第2話 刑事です。
文字数 2,766文字
わたしは花森みずき。
二十四歳。
刑事です。
といっても、刑事になってまだ一ヶ月の新米刑事です。
刑事になる前の三年間は交番勤務の制服警官でした。刑事になるのはわたしの夢でしたので、ようやく念願がかなったというわけですが、はやくもがっかりしています。
あまり大きな声ではいえませんが、この小さな町ではたいした事件が起きないからです。
残念ながらこの町はごくごく平和な町なのです。わたしが待ち望んでいる殺人事件にいたってはもう三年間も(!)起きていません。
刑事になることばかりに夢中でこの町があまりにも平和なことを忘れていました。これではせっかく刑事になったかいがありません。
ほんとがっかりです。
どうやらわたしは、先輩方によくいわれるように「刑事ドラマの見過ぎ」のようです。
しかしいくらいわれようとも、刑事になった以上、わたしはこの手で殺人犯を捕まえてみたいのです。
それこそ刑事ドラマに出てくる刑事たちのようにかっこよく。
わたしが思うに、刑事ドラマに出てくる刑事は二つのタイプにわけられます。頭脳派と肉体派です。
それでいうとわたしはあきらかに肉体派です。頭には正直、自信がありません。
はずかしながら警察学校時代から「バカモリ」でおなじみです。
二十四歳の女の子に「バカモリ」はないです。
せめて普通に「ハナモリ」と名前で呼ばれたいです。
そのためにも、やはり刑事ドラマのようにかっこよく殺人犯を逮捕して、実力をアピールしたいところなのです。
自信はあります。もちろん、頭脳派ではなく肉体派としての自信です。自分でいうのもなんですが、体力にも、腕にも自信があるのです。
腕というのは強さのことです。強さとは、わたしの格闘技の先生によれば「パワー×スキル」です。
たしかに単純なパワーでは男に負けることもあるでしょう。でも、スキルならそうそう負けません。
自分でいうのもなんですが、わたしは強いのです。
わたしが習っていたのはMMAという格闘技です。
いまのところメジャーな格闘技とはいえませんが、「殴る、蹴る、投げる、極める」というすべての要素がつまった総合格闘技です。
その中でも特にわたしが大好きなのは「極めると」いう関節技。殴る、蹴る、投げるも好きですが、極めるで勝ったときには、なんといえばいいのでしょう?
うまくいえませんが、ほんとうに相手に勝ったというような気がするのです。
わたしがMMAを習うことができたのはうちの近所にMMAの道場ができたからです。わたしが中学一年生のときです。
そのときには気づいていませんでしたが、いまにして思えば、全国的にも数少ないMMAの道場が近所にできたなんて、わたしにとってはとてもラッキーなことでした。
道場のオープンは秋ぐらいだったと思います。
わたしは同じクラスの男子数名にさそわれて、道場のオープン記念の見学会にいったのです。
女子はわたしひとりでした。
MMAがなにかさえよくわかっていなかったわたしは、ほんとうに見学のつもりで、はりきっていた男子たちみたいに実技指導まで受ける気はなかったのですが、先生に「きみもやってみたら」といわれ、やってみたところ、MMAの楽しさに目覚めたのでした。
先生がわたしに最初に教えてくれた技は、関節技の腕ひしぎ十字固めでした。
わたしは先生を相手にこの関節技を極めたのですが、これが楽しくて楽しくてしょうがなかったのでした。
「痛い、痛い」という先生。先生はおおげさにいっていたのでしょうが、それもまた楽しかったです。
そのときわたしは子供心に気づいたのです。関節技こそ弱いものが強いものに勝つ方法だと。つまり関節技を覚えたら、女子でも男子とケンカできるし、それどころか男子にケンカに勝つことだってできるのです。
わたしはその日のうちに道場の入門書にサインしました。いっしょに見学会に行った同じクラスの男子たちはひとりも入門しませんでしたが。
それからのわたしはもうMMAに夢中でした。
毎日のように道場に通い、家でもテレビやネットでドラマやアニメを見るのをやめ、UFCというMMAの大会のビデオを繰り返し見るようになりました。自分でいうのもなんですが単純な性格なのです。
当時のわたしはたいして興味もないのに、友だちにつきあって美術部に入っていましたが、それもやめました。
もちろん、絵はうまくありませんでした。はっきりいってへたくそでした。「ピカソ」と呼ばれていたぐらいです。もちろん、わるい意味でです。いい意味だったらたいへんです。結局、向いてなかったのです。
一方、MMAはわたしに向いていたようで、わたしはみるみるうちに上達していきました。「すごい、すごい」と先生もわたしの上達ぶりをほめてくれました。
しかし実際のところ、わたしは自分がどれだけ上達しているのかよくわからずにいました。MMAはあまり一般的ではないので大会が少ないからです。男子の大会は少ないながらもいくつかありましたが、女子の大会はわたしのころにはひとつもありませんでした。
だからわたしは公式戦には一度も出たことはありません。
でも、同じ道場の大会に出ている、同じ年代の男子には道場の練習試合では一度も負けたことはありません。
しかしその男子たちにしても大会ではすぐに負ける子たちだったので、わたしは自分がどのくらい強いのか、あるいは弱いのかよくわからなかったのです。
わたしが自分が強いと自信がもてるようになったのは警察学校時代のことです。警察学校の柔道の授業の乱取りで自信をもったのです。
乱取りというのは、試合形式なのですが、審判はいなくて、勝敗については自分たちで判断するという稽古です。
その乱取りでわたしは同期の男子たち全員をほぼ秒殺で、関節技を極めて勝つことができたのです。
腕ひしぎ、チョークスリーパー、アキレス腱固め等々。関節技を決める瞬間はとても気持ちがいいものです。
もっとも、わたしは柔道では禁止されている関節技をたくさん使ったようですが・・。
しかし、秒殺は秒殺です。わたしの乱取り相手には柔道の有段者もいれば、全国大会に出た子も数名いたほどなのです。その子たちも、わたしが強いと認めてくれました。
みんな驚いていましたが、いちばん驚いていたのはたぶんわたし自身です。わたしは自分がここまで強いとは思っていなかったのでした。
これだけ強ければ、ほんとうに刑事ドラマのようにかっこよく殺人犯を逮捕できるかもしれません。
ちょっとずうずうしいでしょうか?
いや、ちょっとではないかもしれません。
でもそれこそが、ザ・わたしなのです。
そういえば、亡き父もよくいっていました。「みずきって、けっこうずうずうしいよな」と。