第17話 からあげ弁当
文字数 2,053文字
深夜、ぼくは家を出て、歩きはじめます。
深夜にただひたすら歩くのが、ぼくのオンラインゲームに変わる新しい習慣なのです。
べつに目的なんてありません。ただ部屋の中でじっとしていたくはないだけです。
寝静まった住宅街を抜けて、ぼくは国道に出ます。あとは国道に沿って歩くだけです。
街灯、コンビニ、ガソリンスタンド、それから聞いたことがない企業の大きな看板。
見慣れた風景がぼくの背後に過ぎていきます。
少しずつ歩くスピードがあがっていきますが、ぜんぜん疲れません。むしろ歩けば歩くほど、なんだか体が軽くなるような気さえします。
ほんとうにどこまでも歩き続けることができるような気分なのです。
とはいえ、いくら歩き続けていても、どこにもたどりつくことはありません。
というか、どこにもたどりつかないために歩いているようなものだからです。
ぼくを追い越していく大きなトラック。すごい風圧。
吹きとばされそうになりながらもぼくは歩きます。なにも考えずに歩きます。
いや、それはうそです。
ぼくは考えています。
人を殺すということ。あるいは、殺さないということ。
そこの線引きはどこにあるのか?
もちろん頭のわるいぼくがいくら考えたところで結論はでませんが・・。
でも歩きつづけていると、そんなことも考えなくなります。
そのかわり、ぼくの脳裏にはぼくら家族の思い出が、断片的に浮かんではきえていきます。
どこかの海であまりにも遠くにまで泳いでしまって、ライフセーバー(?)のような人に連れ戻された姉。
あのとき姉はまだ小学生だったと思います。姉はただただ泳ぐのが楽しくて夢中で泳いでいたのだと思います。
浮き輪につかまって、ただただ海に浮かんでいる、弟のぼくをおきざりにしてですが。
それから、運動会で派手にこける父の姿。
たしか前の晩、父は「こどものころは走るのがすごく速かったんだぞ」と自慢していたと思います。
自慢していたぶん、はずかしかったでしょう。こけてひどく痛がる父。
ほんとうにはずかしい話ですが、父はあまりにも痛がりすぎて、ついには小学校に救急車まで呼ばれてしまいました。
痛がりながらも救急車が校庭に入ってきたときに、父が一瞬、見せた驚きの表情をぼくはおぼえています。
そのときぼくは、父がたいして痛くなかったのに痛かったふりをしていたことに気づきました。
かっこわるいな、とぼくは思いました。
気づいていたのは、ぼくのクラスにもうひとりいて、ものまねが得意なその子はそれからしばらくの間、父がこけて、わざとらしく痛がっていたときのまねをして、みんなにうけていました。
息子としては無視してやろうと思うのですが、ぼくもがまんできずにみんなといっしょに笑っていました。その子のものまねはほんとうに上手だったのです。
それから・・。
深夜の国道を歩きつづけるぼく。
ときどきくる対向車のヘッドライトがぼくの体を照らしだします。
その度にぼくはなんだか自分の体が透きとおっていくような気がします。それが、うまくいえませんが、心地いいのです。
やがて、ぼくの腕時計のアラームが「ピピッ!」「ピピッ!」「ピピッ!」と鳴ります。
午前三時に鳴るようにセットしてあるのです。そこが折り返し地点なのです。
ぼくは足を止め、あたりを見回します。
見たことがあるはずなのに、見たことがないような風景。
一瞬、ぼくは自分がどこにいるのかわからなくなります。
ぼくはどこにいるのか?
というより、ぼくはだれなのか?
しかしそれも一瞬のこと。ぼくは瀬尾あきひと。姉を殺害された、「できのわるい」でおなじみの弟。
ぼくはただ自分の家から国道を三時間ほど歩いてきただけなのです。
ぼくは腕時計のアラームを止めると、いまきた道を引き返しはじめます。家に帰るのです。まだ暗い空の下、家に向かってと歩きはじめるぼく。
いつもはそのまま家まで帰るのですが、その日にかぎってなんだか急に空腹をおぼえ、コンビニに立ち寄り、からあげ弁当を買いました。
そのからあげ弁当をぼくはコンビニの隣りの児童公園のベンチに座って食べました。
孤独なぼく。姉を殺されたぼく。ほんとうは犯人をこの手で殺してやりたいと思っているぼく。日々、弱っていく両親を見ているぼく。あとに残されてしまった、「できのわるい」方のぼく。
悲しさ、切なさ、そして、あまりにもたくさんの悔い。それから殺意。おまけにこのくそまずい弁当!
店員があたために失敗した、表面だけ妙になまあたたかくて、中身はまだつめたく、かたいままのからあげを食べながら、気がつくとぼくは姉が殺されてからはじめて泣いていました。
いつまでもいつまでも泣いていました。涙がとまらないのです。ためていた涙が一気にあふれてきたのでした。
結局のところ、泣くことしかできないぼく。かっこわるいぼく。ダサいぼく。なにもできないぼく。姉が殺されたというのに、です。ぼくはそのとき初めて強くなりたいと思いました。