第42話 明るい世界
文字数 1,903文字
マクドナルドでダブルチーズバーガーをぱくつくぼく。
グレーのスウェットのパンツのポケットの中でスマホがぶるぶるっと鳴ります。
ぼくはスマホを取り出しますが、みずきさんからではなかったのでそのままポケットに戻しました。
ぼくがあの黄色いスニーカーの男に刺されてからというもの、ぼくのスマホにはたくさんの着信やメッセージが届いています。
なんだか急に知り合いがふえたみたいです。もう何年もぼくのスマホが鳴ることは、迷惑メールと緊急地震速報ぐらいしかなかったのに・・。
もちろん、中にはぼくのことをほんとうに心配してくれている人もいるのかもしれませんが、ぼくとしてはあまり話す気にはなれないので、みずきさんからの連絡にしか出ないようにしています。
みずきさんの話では、まぬけな弟が刺されたという話(しかも姉を殺害したのと同じ犯人に!)は、テレビでもネットでも、けっこうなニュースになっていたそうで、「あきひとくんも、もうすっかり有名人よ」とのことでした。
「わたしもだけど」とみずきはうれしそうにつけくわえていました。
みずきさんはお見舞いにも来てくれました。
みずきさんにしても、男に左足を刺されて三針縫うケガしていたのですが、入院はせずにすんだそうです。
さすがみずきさん、じょうぶです。
今日ぼくが着ているグレーのスウェット上下は、そのときにみずきさんが買ってきてくれたものです。
あいつに刺されたときに着ていた、ぼくの先代(?)のグレーのスウェット上下は血だらけのまま、証拠品として警察に保管されているからです。
しばらくすると、せっかく空いていたのに、ぼくの隣りの席にぼくと同年代ぐらいの四人組が座りました。男二人、女二人の四人組です。
「なにそれ?」
「よくわからないけど、新商品みたい」
「へー、そうなんだ」
どこかの学生のようです。
まあ、ぼくも学生ではあるのですが・・。
ぼくはなんだか急にはずかしくなってきます。上下グレーのスウェットという格好が急にはずかしく思えてきたのです。ほぼ新品というのも少しはずかしいです。
いやいや、これが先代のぼろぼろのスウェット上下でも、ぼくははずかしいと思ったでしょう。それどころか、ぼくなりにもっとましな格好をしていたとしても同じように思ったでしょう。
いずれにしろ、ぼくの目にはその四人のファッションがとてもおしゃれなように見えているのです。
もちろん、ぼくとしても、その四人のうちのだれひとり、ぼくのことなんて見ていないことはわかっているのですが。
ダブルチーズバーガーを食べ終えたぼくはフライドポテトに取りかかりました。
フライドポテトもおいしいです。でも、少ししなっとしはじめています。少ししなっとしたのもまたおいしいのですが、これ以上しなっとなるとやはりおいしくなくなっていきます。
ぼくはフライポテトを四、五本まとめて口に入れ、口に残ったフライドポテトの油をコーラで流します。
コーラも氷がとけて少し水っぽくなっています。少し急いだほうがよさそうです。
「あいつ、ヤバくない」
「ヤバいヤバい」
「えっ、だれのこと」
「だれってきまっているだろう」
「マサトシ?」
隣りの席で大きな笑い声が起きます。「ちがうよ! なんでマサトシなんだよ!」
どうでもいい話ですが、そういうどうでもいい話こそ仲間内では盛り上がることは、ぼくだって知っています。
ぼくはぱくぱくとフライドポテトを食べ続けます。
そのうち、フライドポテトを一本、白いタイルの床に落としてしまい、それをひろいます。そのとき、ぼくの左のわき腹にびりっと痛みが走ります。
ぼくはひろったフライポテトをトレーに敷いてある店員募集の紙の上に置き、大きく息をはきだします。けっこう痛いのです。
しかし、変なことをいうようですが、その痛みがすこしだけ心地いいのです。なんなんでしょう?
自分でもうまく説明できませんが、もしかすると、ぼくは姉があそこまで傷つけられた以上、自分だけ無傷でいるのがいやなのかもしれません。
店員募集の紙にプリントされたマック店員の笑顔の上で、フライドポテトの油がゆっくりと、すこしずつにじんでいきます。
それから、隣りの席でもう一度大きな笑い声が起きます。「だから、どうしてマサトシなんだよ!
窓の外にはまばゆいばかりの日の光、明るい世界。
ここはいったいどこなのか?
ぼくはどんな世界にいるのか?
姉はどこにいったのか?
ぼくはあわてて目を閉じます。
口に残っている、水っぽいコーラの味。
左のわき腹の痛みが徐々に消えていきますが、この痛みはいまのぼくには必要な気がします。