2023/2『二月大歌舞伎 第三部 通し狂言 霊験亀山鉾』

文字数 1,770文字

 今回の演目「通し狂言 霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)」は、6年前に国立劇場で見て、鶴屋南北が面白いということを教えてくれた作品です。片岡仁左衛門さんの演じ治めとあっては見に行かねば!と気合の入った舞台でした。

 仁左衛門さんの悪役二役。クールな黒装束の武士の藤田水右衛門と、水右衛門にそっくりな水右衛門の一味の八郎兵衛です。水右衛門を仇と追う石井源之丞は中村芝翫さん。前回は中村錦之助さんでした。この役の印象が全く変わったのが面白かったです。源之丞は、女房がいながら仇の情報を探るために近づいた芸者おつまを孕ませ、あっさり水右衛門の罠に落ちて殺されてしまいます。これが、錦之助さんの源之丞は悲劇の人の印象で、芝翫さんだと女たらしで頼りない風。同じストーリーなのに、配役でまったく違うイメージになるのは面白いですね。

 お芝居の大詰めは、源之丞の女房と子供、源之丞の家来の袖介が仇の水右衛門を討つのですが、私には勧善懲悪で終わる約束のためのシーンでしかありません。一番の見せ場は、何と言っても「駿州中島村焼き場の場」。
 棺桶に隠れて逃亡する水右衛門と殺された源之丞の棺桶が取り違えられ、源之丞の棺桶だと思って芸者のおつまが供養し、その棺桶を火葬する隠亡(おんぼう)(遺体を荼毘に付す職業を指した)として八郎兵衛(仁左衛門)が登場します。水右衛門の一味の八郎兵衛と、水右衛門を源之丞の仇とするおつまは、雨の中(舞台上に本物の水が降る豪快さ)で争います。出刃包丁で襲い掛かる八郎兵衛、絶体絶命かと思ったら、源之丞の形見の脇差でおつまが八郎兵衛を指し、八郎兵衛は井戸に落ちて行きます。
 そこへ、おつまが働いていた廓のおかみ(実は水右衛門の一味)が、棺桶に隠れている水右衛門を心配して登場し、おつまと争い、おつまに仇の一味として討たれます。これは、実は時間稼ぎと思われます。何しろ、その直後、棺桶が割れ、中から水右衛門(仁左衛門)が登場するのです。尻っぱしょり姿の隠亡から、着物羽織はかまを黒で揃えておつにすました水右衛門への早変わりです。そして、おつまを斬って、手に掛けてきた人数を指おり数えながら高笑いをする姿で幕。
 井戸に落ちて消え、棺桶を割って登場するはなやかさ、けれんみ。冷酷で卑怯で美しいダークヒーローの最大の見せ場です。

 水右衛門が殺しまくる割には、仕官という小さな望みしか持っていないことは何だかなぁ、です。が、江戸時代は封建制のうえに鎖国しているという閉塞した世界だから、武士にとって仕官とか役につくことが何が何でもな目的になってしまっているのでしょう。
 それと、この演目二回目で気が付いたのは、気丈で高潔なのは源之丞の母親、けなげなのは芸者のおつま、成長するのは源之丞の女房と、女の役がなかなか良いんです。男の方は水右衛門に翻弄されて殺される残念な役ばかり。これも、江戸時代の現実なのか?
 鶴屋南北という戯作者は、波乱万丈の活劇の中に、いろいろな立場の人を登場させます。きっとその時の世相も組み込んでいるのでしょう。私はそこが面白いと思います。

 この演目では、実は何々、実は何々、が多すぎ、偶然も多すぎなので、後から筋書(パンフレット)のあらすじを読むとつっこみどころ満載です。つっこみどころはあっても、観ている時は、つじつまよりその場その場を楽しむのが歌舞伎です。やはり、棺桶がパーンと割れると、おぉーと拍手してしまいますよね。

 仁左衛門さんは演じ治めですが、面白い話なので、ぜひどなたかに引き継いで頂きたいです。

 

四世鶴屋南北 作
片岡仁左衛門 監修

 藤田水右衛門/隠亡の八郎兵衛 仁左衛門
          芸者おつま 雀右衛門
   石井源之丞/石井下部袖介 芝翫
        源之丞女房お松 孝太郎
           石井兵介 坂東亀蔵
          若党轟金六 歌昇
           大岸主税 千之助
          石井源次郎 種太郎
       石井家乳母おなみ 歌女之丞
         縮商人才兵衛 松之助
         丹波屋おりき 吉弥
           藤田卜庵 錦吾
            仏作介 市蔵 
     大岸頼母/掛塚官兵衛 鴈治郎
            貞林尼  東蔵        


 
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