第37話 「ドボン!」
文字数 2,036文字
わたしは花森みずき。
「若くて、かわいい」でおなじみの刑事です。
とうとうやりました!
殺人犯を捕まえたのです!
ついに夢がかなったのです。
思うのですが、この事件はいずれ映画化されるのではないでしょうか?
そのとき、どの女優さんがわたしの役をやるのか?
いまわたしがいちばん心配しているのはそのことです。
これは考えれば考えるほどむずかしい問題です。
というのも、あんまりきれいな女優さんがわたしの役をやればわたしが見劣りしてしまいますし、かといってあんまりきれいではない女優さんがやるのも、わたしがきれいではないからだと思われるからです。
ジンさんにも聞いてみましたが、「知るか」とのことでした。
『スターダスト』のマスターにも聞きました。マスターはずいぶん考え込んだ後で、答えてくれましたが、昔の女優さんなのでしょうか、聞いたことがない名前で、もうその名前も忘れてしまいました。
とはいえ、二人ともわたしが犯人を捕まえたことは喜んでくれました。
ジンさんにはただひとこと、「よくやった」といわれただけでしたが、こういった場面では(やはりわたしは刑事ドラマの見過ぎなのでしょう)、名刑事のひとことがいちばん価値があるものなのです。
マスターはお祝いとして、特別に(まあ、いつも特別サービスはしてもらっているのですが)、りんごのコンポートを作ってくれました。おいしかったです。
が、このときマスターはいってはいけないことをいいました。
「みずきちゃん、おめでとう」とマスターはいったのです。「殺人犯を逮捕するなんてお手柄だったね」
逮捕!!
いまのわたしには「逮捕」という言葉は禁句なのです。実際、わたしは犯人を逮捕していないのです。
だから、わたしはわたしなりに気を使って、けっして犯人を「逮捕した」とはいわずに、「捕まえた」といういいかたをしているのです。
しかし実をいうと、残念ながらこの「捕まえた」でさえも正確ないいかたとはいえません。
でも総合的に考えて、ここはわたしとしてもゆずれないところですが、やはり「捕まえた」とはいっていいと思うのです。
あのとき、あきひとくんからの連絡を受けたわたしは、愛車のビーノを飛ばし、この町を流れる大きな川へと向かいました。
あきひとくんから送られてきたGPSの位置情報が川へと向かっているように見えたからです。
わたしが川についたときには、GPSの位置情報は河川敷にありました。もうあまり動いてないようです。
わたしはスクーターを道路に止めて、土手の上からあきひとくんの姿を探しました。あきひとくんはいるはずの場所にいないように見えましたが、暗がりに目が慣れてくると、黒く、もつれあっている、ふたりの影が見えました。
外灯の明かりが反射したのか、きらりとナイフが光ります。
「あきひとくん!」
わたしは土手を駆け下り、そのままの勢いであきひとくんに馬乗りになって、ナイフを振りかざしている男に飛びつきました。
わたしは男の背中を地面に叩きつけましたが、そのときわたしの左足のふとももに男のナイフが刺さりました。わたしはかまわずに、そのままナイフを持った男の右腕を取り、腕ひしぎ十字固めを極めました。
それほど強くやったつもりはなかったのですが、「ポキッ!」と軽い音がしました。男の右腕が折れたのです。
男は立ち上がると、いきなり走りはじめました。右腕をぶらんぶらんさせながら。男はたしかに黄色いスニーカーをはいていました。
「待ちなさい!」
わたしも立ち上がり、叫びました。わたしは男を追いかけようとしましたが、そのとき急に刺されたふとももに痛みを感じ、動きが止まりました。
こんなときに!
わたしは傷口を手でおさえ、逃げていく男を見ました。
いや、男はほんとうに逃げていたのか、それとも・・。
黄色いスニーカーをはいた男は川に向かって走りました。川辺までいくとさすがに走るのは止めましたが、それでも、いまではすっかり枯れている葦をボキボキと踏みながら進んでいきます。
それから、「ドボン!」という大きな音。
男はまったくためらうことなく、十月の冷たい川に飛び込んだのでした。
「ちょっと!」とわたしは大声で叫びました。「腕が折れているから、泳げないよ!」
しばらくの間、泳いでいるのか溺れているのかわかりませんが、バシャバシャと水面をたたく音がしていましたが、急にしんとなりました。
男は川に流されたのでした。この町を流れる大きな川に。瀬尾まりさんのバラバラに切断された死体が流されたこの川に。
わたしは地面に倒れたままのあきひとくんのところまで戻ると、ひざをつきました。暗がりでしたがひどい出血なのはわかりました。あきひとくんはもう力のない両手で傷口をおさえていましたが、わたしはその上から両手を重ね、少しでも傷口からの出血を止めようとしました。
わたしはあきひとくんの名前を呼びました。
なんどもなんども呼びました。