第34話 ホッピング
文字数 1,542文字
寝静まった住宅街を、ぼくは古いアディダスのカントリーで走ります。
等間隔に並んだ背の高い外灯が、規則的にぼくの影を路上に、長く短く、映し出します。バラバラ殺人犯に追われ、逃げているぼくの影。
あいつが犯人なのか?
あいつが姉を殺したやつなのか?
そうに決まっています。まちがいありません。
さっきあいつを見てはっきりとわかったのです、そうにちがいないと。
そして今度はぼくを殺そうとしているのです。理由はわからないけど、それもまちがいありません。ただそうだとわかるのです。
走りながら振り返ると、黄色いスニーカーの男も走っていました。
でも、やはり余裕のつもりなのか、それとも怖がらせようとしているのか、走っているといってもすごくペースの遅いジョギングのような感じです。
これなら、ぼくの方がずっと速いです。ぼくはでたらめにいくつかの角を曲がります。
しかし、すぐに息が上がってきます。ふだん運動なんてしていないからです。それでなくても、運動は苦手なのに・・。特に長距離走はきらいでした。
息が上がったぼくは走りながら左右を見て、シャッターを下ろしていない車庫を見つけ、それから一度振り返って、そいつがまだ角を曲がってきていないことを確認してから、その中に飛び込みました。
白い大きなSUVの車の影にひざをついて身をひそめ、あらい息が外にもれないように左腕で口をふさぎます。心臓がひどく鳴っています。
やがて、黄色いスニーカーをはいた男が車庫の前をすたすたと、やはりジョギングでもしているかのように走っていきます。
どうやらうまく隠れることができたようです。
ひと息つくぼく。
そうだ、みずきさんに連絡!
ぼくはスウェットのパンツのポケットからスマホを取り出します。みずきさんに電話しようかとも思ったのですが、声は出したくないのでそれはやめました。
そこでぼくはみずきさんにメッセージを送ろうとしますが、手が震えてうまく打てそうにありません。
こんなときでも、いやこんなときだからこそ、かっこわるいぼくなのです。
それでもぼくはいくつか空のメッセージをみずきさんに送り、それからGPSのアプリを立ち上げて、自分の位置情報をみずきさんに送りました。
このGPSアプリはみずきさんが念のためにと入れてくれたものです。
「いい、あきひとくん」とみずきさんはいっていました。「もしものときはこのアプリをつけたままにしておいてね。リアルタイムで場所がわかるから」
ぼくはアプリをつけたまま、スマホをパンツのポケットに戻しました。
みずきさんが気づいてくれるといいのですが・・。
ある程度息が整ってから、ぼくは車庫のひんやりとしたコンクリートの床に両手と両膝をつきました。そのまま四つんばいで前に進み、少しだけ車庫から顔を外に出して、あたりの様子をうかがいます。
あいつがどこか遠くにいってくれていればいいのに、と思っていましたが、残念ながら、外灯に照らし出されたあいつの姿が見えました。
あいつは少し先の住宅街の小さな十字路の真ん中で、きょろきょろとしていました。
向こうへいけ、向こうへいけ、とぼくは心の中で念じましたが、そのとき左足になにかひっかかったかと思うと、「ガチャン!」と音を立てました。
ぼくは壁に立てかけてあった、子供の遊び道具のホッピングを倒してしまったのでした。
まったく動いているつもりはなかったのに、無意識に身を乗り出したときにひっかけてしまったのです。
まずい・・。
男は物音に気づいたようで、こちらに向かってまたゆっくりとジョギングをはじめました。
こうなってはもう飛び出すしかありません。ぼくは車庫を飛び出すと、再び寝静まった、深夜の住宅街を走りはじめました。