第38話 わたしの呼び名問題の件
文字数 1,819文字
犯人は、彼が自ら飛び込んだ、この町を流れる大きな川の河口付近で、溺死体として見つかりました。
見つけたのは警察でした。瀬尾まりさんの死体を捜索したときのように、警察で捜索船を出して捜したのです。
今回もわたしは捜索に参加できませんでした。刺された左足の治療のために病院にいたからです。さいわい傷はたいしたことありませんでしたが。
犯人の身元はすぐに判明しました。
黄色いスニーカーの内側にマジックで、「川村さとし」と名前が書かれてあったからです。
ちなみにそのスニーカーは右足のスニーカーで、左足のスニーカーはいまだ行方不明のままです。
川底に沈んでしまったか、あるいは海まで流れてしまったのか・・
死体として見つかった川村さとしが瀬尾まりさん殺害の犯人だと特定されたのは、川村さとしが河川敷に捨てていったナイフから瀬尾まりさんの血液が検出されたからです。
その後の警察の調べでも犯人の動機は不明のままでしたが、川村さとしについてはいくつかのことがわかりました。
川村さとしは幼いころから、重度の精神障害を患っていて、その人生の半分以上を治療のための施設で過ごしていたこと。
いわゆる少年期には少なくとも八匹以上の犬を殺し、バラバラにして、その死体を川に流していたこと。
施設を出てからも投薬治療は続いていたこと。しかし、ここ九ヶ月ほどは通院せずに、薬も飲んでなかったこと。
通院しなくなった理由は、川村さとしの母が痴呆症を発症したためのようです。
それまで川村さとしはお母さんに車で病院まで連れていってもらっていたようなのですが、それができなくなったのです。それで川村さとしは薬を飲むことができなくなったのです。
川村さとしが通院していた病院にしろ、病院から連絡をうけた役所にしろ、川村さとしの母に連絡を取ろうと、電話したり、手紙を送ったりしていたようですが、結局連絡が取れないままになってしまったようです。
実際、川村家の玄関には、病院や役所からの手紙がだいぶたまっていたようです。
たまっていたのは手紙類だけではなく、様々なゴミ、お弁当や惣菜のプラスチック容器、ペットボトル、ナイロン袋、つぶされたダンボール、汚れた衣類やぺちゃんこになった靴、などがたまっていたそうです。いわゆるゴミ屋敷になっていたのです。
なお、川村さとしと瀬尾まりさんとの接点はわからないままでしたが、川村さとしの部屋から瀬尾まりさんの名刺が見つかりましたので、なにか接点はあったのでしょう。
また、川村さとしのノートパソコンの履歴から、川村さとしが繰り返し繰り返し、瀬尾まりさんの勤務先のホームページにアップロードされていた、瀬尾まりさんが出ている動画を見ていたこともわかりました。
でも、いってしまえばそれだけなのです。
どうして瀬尾まりさんが殺されなければならなかったのかは誰もが知ることができないままになってしまいました。
「いやいや、たいへん。ひどいもんだよ」
タカバヤシさんが、まわりに聞こえるようにわざと大きな声でいって、自分の席に座ります。
タカバヤシさんというのは、わたしの教育係りの先輩刑事で、「器の小さい男」でおなじみのタカバヤシさんです。
タカバヤシさんは誤認逮捕の件で休職中だったのですが、川村さとしの溺死体が見つかった日にしれっとした顔で復帰していたのでした。
じつにうまいタイミングで戻ってきたものです。署内が大騒ぎしているときだったので、だれもタカバヤシさんが戻ってきたことに、気をとめる余裕がなかったのでした。さすがタカバヤシさん、ずる賢いです。
さらにずる賢いのは、復帰したタカバヤシさんはみんなが嫌がる、川村家のゴミ屋敷の清掃を率先してひきうけたことです。そして、「いやいや、たいへん。ひどいもんだよ」とアピールしているのです。
ちなみに、こんなタカバヤシ問題よりも、もっと大事なわたしの呼び名問題ですが、いまやわたしは殺人犯を捕まえ、スターのはずなのですが、いまだに署内では「バカモリ」と呼ばれています。
これはどういうことなのでしょう?
正直、よくわかりません。
でも、たったひとりタカバヤシさんだけは、わたしのことを「バカモリ」ではなく、「ハナモリ」と呼ぶようになりました。
やはり、タカバヤシさんにはタカバヤシさんなりの負い目があるようです。
たいへん不満ではありますが、いまのところはこれでよしとしておきます。