第47話 後一条天皇崩御

文字数 664文字

  後一条天皇と妹威子様の間には、万寿3年(1027年)に章子内親王がお生まれになった。その翌年万寿4年に父道長もはかなくなったが、この先皇子がお生まれになることに望みをもって悔いなく逝ったことであろう。長元2年(1029年)に馨子内親王がお生まれになったが、いまだ皇子がお生まれになっていない。後一条帝の后は一人きり。次こそは、と皆で待ち望んでいたのに。



 長元9年4月17日、突然、後一条天皇が29歳の若さでお亡くなりになった。わたくしの心は、張り裂けるようだった。我が子に先立たれようとは。代われるものなら代わって差し上げたい。心を込めてお育てした敦康親王の時もたとえようもないくらい悲しかったが、その何倍もの悲しみが襲ってくる。

 あまりにも突然だったため、どうしてよいのかわからないうちに、天皇の死を隠し、譲位の儀を行ったうえで、後一条院として弔われることとなった。こうして、弟の御朱雀帝の世となった。あろうことか、威子も同年9月に後を追うように亡くなってしまった。内親王のお二人は、わたくしが引き取ってお育てすることにした。

 長生きしてしまったわたくしは、この後も次々と自分より若く大切な身内を見送ることとなった。12年しかなかった前世とは違い、87年も生きたのだ。(この時の帝は、ひ孫の白河帝である。)心は完全に平安の女になってしまった。わたくしのうちに流れる藤原の血と、天皇の流れをくむ源氏の血とは何度も対立し、せめぎあい、世の中を動かしていく。語りつくせぬのは残念であるが、このあたりでこのお話はおしまいにしよう。
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登場人物紹介

時姫…彰子のおばあちゃん。摂津守藤原中正の娘。

   藤原兼家の妻。藤原道隆・藤原道兼・藤原道長・超子・詮子の母。

藤原兼家…彰子のおじいちゃん。

     藤原師輔の三男。兄は、伊尹と兼通。

詮子…時姫の次女。円融天皇の后。

   子供は一条天皇だけ。道長の姉。

   彰子の父方の伯母。夫の母でもある。

   

円融天皇…兼家の姉の安子の三男。村上天皇の第五皇子で、安子の三男。兄の朱雀天皇から譲位された。

     彰子の父方の大伯父(おじいちゃんのお姉さんの子)に当たる。夫の父でもある。

     子供は一条天皇だけ。后は、たくさんいる。

彰子…当分出てこないけど、三人目のヒロイン。

   藤原道長と源倫子の長女。

   一条天皇の妻。紫式部が女房として仕えた。

一条天皇…円融天皇と詮子の子。

     定子(清少納言が女房として仕えた)や詮子(紫式部が女房として仕えた)の夫。

     他にも、妻がいる。

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