第45話 後一条帝の世
文字数 641文字
長和5年(1016年)2月7日、我が子、後一条帝が8歳にして、天皇となられた。わたくしは国母となった。一条院、三条院とも、父道長が政治の中心となった時には成人しておられたので、父は、今まで摂政にも関白にもなっていなかった。この度は、幼い後一条帝のために摂政を務める。有力な他の氏族はおらず、力のある源氏もおらず、藤原氏の中にも父以上の力を持つ者はいない。完全な独壇場となる。
父は、まず、今までそのたびごとにもめていた後継を固める。すぐ翌年、わたくしの4歳下の同母弟頼道に摂政を譲る。まだ、二十六歳、他に有力な方がいらっしゃれば実現しない若さだ。経験も足りず、わたくしがしっかり補佐していかねばならない。(さすがに、わたくしも、30歳政治力も身に着けた。満年齢は29歳だから、令和ならまだギリギリ若いお姉さんだけど、平安で数えの30歳といえば、立派な熟女。)
その後一条帝が元服された年に、わたくしの12歳年下の同母妹威子を中宮とする。後一条帝より9歳年上になるので、恥ずかしがっていた。父は、得意満面で、祝宴の折、和歌まで披露したという。
この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば
皇后が威子、皇太后が妍子、太皇后がわたくし彰子となった。あまりの専横ぶりに、恥ずかしく思うのはわたくしも同じである。
ただ、わたくしには定子様が、妍子には娍子様がいらっしゃりいろいろ複雑であったが、威子はただ一人の后で、後一条帝に大事にされていたのは、少しうらやましい。
父は、まず、今までそのたびごとにもめていた後継を固める。すぐ翌年、わたくしの4歳下の同母弟頼道に摂政を譲る。まだ、二十六歳、他に有力な方がいらっしゃれば実現しない若さだ。経験も足りず、わたくしがしっかり補佐していかねばならない。(さすがに、わたくしも、30歳政治力も身に着けた。満年齢は29歳だから、令和ならまだギリギリ若いお姉さんだけど、平安で数えの30歳といえば、立派な熟女。)
その後一条帝が元服された年に、わたくしの12歳年下の同母妹威子を中宮とする。後一条帝より9歳年上になるので、恥ずかしがっていた。父は、得意満面で、祝宴の折、和歌まで披露したという。
この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば
皇后が威子、皇太后が妍子、太皇后がわたくし彰子となった。あまりの専横ぶりに、恥ずかしく思うのはわたくしも同じである。
ただ、わたくしには定子様が、妍子には娍子様がいらっしゃりいろいろ複雑であったが、威子はただ一人の后で、後一条帝に大事にされていたのは、少しうらやましい。