第41話 ダブルチーズバーガーセット

文字数 1,547文字


 ぼくは瀬尾あきひと。
 すっかり死んだと思っていたのに、結局、死んでいなかった男。

 たしかにお腹を刺され、出血もひどかったのですが、さいわい内臓に深い傷はなく、五日間の入院で退院となりました。

 つまり、軽傷だったのです。こういってはなんですが、あそこまで大騒ぎになったのに軽傷というのもかっこわるいものです。
 

 退院となったその日、ぼくはその足で駅前のマクドナルドへ向かいました。

 ぼくは特別なマック好きというわけではないのですが、隣りのベッドの四十歳ぐらいの自称パチプロの男の人が、一日中、「あぁー、マック食いてぇ」「あぁー、マック食いてぇ」といっていたので、それがうつったのだと思います。

 駅前に近づくにつれ、町ゆく人がふえていきます。
 人がふえるにつれ、ぼくはうつむき、駅前の黄色い点字ブロックを右目のはしでとらえながら歩きます。

 ひきもりのぼくにしてみれば、こんな人ごみの中を歩くのはずいぶんひさしぶりのことなのです。

 もっとも最近は、深夜に国道沿いを歩くため、あるいは姉の部屋に片づけのために外に出てはいましたが・・。
 しかしそれにしても、まわりに人がいるわけではありませんでした。

 早くもマックになんて行かずに帰ろうかとも思うのですが、もうマックは見えてきているし、それにもう食べる気になっているので、おもいきって行くことにしました。

 まあ、ひきこもりではない人にしてみれば、マックぐらいでなにをおもいきっているのかわからないでしょうが。

 ちなみに、もう食べる気になっているのはダブルチーズバーガーです。セットでいこうと思います。


 店内に入り、列に並びます。ここのマックに来るのは高校生のとき以来です。かんがえてみれば、外食じたいが何年かぶりです。

 列に並びながらも、少し緊張しているぼく。あいかわらずダサダサです。
 残念ながら、病院に入院していてもダサさまでは治してくれないのです。

「いらっしゃいませ。こんにちは」
「はあ・・」
「こちらでお召しあがりですか?」
「はい」
「ご注文はおきまりでしょうか?」
「ダブルチーズバー・・・・・」
「もう一度よろしいですか?」
「ダブルチーズバーガーセットをお願いします」
「ドリンクをお選びください」
「あっ・・、じゃあ、コーラで」
「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか?」
「はい・・」
 途中で何度か舌がもつれましたが、なんとか注文を終えました。
 

 カウンターの端でできあがるのを待って、それからダブルチーズバーガーセットがのった茶色のプラスチック製のトレーを両手で持って、窓際のテーブル席に座ります。

 両隣りのテーブル席にはだれもいません。
 というか、そういう席を選んだのです。レジカウンターに列はできていましたが、店内はあんがい空いていていい感じなのです。空いているのはたすかります。

 ぼくはコーラをひとくち飲み、それからがぶりとダブルチーズバーガーにかぶりつきます。

 ひさびさのダブルチーズバーガー! 

 おいしいです。隣りのベッドだった自称パチプロさんに持っていってあげたいぐらいです。


 食べながら、ぼくはぼんやりと窓の外を眺めます。

 窓の外では、駅前の通りを多くの人が歩いていきます。
 スーツ姿の男の人。
 まだ十月なのに早くもトレンチコートを着ている女の人。
 ベビーカーを押している女の人。
 大きなリュックを背負った高校生たち。
 スマホを見ながら歩いているおじさん。
 音楽を聴きながらジョギングしている夫婦であろう二人、などなど。

 みんなどこか忙しげに見えます。
 まあ、そう見えるのはぼくがぼんやりとしているだけなのかもしれませんが。

 しかしそれにしても、昼間ってこんなにまぶしかったっけ、と思うぼく。それほど陽の光がまぶしく感じるのです。
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