第25話 黄色いスニーカーの男
文字数 2,841文字
やがてこの町を流れる大きな川が見えてきて、わたしは川に沿ってバイクを飛ばします。
わたしはこの川沿いに建っている、瀬尾まりさんが住んでいたマンションに向かっているのです。
捜査資料によると、瀬尾まりさんが殺害されたのは自宅近くのこの川の河川敷。
凶器は大きなナイフ、もしくは包丁。彼女の死体をバラバラに切断したのも、おそらくはその凶器。
死亡推定時刻は、七月九日から十日にかけての二日間。
しかし、日中のここの河川敷は人通りが多いので犯行時刻は夜間だと思われます。
それを踏まえて、わたしが調べているのは瀬尾まりさんが住んでいた、マンション周辺の防犯カメラの映像です。
防犯カメラは多数あります。
コンビニ、駐車場、交差点。
それから、これがいちばん多いのですが一般の住宅やマンションの玄関先につけられたもの。
コンビニ、駐車場、交差点の防犯カメラの映像はすべて見ました。
七月一日から七月十日にかけての午後六時から午前六時までの映像だけですが。
瀬尾まりさんと思われる女性はなんどか見ました。仕事帰りなのでしょう。彼女は軽快な足取りで歩いていました。
仕事帰りなら、毎日同じ場所を通りそうなものですが、通らない日もありました。
例の彼氏(横川みつおさん)に送ってもらっていたのかもしれません。
瀬尾まりさんと思われる女性が軽快な足取りで通り過ぎた後、わたしは息をひそめてモニター画面を見つめます。
瀬尾まりさんのストーカーかもしれない、黄色いスニーカーをはいた男がいまにも姿をあらわし、わたしの目の前を横切っていくのではないかと。
しかしいくら待っても、男があらわれることはありませんでした。
あるいは防犯カメラの位置を把握しているのでしょうか?
よくわかりません。
その後の映像は早送りにして見ました。いつ、ちらりとでも、黄色いスニーカーの男が映らないともかぎらないからです。
しかし、これは思わぬ盲点でしたが、夜間の防犯カメラの映像はそのほとんどが白黒で、たとえ黄色いスニーカーをはいた男がいたとしてもわからないのでした。
それでも、怪しそうな男が出てこないか映像を見つめ続けるわたし。
瀬尾まりさんが住んでいたマンションの前を通り過ぎたところで、わたしは交差点を右に曲がります。マンションの裏手に回るのです。
そこは閑静な住宅街で、わたしは適当な場所にビーノをとめると、ヘルメットをシートの下に入れて、歩きはじめます。
コンビニ、駐車場、交差点など、いわば川沿いの表通りに設置された防犯カメラの映像をすべて見終えたわたしは、いまは裏通りというか、瀬尾まりさんが住んでいたマンションの裏手に広がる住宅街の防犯カメラの映像をチェックしているのです。
住宅街なので、一般の方が自分の家の玄関先や門に設置している防犯カメラの映像です。
実は、一般の方が使っている防犯カメラの方が新しいものが多く、夜間の映像でもカラーのものが多かったりします。
つまり、黄色いスニーカーの男を見つけることが可能なはずですが、残念ながら閑静な住宅街なので夜間はほとんど人通りがなく、いまのところまだ男を見つけることができないでいます。
ちなみに、ありがたいことに、一般の方はみなさんすごく協力的です。
というか、協力的過ぎるぐらいです。みなさん、お茶やお菓子、場合によってはご飯まで出してくれるのです。
だいたいの場合は、映像をお借りして、それを署や自分の家、もしくは『スターダスト』で見るのですが、中には映像の取り出し方がわからないという人がいて、そういうときはその方の家の居間かなんかにおじゃまして、防犯カメラの映像を見ることになるのです。
わたしも機械には弱いので映像の取り出し方がわからないのです。
映像のチェックには時間がかかるので、そんなときにご飯までごちそうになってしまうのです。
ある家では、お昼ご飯に、おやつに、晩ごはんまでごちそうになったことがあります。また、ある家では出前(それもお寿司!)まで取ってくれたこともあります。
そういえば、公務員たるもの、一般の方にごちそうになってはいけないと新人研修で教えられたような気がします。
でも、もうずいぶんごちそうになってしまったのでいまさら手遅れですが。
一般の方はみなさん協力的なだけではなく、やさしくもあります。
防犯カメラの映像を見ているわたしに声をかけ、はげましてくれるのです。
「どう、なにか映っている?」
「いや、映ってないです」
「そう。がんばってね」
「はい」
もちろん、ただやさしいだけではなく、まだ犯人が捕まっていないという不安もあると思います。
なにしろ、この小さな平和な町であのような事件が起きて、犯人はおそらくはこの近くで、もしくはあまり遠くないところで、まだ息をひそめているのですから。
それから、瀬尾まりさんへの同情の気持ちもあると思います。「あんなに若いのにかわいそうに」と泣いているおばあさんもいました。
おばあさんの頬を流れるひとすじの涙。
やはりこの犯人は捕まえなければなりません。
「みずきちゃん、あまり無理しないようにね」
「はい、ありがとうございます」
そのおばあさんはわたしをやさしく見送ってくれました。晩ごはんに食べなさいとおにぎりをふたつくれて。
人にはいいませんが、わたしだって多少の無理はしています。でも、体力には自信があるのでだいじょうぶです。
というか、いま無理しないでいつ無理するというのか。
それに、わたしは調子に乗って、瀬尾まりさんのお母さんとお父さん、それに弟さんに、「犯人は絶対にわたしが捕まえます!」といってしまいました。
それも一回ではなく何回も!
ほんとこれだけは自分ではいいたくありませんが、わたしはとんだ「バカモリ」なのです。
瀬尾家(瀬尾まりさんの実家)には、ときどき立ち寄っています。
瀬尾まりさんのお葬式の手伝いにいったときに、おかあさんと親しくなったということもあって、どうしているのか気になるのです。
みなさん、歓迎してくれます。
お父さんもお母さんもいい人ですし、弟さんもいい子だと思います。
でも、当然のことでしょうが、みんなつらそうです。実際、息をひとつ吸うことさえつらそうなのです。とても会話なんてできる状態ではありません。
だから、わたしひとりだけがしゃべることになり、どうでもいいことからはじまって、つい機密事項までしゃべってしまうことになるのです。
そして最後には、「犯人は絶対にわたしが捕まえます!」です。
帰りには菓子パンを大量にもらいます。
おかあさんがわたしのリュックにぱんぱんにつめこむのです。
瀬尾家にどうしてあんなに大量の菓子パンがあるのか、謎ですが・・。
そういうわけで、わたしは最近、瀬尾まりさんが住んでいたマンションの裏手に広がる住宅街を防犯カメラを探しながら歩いているのです。
黄色いスニーカーの男の手がかりを求めて。