第20話 「どろぼう!」
文字数 1,679文字
やがてぼくは信金さんにつく。
信金さんの建物は1階建てのかわいいレンガ造りで、ぼくは外からその建物の中をのぞきこむ。
信金さんのATMは2台。2台とも、人に使われていて、さらにその後ろで待っている人がひとりいる。
ぼくは並ぶのが苦手だから外で待つ。
だれもいないのが理想だけど、待っている人がいないならだいじょうぶだと思うので、ひとりが出ていったら中に入ろうと思う。
でもそのひとりが出ていく前に、中にもうひとり入ってしまった。そうなるとふたりの人が出ていくのを待たなければならない。
でも、待つのは平気。
並ぶのは苦手。ぼくは前の人の服や髪が気になってしまうから。
前の人の服がもこもこしていたり、髪がぱさぱさしていたら、ついさわってしまいたくなるから。
昔ほんとうに前の女の人の髪をさわってしまったこともある。
すごくぱさぱさで、すごくはねかえっていたから、ついさわってしまった。それはほんとうに針金みたいにかたいかたい髪だった。
「きゃー!」と、髪をさわられた女の人が急に騒ぎ出したので、ぼくはどうしていいかわからなくなってしまったけど。
でもそのときは、ママがいたのでだいじょうぶだった。
ママがその女の人にあやまってくれて、警察を呼ばれずにすんだ。
あのときはこわかった。あんなこわい思いはしたくない。
だからぼくは外で待つ。
いつだったか2時間ぐらい待ったこともある。
でも、だいじょうぶ、だいじょうぶ。待つのは平気。
またひとり出ていったけど、またひとり中に入っていった。
それからまたひとり出ていったので、ぼくは中をのぞき、あとひとり出ていったら中に入ろうとかんがえる。
するとそのひとりが出ていったので、ぼくはようやく信金さんの中に入る。
2台のATMの前にふたり。並んで待っている人はいない。
ぼくは列の先頭でATMが空くのを待つ。
ATMが空いたのでぼくは前に進み、ATMからママの年金をおろす。
おろした年金を信金さんの水玉模様の封筒にいれ、それをリュックにいれて、しっかりとリュックのチャックをしめる。
ちゃんとできたという充実感!
帰り道、ぼくはまた大きな川にそって土手の上を歩きはじめる。
ママはほめてくれるかな、とかんがえながら。ほめてくれるといいけど、でも最近のママはほんとうに調子がわるそうだから、ほめてくれないかもしれない。
最近のママはごはんもつくってくれなくなったし、掃除もしなくなった。
ごはんは食パンがあればぼくはだいじょうぶだけど、家の中がきたないのをちょっといや。でも、がまんできる。
いちばんいやなのは、ママがおはしをつかわずに手で食べること。この前は指で納豆をぐるぐるかきまぜていた。
「ママ! ぼく年金おろしてきたよ!」
家に帰ったぼくは散らかってよごれている家の中を歩き、ママを呼ぶ。
でもママからの返事がなかったので、ぼくはキッチンにいき、食器棚の右から2番目の引き出しの中におろしてきた年金をしまおうとした。そこがいつもの場所だから。
「どろぼう!」
そのとき、うしろで大きな声がしたのでふりかえると、ママがちいさなほうきをふりあげていた。
「どうしたの?」
ぼくはママがふざけているのだと思って笑いながらきいた。
すると、「どろぼう!」とママはもう一度大きな声でいって、ぼくの頭をちいさなほうきで叩きはじめた。
「やめて、ママ」とぼくはいったけど、何度も何度もいったけど、ママはぼくの頭を叩くのをやめなかった。
ママはぼくの手から年金が入った封筒をうばうと、どこかへいってしまった。
ぼくは痛いというより、悲しくて泣いてしまった。ごみだらけのキッチンで。
ぼくのわるい病気がママにうつってしまったのだろうか?
施設の先生は、ぼくの病気は人にはうつらない病気だといっていたのに。
急に息苦しくなってきたぼくは、あわててリュックの中から、チューブの練乳(白と赤のチューブで牛の絵が描いてある。120ml入り)を取り出すと、天井を向いて口を開け、口の中にチューブ1本分をまるまる両手でふりしぼって飲んだ。