第23話 マスターの正体

文字数 1,340文字


 気がつくといつのまにか、スターダストのマスターもカウンターから出てきて、テレビを見ています。

 立ったまま、腕を組み、すごく真剣に。
 まるで自分が過去に冤罪とやらを経験しているかのように。

「そんな顔するなよ」と笑いながら、マスターにいうジンさん。「おまえは現行犯逮捕だったろう」

「そうでしたっけ?」
「とぼけるなよ。なんなら、おまえの逮捕状を額縁にいれて、この店の壁に飾っておこうか。そっちの方が店も流行るかもしれないぞ。みんな写真を撮りにくるだろうから」
「やめてくださいよ」

 現行犯!
「ちょっと待ってください。それ、どういうことですか?」
 わたしはジンさんとマスターを交互に見ました。

 なにもいわずにカウンターの中に戻るマスター。
 マスターはごしごしと洗い物をはじめます。まるで怒っているお母さんのようです。

「ここのマスター」とジンさんが説明してくれます。「スリで二回、現行犯逮捕されてるんだよ」

 スリで二回!
 驚きながらも、マスターの手際のよさ、料理が出てくる異常な早さをかんがえると、ちょっと納得してしまうわたしでした。


「釈放された被疑者についてはどう思っているのですか?」
「それはもう申し訳なく思っています」
「それだけですか?」
「それだけっていうか、その・・」

 あいかわらずマスコミにやられっぱなしのうちの署長。
 かわいそうに、署長の顔はゆがみ、もはや「昔の男前」ではなくなり、ただの「昔ふうの顔」になっています。

 しかしいわせてもらえば、被疑者の情報を世間にさらしたのはマスコミの方なのです。警察は隠そうとしていたのに・・。
 まあ、この小さな町ではいずればれていたでしょうけど。

 
 その被疑者であった、横川みつおさんは釈放されて、家に帰ったところ、そこには奥さんの姿もお子さんの姿もなかったそうです。

 さらには、家具もなにひとつ残っていなかったそうです。
 かわいそうに、横川みつおさんは一瞬にしてすべてを失ったのでした。

 ちなみに、誤認逮捕してしまった(わたしの先輩であり、教育係でもある)タカバヤシさんは現在休職中です。
 謹慎処分をうけたわけではなく、みずから休職を願い出たのだそうです。

 これには正直、びっくりです。
 ほんと、お世話になっている人にこんなことをいいたくはないのですが、わたしはてっきり、タカバヤシさんは根っからのずうずうしいタイプだと思っていたからです。

 たとえ誤認逮捕をやらかしたとしても、たいして気にはしていないのではないかとさえ思っていたのです。


「警察はなにをやっているんですか!」
「答えてくださいよ!」 
「逃げるんですか!」
 怒号の中、記者会見は終わりました。

「もう消していいぞ」とジンさん。ずずっとメロンクリームソーダの残りを吸い上げます。

「はい」
 わたしはテレビを消しました。いつものまったりとした雰囲気にもどる『スターダスト』。
 もはや実家のようです。

 しかし、まったりしてばかりもいられません。
 とっくにミニカレーどころか、モーニングセットをすべて食べ終えていたわたしは立ち上がりました。

「じゃあ、ジンさん、いってきます!」
「ああ、しっかりな」
「はい」

 わたしはマスターに「ごちそうさまでした」といってから、『スターダスト』を出ました。
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