第28話 まるで夜逃げ屋
文字数 1,605文字
はっとして目を覚ますぼく。
姉が近くにいるような気がして、姉の姿を探すぼく。
しかし、姉の姿はどこにもありませんでした。
というか、ここはどこなのでしょう?
・・そうでした。ここは姉の部屋。ぼくは片づけに来ているのでした。
どうやら三十分ぐらい寝てしまったようです。まったく、ぼくはなにをしにここにきたのでしょう。
ようやく片づけをはじめるぼく。とりあえず、目についた服やら化粧品やら本やらをダンボール箱の中に入れていきます。
姉の部屋の片づけは弟のぼくにとってはつらい作業になりました。なにしろ、なにを手にとっても、それはぼくに姉が死んだのだと、殺されたのだと語りかけてくるのだから。
だから、ぼくはなるべくなにもかんがえないようにして作業をしました。
机の引き出しなんかは、もう引き出しごとひっぱりだし、ひっくりかえして、中身をダンボール箱の中に入れました、というかぶちまけました。
しかしそれでも、ひらりと一枚の写真がダンボール箱の中に入ってくれず、フローリングの床の上に落ちました。
それは姉と横川みつおが一緒に写っている写真でした。
二人は楽しそうに笑っています。デートのときの写真なのでしょう。
どこだかわかりませんが、なんとなくさびしい感じのする、冬の海岸です。姉はお気に入りの大きなチェックのストールを首に巻いています。
ぼくは写真をダンボール箱に入れると、ダンボール箱のふたを閉めました。
しかしこうして実際に写真を見ると(あるいは、見てしまうと)、ふたりはほんとうにつきあっていたんだなと思います。
まあ、いまさらですが・・。
みずきさんの話では、姉を殺害した犯人として逮捕され、そしてその後犯人ではなかったとして釈放された横川みつおが家に帰ったところ、家は空っぽだったそうです。家族もいなく、家具さえもなくなっていたそうです。
それにたいしてぼくはどう思えばいいのか?
かわいそうと思えばいいのか?
ざまーみろと思えばいいのか?
正直、よくわかりません。
ダンボール箱がいっぱいになったところで、ぼくはそれを車に運びました。
その作業をダンボール箱三箱分繰り返し、一度家に帰り、今度はそのダンボール箱を家の姉の部屋に運びました。
家の姉の部屋は、姉の家を出たときのままになっています。なので、家の姉の部屋に入るのもまたぼくにはつらいことです。もしかすると、マンションの姉の部屋を片づける以上に。
実際、姉の部屋に入るのはそのときが姉の死後はじめてでした。
ぼくは部屋の明かりはつけませんでした。明かりをつけてしまうと、うまくいえませんが、ぼくの感情がなにか大きな流れに流されて、ただただ溺れていくような気がしたのです。
ほんとうはそれからもう一度、姉のマンションにもどるつもりでいたのですが、もうへとへとで結局その日はそれだけでやめておきました。
我ながら情けないです。
しかし、姉の部屋の片づけは思ったよりたいへんそうです。とても一日や二日で終わりそうにはありません。
正直、あまく見ていました。まったく人ひとりが生活するのに、いったいどれだけのものが必要だというのか。
そうして姉の部屋の片づけがぼくの仕事(?)となったわけですが、ぼくはこの仕事を結局、夜中にやるようになりました。
この仕事は、生活を夜型から昼型に変えるいいチャンスかと思ったのですが、実際、何度か午前中に起きられるように目覚しもセットしたのですが、結局、そううまくはいきませんでした。長年、体にしみついたリズムがとれないのです。
そういうわけで、いままで深夜に国道を歩いていた時間を、姉の部屋の片づけにあてています。
夜中なので音を立てないよう気を使います。まるで夜逃げ屋です。夜中にダンボール箱を抱えてこそこそしているのです。
帰りはいつも早朝です。
朝陽うけてきらきらと輝いている川に沿って帰るのです。