第16話 リュックぱんぱん
文字数 890文字
そんな時が止まったかのような我が瀬尾家ですが、それでもときどき時が流れ出すような気がするときがあります。
それは刑事の花森みずきさんが家に来てくれるときです。
みずきさんは姉の葬儀のときにうちに手伝いで来てくれていて、そのときに母と親しくなったようです。
母にいわせれば、みずきさんは「まりちゃんに似ている」とのことですが、正直、ぼくにはどこが似ているのかよくわかりません。まあ、年は同じみたいですが。
とはいえ、みずきさんがうちに来てくれたときに、家中がなんだかぱっと明るくなる感じは、たしかに姉が帰ってきたときの感じに似ています。
このときばかりは父にも母にも表情が戻ります。ふたりともうれしそうにみずきさんの話を聞くのです。
みずきさんの話は、ただただその日に起きたことを朝から順番に話すだけで、特におちがあったりするわけではないのですが(少しだけ父に似ている感じですが)、うちの親はうれしそうに聞いています。
ぼくも黙って聞いていますが、ちょいちょい気になる言葉が出てきます。
「本部には内緒で聞き込みに行った」とか、「捜査会議には一度も出たことない」とか。
これは守秘義務違反になるのではないでしょうか?
あとずいぶん『スターダスト』とかいう喫茶店にいっているのも気になります。
刑事というのは喫茶店で仕事をするものなのでしょうか? まあ、いちいち質問はしませんが。
そうそう、みずきさんには決めゼリフもあります。帰るときに必ずこういうのです。「犯人はわたしが絶対に捕まえます!」と。
これには何度聞いてもびっくりします。どこからそんな自信が出てくるのか、ぼくにはよくわかりません。
でも、みずきさんが本気でいっているのはぼくにもわかります。気持ちが伝わってくるのです。
そうして黄色いスクーターで帰っていくみずきさん。
ぼくら家族は家の外まで出て、みずきさんを見送ります。みずきさんのリュックはぱんぱんですが、それは母が菓子パンを大量につめこんだためです。
やがてみずきさんは見えなくなり、ぼくらは静かに家の中に戻ります。
そうしてまた我が家の時間が止まるのです。