第12話 詮子入内

文字数 1,556文字

 「詮子様、私は出雲と申します。母君の時姫様にお仕えしていましたが、本日より姫様の女房となりました。よろしくお願いいたします。」

 時姫なら知っている。藤原兼家の妻、『蜻蛉日記』を書いた『道綱の母』のライバルで、正妻の藤原時姫。ということは、あの藤原道長の兄弟か。だてに源氏物語を読んでいたわけではない。周辺の物語や日記も、一通り読み込んでいる。

 「ええと…。」

 「何から、お話ししましょうか。私は、あなた様のナビゲーターです。事情は分かっています。何なりとお尋ねください。」

 そうなのか。助かった。これは、タイムトラベルみたいな転生なのね。前の人生は、とんだところで、終わってしまった。この転生先では、しぶとく生き抜いてやろうじゃないの。王様(天皇)のお后様になるお姫様ってことね。

 私は、出雲に質問しながら、自分の立ち位置を知り、これからの道を探った。残念ながら、「詮子」については、あまり知らない。せっかくのお姫様、お后様人生、楽しんでいこう。

  

 やっと、入内がかなえられた。父、藤原兼家はわたくしを天皇の妻、国母になるべく教養をつけ礼儀作法も完ぺきに育て上げたというのに、なかなか入内がかなわなかった。磨き上げた黒髪、贅を尽くした十二単を着こなす姿、和歌の才能、美しく既知にあふれた女房達、何一つ不足はないのに。超子は、なかなかいい役どころだ。

 さて、どなたの女御となるのか。帝(冷泉天皇)には、姉君が女御になっていらっしゃる。東宮は弟君の三の宮様(後の円融天皇)だが、一代限りの中継ぎ扱いで、父のお眼鏡にかなわない。それならば…思惑が飛び交い、なかなか決まらない。
 そうこうするうちに、大事件が起こった。源高明殿が、東宮であられる三の宮様を廃しようというたくらみにかかわられたとして九州に左遷させられたのだ。そして、帝が退位され、東宮である弟君が帝になられた。

 天元元年(978年)8月17日、わたくしは、帝(円融天皇)の女御となった。

 帝には、この年の四月に関白藤原頼忠殿が娘・遵子様を入内させていたばかり。私の持ち駒は、藤原摂関家三男である父、兼家。もうすぐ右大臣になる。わたくしの能力の高さを正しく評価し、一緒に戦ってくれる戦友だ。母は、貴族の中流、金持ちの摂津の守の娘なので、身分は高くない。しかし、評判の美人でおっとりしているから浮気者の父とうまくいっている。兄弟は、兄二人、姉一人、弟一人。ただし、異母兄弟多数。兄たちとは、あまり仲が良くない。弟(後の道長)はすごくかわいい。

 姉超子は、わたくしのあこがれだ。お顔は美しく、お髪は黒々として背丈を超える豊かさだ。その姿は凛として気品にあふれている。たくさんの皇子と姫皇子をお産みになり、女御として申し分がない。今の春宮は、姉君の皇子(後の花山天皇)だから、きっと近しいうちに国母となり、中宮となられるであろう。

 そして、敵となるのは、父兼家の兄君藤原伊尹殿の息子と同じく父の兄兼通殿。藤原家の中での勝負となる。兼通殿との仲は、ひどく悪かった。兼通殿がお亡くなりになるまで、私の入内がかなわなかったほどだ。わたくしは、わが背の君となられた帝にうまく助言を申し上げ、父と弟をお助けしていかねばならない。

 源氏物語風に言えば、

 円融帝の御時、女御・更衣あまたさぶらいける中に、いとやんごとない際にはあらねど、藤原摂関家の三男の次女に生まれ、すぐれて時めこうと狙う姫君ありけり。(円融天皇の時代に、女御や更衣という身分の女性がたくさんいらっしゃる天皇の後宮に、更に女御という身分で入内していく、皇族の血は流れていないが、まあまあの身分の姫君がいらっしゃった。さあ、ご寵愛を受けて、皇后の位につくぞ、と意欲満々であらせられた。)

 よし、がんばるぞ!!


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登場人物紹介

時姫…彰子のおばあちゃん。摂津守藤原中正の娘。

   藤原兼家の妻。藤原道隆・藤原道兼・藤原道長・超子・詮子の母。

藤原兼家…彰子のおじいちゃん。

     藤原師輔の三男。兄は、伊尹と兼通。

詮子…時姫の次女。円融天皇の后。

   子供は一条天皇だけ。道長の姉。

   彰子の父方の伯母。夫の母でもある。

   

円融天皇…兼家の姉の安子の三男。村上天皇の第五皇子で、安子の三男。兄の朱雀天皇から譲位された。

     彰子の父方の大伯父(おじいちゃんのお姉さんの子)に当たる。夫の父でもある。

     子供は一条天皇だけ。后は、たくさんいる。

彰子…当分出てこないけど、三人目のヒロイン。

   藤原道長と源倫子の長女。

   一条天皇の妻。紫式部が女房として仕えた。

一条天皇…円融天皇と詮子の子。

     定子(清少納言が女房として仕えた)や詮子(紫式部が女房として仕えた)の夫。

     他にも、妻がいる。

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