第14話 あんなおっさんと・・

文字数 2,265文字


 ぼくは瀬尾あきひと。
 バラバラ殺人事件の被害者である、瀬尾まりの「できがわるい」でおなじみの弟です。

 姉を殺害した被疑者として、姉の勤務先の社長である、横川みつおが逮捕されたかと思うと、早くも釈放されました。
 びっくりです。
 頭のわるいぼくには展開早過ぎです。

 しかし横川みつおが犯人ではないとなると、いったい誰が犯人なのでしょうか? 遺族としては不安です。

 いや、遺族ではなくても不安だと思います。犯人は人を殺した上に、その死体をバラバラに切断し、川に捨てるようなやつなのです。

 そんな人間がこの町に住んでいるのだなんて、かんがえただけでもぞっとします。もしかすると次の被害者がでるかもしれません。

 
 びっくりしたことはもうひとつあります。それは姉が、こういってはなんですが、あんなおっさんとつきあっていたということです。
 しかも、不倫です。あんなおっさんのいったいどこがいいのか、ぼくにはよくわかりません。

 あんなおっさんとつきあうなんて、まったく姉らしくないような気がします。
 いや、そうではないのかもしれません。ぼくの知っている、あるいはぼくが知っていると思っている、「姉らしさ」が、姉らしさのすべてではないかもしれないからです。

 でも、やっぱり意外です。ぼくの想像では、ベタ過ぎてすみませんが、姉はイケメンで、背が高くて、頭がよくて、スポーツもできて、それからなんでしょう?

 はきはきしていて、だれにでもやさしい、そんな男とつきあうにちがいないと思っていたからです。
 いちおうつけ加えておきますと、姉と同年代ぐらいです。まわりからは「理想のカップル」なんていわれるような、そんな感じです。

 はずかしながら、なんでそこまで想像までしていたのかというと、「できのわるい」弟として、そんなあきらかにかっこいいであろう姉の彼氏とどう接すればいいのかと、来るべき将来のことまで心配していたのです。

 まあ、あんなおっさんとつきあわれても、あんなおっさんとどう接すればいいのか、という、それはそれでまったく同じ問題が発生するのですが・・。

 
 世間では姉と横川みつおとつきあっていたのはお金目当てだと思われているようです。
 実は弟のぼくとしてもそう思いたいところもあります。そっちの方がわかりやすいからです。

 でも残念ながら、それはないです。姉がお金目当てで男とつきあうことはありえません。
 それだけは、弟として、たとえできがわるいにしても断言できます。

 思えば姉は人のいいところを見つけるのが得意でした。どんな人からでもいいところを見つけてしまうのです。

 姉にかかれば、できのわるいぼくでさえ、「あきひとは目標がないだけで、目標さえみつかればきっとがんばれる」となってしまうのです。
 そんなわけないのですが・・。

 だから、たぶんですが、あんなおっさんにも、それなりにいいところがあったのだと思います。
 少なくとも、姉がつきあってもいいと思えるぐらいには。


 姉が横川みつおという中年男とつきあっていたことについて、ぼくの両親がはたしてどう思っているのか? 
 それもまたぼくにはよくわからないことです。

 気のせいか、ふたりともなにか思うところがあるような顔をしていますが、なにもいいません。
 まあ、ただでさえほとんどなにもしゃべらなくなっているふたりなのですが。

 ぼくとしても親がどう思っているのかなんて、知りたいようで知りたくないことなので、聞きません。

 そういうわけで、横川みつおが釈放されたといわれても、ぼくら家族が「横川みつお」の名前を口にすることはないのでした。

 もっとも、横川みつおが犯人として逮捕されたときも、ぼくら家族が「横川みつお」という名前を口にすることはありませんでした。家族を殺した人間の名前をどう口にしろというのでしょう。

 しかし気持ちのもちようとして、横川みつおが逮捕されたときの方が、釈放されたいまよりも、楽というか、簡単だったかもしれません。
 そこにははっきりとした、横川みつおにたいする「憎しみ」という感情があったからです。

 しかし横川みつおが釈放されたいまとなっては、彼にたいしてどういう感情を持てばいいのか、よくわからないのです。
「憎しみ」という感情が、どこに向かうこともなく宙ぶらりんになってしまっているのです。

 
 姉を殺されてから、我が瀬尾家がどうなったかというと、母はあいかわらず、ほとんどの時間、我が家のリビングのソファに横になったままです。
 ちゃんと寝ているのかどうかよくわかりませんが、少なくともご飯は作ってくれなくなりました。

 我が家の食事は100パーセント母が作っていたので、これは大きな変化です。
 母は(あくまでも当社比ですが)料理が上手で、就職を機に家を出た姉も母の夕食目当てによく帰ってきていました。

 姉が帰ってきて、家族四人がそろったときの食卓はにぎやかなものです。
 そこには、なにかしら調和が取れていて、それでいてなんともいえないリラックスした雰囲気があるのです。

 姉がいないときはこうはいきません。ぼくと父と母の三人のときは、もちろんまるで無言で食べるわけではありませんが、ただどうしても会話がとぎれがちになるのです。

「最近どう?」とぼくに聞いてくる母。
「べつに・・」としか答えることがないぼく。ひきこもりのぼくには答えようがない質問なのです。

 ひきこもりといっているくせに、両親と夕食を食べるのか? 
 そうです、ぼくはひきこもりとしてもだめだめで、ゆるゆるなのでした。
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