第11話 「動機はなんなんだ?」
文字数 1,333文字
「それで」とわたしを逮捕したタカバヤシ刑事は言います。「動機はなんなんだ?」
逮捕された日からほぼ一日中続くこのやりとり。もう八日目です。
最初はもの珍しかった取調室も、いまではすっかり見慣れた、なにひとつおもしろくない部屋になっています。冷房がきいているのはたすかりますが。
「金か?」
「ちがいます」
「別れ話か?」
「ちがいます」
「じゃあなんだ、なんかあるだろう?」
毎度毎度のこのルーティン。
こう言ってはなんですが、このタカバヤシという刑事かなり頭がわるいようです。
被疑者に「なんかあるだろう?」はないです。そもそも、まだ容疑を認めていない被疑者に動機を聞くとは順番が間違っています。
さらに言わせてもらえば、これは不安感のあらわれではないかと思うのですが、タカバヤシ刑事は尋問中にやたらとネクタイの結び目をさわります。
実際、日に日にネクタイの結び目をさわる回数がふえています。
思うに、これはなんの証拠もないのにいきおいでわたしを逮捕したためではないでしょうか。
わたしは自分が犯人ではないことをいちばんよくわかっていますので、証拠なんてないにきまっているのです。
そう思うと、おそらくは同年代であろう、タカバヤシ刑事がすこしあわれにも思えてきます。
たしかにわたしにはアリバイはありません。
しかし、それは瀬尾まりさんの死亡推定時刻が七月九日から十日にかけての約二日間と広範囲にわたっているためです。
わたしが深夜、ひとりで会社で残業していたときのアリバイがないのです。
しかし、約二日間にわたって完璧なアリバイのある人なんて、あんまりいないと思うのですが・・。
「ぜったいに吐かせてやるからな!」
長い沈黙のあとに急にいきりたって、わたしをにらみつけるタカバヤシ刑事。
ほんと頭わる過ぎです。
なんでこんな頭のわるい刑事に逮捕されてしまったのかと思うわたしですが、責任の一端はもちろん自分にもあるのです。
わたしが逮捕されたのは、わたしが瀬尾まりさんのお葬式で不審な行動をとっていたからなのです。
わたしは瀬尾まりさんを雇用している会社の代表として、瀬尾まりさんのお葬式にいったのですが、悲しみのあまり、お葬式がおこなわれている彼女の家に入る前に泣き出してしまい、その場から立ち去ってしまったのです。
これでは不審に思われてもしかたありません。あやしいおっさんそのもです。
警察はその様子を撮影していてわたしを逮捕したのでした。こう言ってはなんですが、中学生のときみたいにまたしても動画にしてやられたのです。
それにしてもこれからどうなるのか?
正直、不安です。
夜もよく眠れません。
わたしの部屋は独居部屋で、布団も思っていたより清潔なのですが、神経がピリピリとしてなかなか寝付けないのです。
留置所の独特のにおいも気になります。少しカビくさく、少しすえたような、嫌なにおいなのです。
このままこのにおいが体にしみついて、一生とれなくなってしまうのではないか?
そんないま考えなくてもいいことを延々と考えたりもします。
小さな窓から差し込む、まるで頼りのない月の明かりが、わたしが包まっている、薄いタオル地の毛布の足元あたりを照らし出しています。