2021/9『近松心中物語』

文字数 1,114文字

 『近松心中物語』といえば、蜷川幸雄演出で上演回数1000回を超えるという作品。蜷川演出での帝国劇場公演をご覧になった方もいるでしょう。私の記憶にあるのは、2018年に新国立中劇場で見た、いのうえひでのり版です。オープニングのダイナミックな舞台装置、多人数のアンサンブルで華やかな廓のシーンが最初に思いだされます。
 2021年は長塚圭史版。比較すると、舞台装置もキャストもとてもミニマムです。二組のカップル以外は、主要キャストですら何役も演じれていています。なまじ前作のイメージがあるので、主要キャストの場合は、え~っと無駄に混乱してしまいました。でもそこは、ベテランの俳優さん方、見事に演じ分けられていて、その演じ分けに魅せられてしまいました。



 このお話、梅川と忠兵衛の恋が、この時代だからこその悲劇なのに対し、もう一組のお亀、与兵衛の場合は、もっと身近にありそうな恋愛。モラトリアムで無気力な婿の与兵衛に、恋に恋をしているような箱入り娘の嫁、お亀がぐいぐい迫る様子は、恋愛コメディのようです。ところが、梅川、忠兵衛の事件に巻き込まれて、与兵衛は婚家を逃げ出します。すると、お亀は与兵衛について家を出てしまいます。悲劇の恋に酔ったお亀の暴走(これがなかなか怖い)で、与兵衛はお亀の言うなりに心中しようとします。が、覚悟のない与兵衛は、お亀を手にかけることができず、散々じたばたしたあげく、二人で川にはまって、なんとお亀だけがおぼれ死んでしまいます。
 美しい雪景色の中、お互いを思う言葉を交わし、思いを遂げるように死んでいく梅川、忠兵衛。それに比べて、お亀、与兵衛の心中は滑稽でぶざまで、それが余計に悲しい…。ラスト、みじめな托鉢姿でお亀のことを思い出す与兵衛。亡霊のお亀の姿に、お亀を大切にしていたなさぬ仲の母親のことも思いだしてうるっ(涙)。お亀の石橋静河さんがかわいらしく、母親役の朝海ひかるさんもきりりとした中に情があって、とても良かったです。
 梅川役の笹本玲奈さんは、声がきれいで、寂しげな美人で、薄幸な生い立ちの梅川にぴったりでした。

 この物語、どちらのカップルも、現実に理性的に対処できない男性と、理不尽な状況に覚悟を持って向き合う女性という構図があるような気がします。いつの時代もそんなものなのかしら?


作    :秋元松代
演出   :長塚圭史

出演: 田中哲司/松田龍平、笹本玲奈/石橋静河 

    菱田俊樹、石橋亜希子、山口雅義、清水葉月、章平、青山美郷
    辻本耕志、益山寛司、延増静美、松田洋治、蔵下穂波
    藤戸野絵、福長里恩、藤野蒼生

    浅海ひかる、石倉三郎

劇場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール


 
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