情を元に戻そうとしたが、笑いを止められずにそのまま扉から退いてアイドルに向かって中へ入れと促した。
中から現れた女性はボディーガードを少し睨んで言った。
「ツボが浅すぎて怖い。それに、無礼ですね、謝ります。
とても可愛くてクール、スキです。
マリコです。あなたは妃美香さんね。フウ様がお待ちです。お入りください。
どうぞ、さあ」
そういった彼女の着こなす紫のメイド服に妃美香は目が釘付けになった。レースやフリル部分は様々な精緻なネイビーの刺繍によって装飾が施されていた。シックでより戦闘性に優れているフォルムでありながらもメイド服たる哲学に裏打ちされし可憐さである。妃美香よりも少し背の高いマリコのスタイルに似合っていて、神々しい。
妃美香の脳内は「スキスキスキスキスキスキ」の渋滞であった。
動けない妃美香に佐藤コンシェルジュが声を掛ける。
「大丈夫ですか。こちらをお忘れないように」
脱ぎ捨てられたアウターをたたみ、バックを拾い上げると一緒に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
気遣いによって我に返ることが出来た妃美香は、マリコの招きにようやく応じて部屋へと足を踏み入れた。