第44話 シェフとしてのプライド(?)
文字数 2,574文字
「明日はみそ汁もお願い」とはどういう意味なのか?
ぼくはしばらくかんがえてみましたが、かんがえるだけむだというか、ほかにかんがえようもないので、そのまま解釈することにしました。
つまり、ぼくは明日の朝、ご飯とみそ汁を用意しなければならないのです。
ご飯は今日炊いた分が残っていますのでだいじょうぶですが、みそ汁は作らなければなりません。
もちろん、ご飯も炊いたことがなかったぐらいのぼくですから、みそ汁なんて作ったことはありません。
そこでぼくは寝る前に、ベッドで横になって、スマホでみそ汁の作り方を調べてみました。
「だしの取り方」とか出てきます。かつおだしとか、昆布だしとか、なんだかめんどくさそうです。
しかししばらく検索していたら、「だしパック」という便利なものがあることがわかりました。明日、夜中に歩いた帰りに、このだしパックとやらを買ってくればいいのです。
いつも歩いている国道沿いに、二十四時間営業のスーパーがひとつあるので、そこで買う予定にして、ぼくは目を閉じました。
みそは冷蔵庫に残っていたのでだいじょうぶです。
翌日、ぼくはいつも通りに夜中じゅう歩き、帰りに予定通り二十四時間営業のスーパーに寄りました。
もちろん、だしパックを買うためです。
午前五時過ぎのスーパーはがらんとしていて、ぼく以外にはたぶん一人か二人ぐらいしかお客はいませんでした。
ぼくはだしパックを求めて、スーパー中を歩き回りました。普段スーパーで買い物なんてしないので、どこになにがあるのかよくわかってないのです。
店員に聞こうかとも思いましたが、ぼくが見かけた店員はすごく忙しそうに商品の補充をしていたので聞けませんでした。
でもしばらく歩き回っているうちに、ぼくはどうにかだしパックが並んでいる棚までたどりつくことができました。
しかしそこでもまた問題が発生しました。だしパックの種類が多すぎるのです。これはもう完全に想定外です。
こんなにたくさんのだしパックの中から、どうやって我が瀬尾家に最適なだしパックを選べというのか?
だしパックを選ぶ、その基準となるものをなにひとつ、ぼくは持ち合わせていないのに・・。
結局、ぼくはいちばんたくさん置いてあっただしパックを選びました。
以前、テレビで見たドキュメンタリー番組で、スーパーの仕入れ担当の人が言っていたことを思い出したからです。その人はこういっていました。「結局いちばんいい商品というのは、いちばんたくさん置いている商品です」
その人がいっていたことを信じていいのかどうかはわかりませんが、ほかに判断のしようがなかったのです。
スーパーでは納豆も買いました。ここでもまた種類が多過ぎる問題に直面しましたが、同じ方法で乗り切りました。
家に帰ると、ぼくはシャワーをあびたあとで、さっそくみそ汁作りにとりかかりました。
だしパックのパッケージに書いてある説明通りにだしをとりました。かんたんです。それから、みそを溶かしました。かんたんです。
しかし、そこでまた問題発生です。ぼくはみそ汁に入れる具材をなにも考えていなかったのです。
これではただの茶色いスープですが、いまさらしかたありません。
ぼくはダイニングテーブルに二人分のご飯と具なしのみそ汁と納豆を並べました。
そこにちょうど母が入ってきて、テーブルに座りました。
「なに、このみそ汁」と母は当然のクレームをいいました。「なにも入ってないじゃない」
「うん、忘れてた」
「そこの棚にカットわかめが入ってるかも」
ぼくは母が指差している棚の扉を開け、いくつかの袋の中からカットわかめの袋を見つけました。
「はい」と母に渡します。
母はカットわかめの袋を開けると、ぱらぱらとわかめをみそ汁に入れました。
ぼくもまねして入れました。
わかめがゆっくりと広がっていきます。
おおっ、とぼくは小さな声でいいました。
「いただきます」と母。
ぼくもいただきますといって食べはじめます。
自分で作ったからなのか、みそ汁はけっこうおいしかったです。
母は特に味の感想などはいいませんでしたが、食べ終えると、昨日に続きまた宿題を出してきました。「明日は焼き魚もお願い」と。
そういうわけで、翌朝には、やはり夜中じゅう歩き、帰宅して、シャワーをあびたあとで、ぼくは新たにご飯を炊き、みそ汁を作り、それから魚を焼きました。なんだかたいへんなことになってきています。
魚は鮭を焼きました。
鮭は、やはり夜中じゅう歩いた帰りに、二十四時間営業のスーパーで買ってきました。
一緒に豆腐も買って、みそ汁にカットわかめとともに入れました。
ダイニングテーブルにそれらを二人分並べると、もうちゃんとした朝食に見えます。まあ、だからなにってことではありますが。
しかし驚いたことに、この日、母は「メンタルを病んでいる」でおなじみの父と一緒にキッチンに入ってきました。
母が父をつれてきたのか、それとも、たまたま父もキッチンに向かっていたのかはわかりませんが。
我が家のこぶりなダイニングテーブルに並んで座る、父と母。
ぼくは自分用に並べていた食事を父の前に置きました。「いただきます」と母がいい、ふたりは食べはじめました。
なんだか妙な気分でした。変なことをいうようですが、ぼくはこのとき初めて、このふたりが夫婦なんだという、ごく当たり前のことを認識したように思います。
それまでぼくはたぶんふたりのことを父と母としか思ってなかったのです。
ふたりは黙ったまま、ぼくの作った朝食を食べました。
ぼくはふたりに背を向け、自分用の鮭を焼きはじめました。
鮭はお得な五切セットを買っておいてよかったです。二切セットとどっちを買おうか迷っていたのです。
「ごちそうさま」と母がいい、父といっしょにキッチンを出ていきました。
父は始終無言でしたが、もちろん母は宿題を出すのを忘れませんでした。「明日は卵焼きをお願い」といっていました。
明日は卵焼き、か。
かんたんなのかむずかしいのかさえわかりませんが、寝る前に作り方を調べておかなければと思いました。
なんだか、瀬尾家のシェフとしてのプライド(?)までめばえはじめているかもしれないぼくなのです
いい匂いがします。
もうすぐ鮭が焼き上がりそうです。