第24話 「へらへら」パート2

文字数 2,220文字


『スターダスト』を出たわたしは、一度署にもどりました。
 署にもどるといっても、署内には入らず、駐輪場にとめてある愛車ビーノのもとへと向かいます。

 署の前には、記者会見を終えて出てきたマスコミの人たちがぞろぞろと歩いていました。
 
 いまごろ、疲れ果てた署長は署長室のソファに座って、この町の老舗『わだ家』の特製のりせんべいを食べていることでしょう。それが署長の大好物なのです。

 わたしはビーノのシートの下からヘルメットを取り出すと、ヘルメットをかぶり、さっそくバイクを出します。

 ぞろぞろと歩いているマスコミの人たちの脇を抜け、警察署を後にします。


 もちろん、わたしはバラバラ殺人事件の捜査に出かけるのです。それ以外になにがあるというのでしょう。

 わたしが追っているのは、黄色いスニーカーの男。その男が瀬尾まりさんのストーカーだった可能性があるのです。

 朝寝坊したせいで捜査から外されて、ジンさんの運転手になるよう命じられたわたしが、捜査できるようになったのはジンさんのおかげです。

 ジンさんの運転手になった初日に『スターダスト』に連れていかれ、一日中マンガを読んでいたわたしでしたが、やはりこんなことをしている場合ではないと思い、次の日から我が署のレジェンド刑事であるジンさんに恐れ多くも「捜査にいきましょう!」攻撃をかけたのですが、ジンさんはメロンクリームソーダを飲むばかりで革のソファに座ったままでした。

 それでもわたしはあきらめずに、「捜査にいきましょう!」攻撃をつづけました。

 わたしがあんまりうるさくいうからでしょうか、何日か攻撃を続けていると、ジンさんは「じゃあ、ひとりで捜査にいってこい」といったのでした。

「いいんですか?」
「いいにきまってるだろう」
「でも、わたしジンさんの運転手ですよ」
「でも、刑事だろう」

 これには、ぐっときました。
「はい、刑事です!」とわたしは大声でこたえました。となりでコーヒーを飲んでいたお客さんに笑われるぐらいに。

 しかもジンさんは、わたしがやるべきことまで用意してくれていたのです。

 さすがレジェンド刑事!

「これ」
 ジンさんはジャケットの内ポケットから一枚の紙を取り出すと、わたしに差し出しました。

 わたしはその紙を受け取り、折りたたまれていた紙を広げました。
 すると、そこにはずらりと人の名前が書かれてありました。

「なんですか、これ?」
「聞き込みリストだ」

 聞き込み! 
 いよいよ刑事らしくなってきました。

「まあ、正確には聞き込み済みのリストだけどな」
「どういうことですか?」
「もう一回、聞いてこいってことだよ」
「わかりました」

 ほんとうのこというとよくわかっていませんでしたが、でもジンさんのいうことです。いわれたとおりにやるしかありません。

 というか、喫茶店で一日中座っているよりはよっぽどましなのです。

「いいか、『念のためにもう一度話を聞きにきました。この前は話しにくかったでしょう』とへらへら笑いながら聞くんだぞ」

 話しにくい?
 へらへら?

 わからないことだらけですが、「わかりました」とわたしはこたえました。
 もうわたしはやる気まんまんで立ち上がっていたのです。

 
 わたしはジンさんにいわれたとおり、聞き込みをしてまわりました。

 もちろん、「こういうものですが」といって、ちらりと警察手帳を見せながら(!)です。

 このちら見せ、前からやってみたかったことのひとつです。ささやかながら、わたしの念願がひとつかなったわけです。

 聞き込みリストには多くの人の名前が載っていました。
 瀬尾まりさんの友人、知人、勤務先の人等々。

 なかには迷惑そうな顔してしゃべってくれない人もいましたが、ほとんどの人が協力的でした。

 わたしは、ジンさんに教えられた通り、自分なりにへらへら笑いながら、「この前は話しにくかったかもしれませんが」といいながら聞いたのですが、これが効果てきめんでした。

 そのうち、わたしにもジンさんがいっていた意味がわかってきました。「へらへら」が大事だったのです。

 少しかんがえればわかることですが、こわい顔をした、汗くさい、おっさん刑事には話しにくいのです。特に若い女性たちは。

 彼女たちは話してくれました。
「まりちゃんはだれかにつけられているような気がするといってました」
「でも、はっきりとした証拠がないから警察には届出できないって」
「そういえば、黄色いスニーカーをはいていた男が、どうとかいってなかった」
「それ、いっていたかも」

 黄色いスニーカーの男!


 そうしてわたしは瀬尾まりさんにストーカーがいた可能性があることをつきとめたのでした。
 この捜査が難航している事件で、早くもちょっとしたお手柄(!)なのです。


 やはりわたしは刑事に向いているようです。おかげで、肩書きは運転手のままですが、捜査に参加させてもらえるようになりました。パソコンのアクセス権ももらい、捜査資料を見ることもできます。うれしいです。

 でも、おもしろくない顔をしている先輩方もいます。
 それはジンさんがくれたリストが聞き込み済みのリストだったからです。

 つまりわたしより先に聞き込みをしていたのに、手がかりをつかめなかった先輩方のメンツをわたしはつぶしてしまったのです。

 もちろん、わたしとしても先輩のメンツ立ててあげたいところですが、ここはまあ実力勝負ということで、まったく気にしていないわたしです。
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