第22話 「昔の男前」

文字数 1,771文字

 

 わたしは花森みずき。
「若くて、かわいくて、おまけにできる」でおなじみの刑事です。といいたいところですが、残念ながらいまのところは「バカモリ」でおなじみです。

 それにしても、あのバラバラ殺人事件が起きた朝、わたしは寝坊していてほんとうによかったです。

 タカバヤシさんが犯人を逮捕したと聞いたときには、どうして寝坊なんかしてしまったのだろうと悔やみましたが・・。
 まさか誤認逮捕だったとは! 

 あぶなかったです。
 寝坊していなければ、わたしはタカバヤシさんと組んでいたはずだったからです。
 あの朝、寝坊した自分に感謝です。

 結局、誤認逮捕はタカバヤシさんの勇み足だったわけですけど、気持ちはわかります。殺人犯を逮捕するのはすべての刑事の夢だからです。

 しかも、この平和な町では三年ぶりの殺人事件だったのです。それもバラバラ殺人事件とあっては気持ちがはやるというものです。

 わたしにしても、おそらくはタカバヤシさん以上の勇み足タイプですからわかるのです。

 そういう意味では、わたしとタカバヤシさんはもともと組んではいけないコンビだったのかもしれません。

 タカバヤシさんがすぐに怒鳴るとか、器が小さいとか、そういうことではなくて、あまりにもタイプが似過ぎているかです。

 やはり刑事ドラマのように、おたがいのよさを引き出すためにも異なるタイプが組むべきなのです。
 いまのわたしとジンさんのように。


 我が署が誤認逮捕を認め、謝罪するための記者会見が開いたのは八月五日のことでした。

 その日は朝からもう署内中が大騒ぎでしたが、わたしとジンさんは署内の裏手にひっそりとたたずむ喫茶店『スターダスト』に、ジンさんの言葉でいうと「避難」していました。

「テレビつけてくれ」
「はい」

 わたしはお店の小さな、かわいらしいテレビをつけました。

 なんと今回の記者会見はテレビで生放送されるのです!

 この平和な小さな町で起きたバラバラ殺人事件はそれほどまでにマスコミの注目を集めていたのでした。

 わたしはジンさんと一緒に朝食を食べながら、記者会見がはじまるのを待ちました。

 朝食は、ジンさんが「いつもの」メロンクリームソーダで、わたしも「いつもの」モーニングセットです。
 いまやわたしも常連なのです。 

 ここのモーニングセットは、基本的にはトーストにスクランブルエッグにサラダ、プラス飲み物なのですが、最近はそこにサービスとして、フルーツやケーキ、さらにはご飯ものなどがついてきます。サービスが度を越しているのです。

 ちなみにその日は、サービスとしてミニカレーがついていました。あきらかにやり過ぎですけど、でもうれしいです!

「はじまるぞ」と、ジンさんがアイスクリームをメロンソーダに溶かすべく、ストローをゆっくりと回しながらいいます。

 わたしはミニカレーを食べながら、テレビを見ます。

 まもなくうちの署長が副所長を連れて、部屋に入ってきて、待ちかまえていた大勢のマスコミの人たちに深々とおじぎをすると、折りたたみ式の長テーブルにつきました。椅子はパイプ椅子です。

 その部屋は我が署のいちばん大きな部屋、大会議室で、朝からみんなでそこを記者会見場へと仕立てたのでした

 署長はもう一度頭を下げると、自分の名前をいい、それからよくある謝罪の言葉を並べました。
 謝罪の言葉が「よくある」のはしかたありません。謝罪の言葉にたいして種類はないからです。

 わたしが見ていられなかったのは、「昔の男前」でおなじみのうちの署長が緊張のあまり、かみかみで、ほぼなにをいっているかわからなかったことです。昨日からあんなに練習していたのに。

 署長の言葉ではっきりと聞き取れるのは、「遺憾」という言葉だけで、なんどその言葉だけが、はっきりとあたりに響いたことか。「遺憾」「遺憾」「遺憾」と。

 署長の謝罪スピーチがすむと、すぐに質疑応答がはじまりました

「だからどうしてそうなったか聞いているんですよ」
「それはいま説明したとおりですが・・」
「なんの説明にもなってないから聞いているんです」
「そういわれましても・・」

 いじわるなマスコミに押されっぱなしの署長。
 
 でもまあ、押されっぱなしにしかならない記者会見なのです。
 だれもが納得できるような誤認逮捕の理由なんてこの世にひとつもないのですから。
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