第19話 一宮、東宮となる。

文字数 775文字

永観2年(984年)春のある日のことだった。
「女御様、お父上が、お話があるそうです。こちらに、お訪ねしてもよろしいかと。」
 女房の讃岐が取り次ぐ。父の東三条帝で最も身分が高いのは、我が子、現在の帝の一の宮。次が現在の帝の女御であるわたくし。そして、三番目が右大臣である父である。
几帳を隔て、父と話をする。
「女御様、昨日、帝より使者が参りました。一宮様についての内々のお話がある、ということで、他ならぬことゆえ、本日参内して、帝と久方ぶりにお話をしてまいりました。」
なるほど、それで今朝から騒がしかったのか。2年もの間、参内していなかった父が、どこへ出かけたのかと思っていたのだが。
「帝は、お元気でいらっしゃいましたか。」
 許せぬ思いはあったものの、一番に気にかかったのはそのことであった。
「わたくしのことは、なんと?」
「一宮様のことをたいそう気にかけていらっしゃり、おかわいらしいご様子を詳しく申し上げたら、たいそうお喜びであられた。」
「そうでございますか。」
まあ、宮様のことばかり。父は、わたくしの気持ちは、どうでもよいらしく、次の話に移る。
「帝は、譲位をお考えであった。」
「そうでございますか。」
 そうか。わたくしは、このまま中宮にもならずに終わるのか。
「帝は、次の春宮に、一宮様を望まれた。」
えっ。父が上機嫌なのは、そのためか。一宮様が天皇になられれば、父が摂政になるのは約束されたようなもの。わたくしは、中宮にはなれないが、国母となることができる。とはいえ、心穏やかではいられない。宮中の儀式で、中宮を務めるのは、わたくしではない。
八月二十七日、帝が花山帝に代わられ、七歳にして一宮は東宮となられた。
 亡き姉君ではなく、わたくしが国母となる日が近づいたというわけだわ。これで、わざわざ転生してきたかいがあったといえるのかしら。なぜかむなしい。
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登場人物紹介

時姫…彰子のおばあちゃん。摂津守藤原中正の娘。

   藤原兼家の妻。藤原道隆・藤原道兼・藤原道長・超子・詮子の母。

藤原兼家…彰子のおじいちゃん。

     藤原師輔の三男。兄は、伊尹と兼通。

詮子…時姫の次女。円融天皇の后。

   子供は一条天皇だけ。道長の姉。

   彰子の父方の伯母。夫の母でもある。

   

円融天皇…兼家の姉の安子の三男。村上天皇の第五皇子で、安子の三男。兄の朱雀天皇から譲位された。

     彰子の父方の大伯父(おじいちゃんのお姉さんの子)に当たる。夫の父でもある。

     子供は一条天皇だけ。后は、たくさんいる。

彰子…当分出てこないけど、三人目のヒロイン。

   藤原道長と源倫子の長女。

   一条天皇の妻。紫式部が女房として仕えた。

一条天皇…円融天皇と詮子の子。

     定子(清少納言が女房として仕えた)や詮子(紫式部が女房として仕えた)の夫。

     他にも、妻がいる。

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