3章09話 悪因悪果

文字数 2,697文字

 私たちのいる世界は地獄だ。
 地獄だから多種多様な国籍の人がいた。
 意思疎通が取れたのも心むき出しの魂だからか。

 元々地獄とは生前の悪行を裁く場所だと聞く。
 死んでも死に切ることはなく、苦しむんだって。
 業火に焼き尽くされようと、死にきれず生き返る。
 
「正しく今の状況じゃないの……」

 生き返りの謎も彼らの目的もぴたりと合わさる。
 私たちに潰し合わせたのも人手不足が理由だったりして。

 なんで気づかなかったのだろう、それとも気づけなかったか。
 人が夢の最中に『これが夢である』と自覚できないように。

 されど、リリクランジュは勘づいていたのかもしれない。
 だから私たちを出そうとせず、『償え』と訴え続けた。
 地獄に落ちるような人間を外には出せないだろう。
 
 四六時中、祈りを捧げて神に赦しを乞うていた。
 宗教下で育った信仰深い彼女らしいことである。

 第一、私がこの世界に降りた時は空を舞っていた。
 その時点で気づくべきだった、()()()()()()()()()と。

 私は無気力に四肢を放り投げ、空を仰ぎ見た。
 手のひらをかざすも、自然と握りこぶしになる。

「届きそうなのにね」

 夢心地に呟いた息が宙を彷徨う。
 行き場のない感情が離散していく。

「もう出来ることなんてないわ」

 噛みしめるように、何度も何度も復唱する。
 ある意味で良かった、私一人で良かった。
 清々しい気分だ、間違えたというのに。
 
 もし皆で来ていたら、丸ごと全滅していただろう。
 約束は守れなかったけど、こればっかしは打つ手なし。

 私は考えることを諦め、素直に脱力した。
 瞼を下ろすけど、暗闇に父の顔が浮かぶ。

『アーベル家は代々ノーベル賞を受賞してきた誇りある一族だ』
 
 何もかもが尽きたんだ、今更何ができるっての。
 片道で二週間もかかったし、戻るに戻れない。
 このまま朽ち果てるのを待つしかできない。

「あれ……」

 涙がでた。左目から絶えず涙が溢れ落ちる。
 高ぶる感情は否応なく、悔しさを自覚させた。
 
「そう、か」

 目を開き、うつ伏せのままに空を見る。
 眼鏡なしに裸眼で見上げたのは久しぶりだ。
 流れゆく雲を眺めているうちに、ふと思い立つ。

「あった」

 全て失ったわけではない、私には”()”があった。
 ひたすら回避してきたから62は残っている。
 62回は死ねる、しかも死亡直前の状態でだ。
 
 煩雑に散らばっていた回路が一本の戦に結ばれる。
 首の皮は辛うじてまだ、細長く繋がっていたのだ。
 
 命が時間に還元できるなら、やりようはある。
 立ち止まって腐る理由には決してなり得ない。

 いつまでも後悔をするな、イリス・アーベル。
 取り戻せ。生きている限り、挽回の余地はある。

「考えろ、考えろ、何ができうるかを考えろ」

 私は操舵室に駆け込み、船を方向転換させる。
 前のめりになったまま、皆の元へと引き返した。

※ ※ ※
 
 この世界は地獄である。
 ――これは今、()()()()辿()()()()()()()()()()()()()
 
 ゲームとやらが始まった時、何としてでも生き残りたいと願った。
 その反面で殺したくないとも悩んだ、知能で解決してこそアーベル家よ。

「脳をフルスロットルで回せ」

 足りない足りないと考えるな、足りるための方法を考えろ。
 喉が渇くなんて考えるな、渇かせない方法を考えろ。
 出られやしないと考えるな、道を模索して考えろ。

 ここが地の底でも関係ない、食らいついてでも生き返れ。
 惨たらしく亡くなっても、天にツバを吐きながら蘇れ。

 居ても立っても居られず、船尾で手のひらで海を漕いだ。
 脳が渇きを訴え、舌が垂れる度に、『誉れあれ』と戒めた。

 アメリアやソラくんの顔が過ぎる。
 おちょくってくれた運営に腹が立つ。

 何も残せず消えてたまるかっての。
 絶対に、何が何でも一矢報いる。
 
「はぁ……はぁ」
  
 刻一刻と意識が薄れる、どうやら限界みたい。
 何やら遠くで聞き覚えのある声がしている。

 消えゆく耳では捉えることができない。
 私は知らず知らずのうち、意識を失った。

『確認しました。残り5名――』

※ ※ ※

 ――53

「それでは第十回脱出同盟会議を始めるわ。題材はこの地獄からの脱出方法についてよ。ソラくん、あなたの父はパイロットなんだってね、アメリアが言ってたわよ。私たちを希望の空に連れて行ってくれないかしら。あなたに託したいの」

 彼が遠慮がちな面持ちを浮かべる。
 首を縦にした途端、場面が変わった。
 ひとりでに口が勝手に言葉を紡ぎだす。

「ふふ、許してくれるの。愚かな私を信じてくれるの。本当に優しいわね、惚れてしまいそうだわ」

 そんな冗談を吐くと、アメリアが変な声を出した。
 私は心の底から爆笑して、冗談だと安心させてやる。

 ――46

 自分がこんなにも生にしがみつくなんて思わなかった。
 寂しがり、彼らを求めていたなど自覚がなかった。

 無意識のうちに、渇いた喉が彼らの名を発していく。
 会いたい、笑い合いたい。頭がおかしくなりそうだ。
 彼らに想いを馳せながら、いつしか眠りについた。
 
 ――33

「あぁ、ごめんなさい。少し考え事をしていたの」

 誰かに呼びかけられ、薄目が開く。
 皆が私の言葉を……待っている。
 まだ死ねない、生きねばならない。
 
「それじゃ第十五回脱出同盟会議を始めるわ。題材はどうしましょうか。アメリアがソラくんを好きになった理由でも――おぉぉぉ、怖い怖い。冗談よ」

 ――18

 渇く渇く渇く渇く。意識が保てない。
 親指を何度も噛んで、気を紛らわせる。
 死に至るまでのペースが明らかに上がった。

 多くは望まない。彼らに会いたい、会わせてほしいの。
 ひと声かけるだけでいい。それで十分、本当に十分だから。

「はぁ、はぁ……」
 
 あれ、何だ水があるじゃないの。
 視界を覆い尽くすほどに青々しい水がある。
 そう船から身を乗りだし、それを口に含んだ。

 ――10
 
 だめ、つかれた、げんかい。
 限界を何十周もして空っぽよ。
 生死の境目を歩いている気分だ。

「アメリア、ソラくん、先に――」

 開きかけた口がぴたりと合わさる。
 縫い付けられたかのように閉口した。
 
 あの二人が死ぬ?

「ふざけるな」

 愚鈍な私を頼り、信頼してくれた彼らが消える。
 何事にも変えられず、存在ごと無かったことになる。

「ふざけるな!」

 生きて欲しい、生きていて欲しい。
 地獄の底になんか落ちて欲しくない。
 
 土砂降りのように皆の顔が蘇ってくる。
 呆れ顔、笑顔、楽しそうな顔、顔、顔――。

「殺させて、たまるかぁぁぁぁ!!」

 渇ききった喉から、獣のような咆哮が出る。
 からからに渇いた涙とともに、私は船を漕いだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み