第15話 「瀬尾家のパン祭り」
文字数 1,574文字
まったくご飯を作ってくれなくなった母ですが、一家の主婦として責任感からなのでしょうか、我が家の小ぶりなダイニングテーブルにはいつからか菓子パンが山のようにつまれることとなりました。
クリームパン、ジャムパン、あんパン、メロンパン、チョコメロンパン、うぐいすパン、二色パン、三色コロネ、カレーパン、コロッケパン、焼きそばパン、小倉パン、コッペパン、チーズパン、マヨネーズパン、ショコラパン、ソーセージパン、アップルパイ、レーズンカスタードパン、・・。
なかなか壮観な眺めです。
これはもう「瀬尾家のパン祭り」といっていいでしょう。
この菓子パンの山を初めて見たとき、ぼくは歴史で習った豊臣秀吉の一夜城を思い出しました。
このあまりにも壮大な菓子パンの山は、まさしく母にとっての一夜城なのではないかと。
この菓子パンのお城で母は我が瀬尾家を守ろうとしているのではないかと。
母はいままでクリーニング店のパートに、週三日から四日いっていたのですが、いまではパートどころか、外出することもなく、ほぼ一日中、我が家の居間のソファで横になっています。
まるで動物がそこを棲家ときめたみたいに。
そんな母がいつ、どこで、こんなに大量の菓子パンを買っているのか、疑問に思っていましたが、すぐにわかりました。
うちの玄関に大量のダンボール箱があふれだしたからです。母はネットスーパーで買っているのでした。
父もまた、おそらくは母以上にメンタルを病んでしまい、市役所の仕事も休職中です。
父は心療内科にも通っていて、大量の薬を飲んでいます。薬のせいか、父はほとんど話さなくなりました。
こういってはなんですが、これはありがたいです。父は学校のクラスに必ずひとりはいる、つまらない話を延々と続けるタイプなのです。
父とはときどき深夜のキッチンで顔をあわせます。
睡眠薬も飲んでいるはずなのですが、それでも眠れないときがあるようなのです。
そんなとき、父は菓子パンが山積みになった我が家のダイニングテーブルにぽつんと座っているのです。
ぼくは相変わらず、昼に寝て夜に起きるという生活なので、夜中にお腹が空くと、二階から一階に菓子パンを取りにいくのです。そのときに、父と顔をあわせるときがあるわけです。
「・・・・・」
「・・・・・」
まあ、顔をあわせたところで、お互いなにも話すことはなにもないのですが。
薬がきいているのか、なんだかいつも以上にへらへらしている父(やはり、「へらへら」なのが腹が立つところですが)。
父はなにかいいたそうにも、なにもいいたくなさそうにも見えます。よくわかりません。
ぼくは菓子パンの山から菓子パンをふたつばかり取ると、階段をあがって自分の部屋へと戻ります。部屋に戻ったところで、特になにもすることはないのですが。
ぼくはベッドに腰かけて、菓子パンを食べます。
実をいうと、姉が殺されてから、もうオンラインゲームはやっていません。あんなに一晩中やっていたのに・・。いまではまるでやる気がしないのです。
オンラインゲームで仲間とともに、モンスターを殺しまくっていたぼく。
楽しかった時間。ぼくがぼくのままでいられるような気がした時間。
そこは、なんの責任もなく、痛みもない世界。モンスターが次から次へと襲ってくる、現実ではない世界。
いやいや、モンスターだって?
ぼくの心の中で声がします。モンスターならいるだろう。姉を殺して、バラバラに切断して、川にすてたモンスターが現実にいるだろう、と。
そうです、モンスターは現実に、それもすぐ近くにいるのでした。
でも、だからといってなにもできないぼく。
ただただ、夜中にクリームパンとメロンパンを食べているだけのぼく。
どうして姉が殺され、ぼくが生き残っているのか、やっぱりよくわかりません。