1章13話 命ある限り

文字数 2,269文字

 テンの唯一と言ってもいい弱点は命の少なさだった。
 俺が90以上あるのに対し、9しか持っていない。

 保有数は十倍あっても、戦力差が顕著にある状態だ。
 そこでSTОCKだ、27つけて早速2つ減った。
 
 STОCK中は致命傷でも数が尽きるまで死なない。
 つまりあと25回分は――()()()()()()()のだ。

「ハハハハハハ!」

 狂喜乱舞するテンからのめった刺し。
 刀が入っては引き抜かれ、血しぶきがでる。
 俺はそれを受け入れつつ、考えを巡らせた。

 ここからの計画、次に向かう場所が浮かんでは消える。
 代わりに今まで過ごした日々ばかりが脳を占めていった。

 最後のフライトと始まったデスゲーム、いきなり仕掛けてきたテン、声をかけてくれたイリスとアメリア、一緒にふざけあった鳩ぽっぽやOG。

 たった数日の出来事なのに、いつしか皆の顔だらけだ。
 そんな中、ある一言が俺の中で反響して視界を晴らした。

『――準備できた?』

 なぜ今その台詞が顕現したのか、自分でもわからない。
 俺の中で小さな俺が母さんを追い抜かし、手を振っている。

『できた! 早く早く、置いてっちゃうよ!』

 背負い込んだリュックは荷物でいっぱいだ。期待感が表れている。
 父さんが操縦する飛行機にて、初めて旅行をする日だっけか。

『そうね、急ぎましょうか』

 母さんは足が悪く、ちょっとだけ歩くのが遅い。
 俺が手を繋ぎ、歩幅を合わしてやる必要があった。

 中には小学生にもなって恥ずかしいと馬鹿にする人がいる。
 だけど俺はそう思わない、むしろ誇らしいとさえ感じる。

 父さんから言われているんだ、自分がいない間はお前が母さんを守れと。
 俺の名はどれだけ離れても、空で繋がっていることを示しているのだから。
 
 ――時が矢のように流れ去り、一本の線で結ばれていく。
 薄明時、橙色と黒の色まじる世界で俺は口を開いた。

「お前のそれは本当に大事な人のためか」

 効いた。テンの耳がぴくっと上向きにあがる。

「違うだろ」
 
 まるで鏡合わせにでもなった気分だ。
 テンの身体を通して、フライトする自分が見える。

「自分の自殺に他人を使うな」

「――ッ」

 弾かれたようにテンが動き、刀を振りかぶる。
 俺は彼にぶつかり、そのまま弾き飛ばした。

 何を勝手に呆けて休んでんだ、決めたはずだろ。
 迷わない、逃げない、立ち向かい続けるんだ。

 そうして地を這うように、山道を登りきる。
 目的地は近い、泣いても笑っても決着の時だ。
 
※ ※ ※

 天辺にまでつくと、心地のいい風が吹いた。
 日も沈んだ夜の森は身震いするぐらいに寒い。

 嫌悪感なんてものはなく、清々しい気分だ。
 切り傷に染みる痛みさえ、生きてるって感じ。

 俺は急な下り坂を背に、眼下のテンと目を合わした。 
 立ち所に背筋から冷たい汗が流れ、小刻みに震えだす。

 二回目といえど慣れないものだ、テンの開眼には。
 黒く濁った瞳に充血した白目、横一線に入った傷跡。
 ふっと、ある瞬間にテンが身を低くして白息を上げた。

「――推して参る」

 今までとは段違いの速度で、まっしぐらに突き進む。 
 俺は腰を落として迎えうち、深呼吸を繰り返した。

 テンの攻撃は”突き”が基本。
 巧みにフェイントを駆使しながら突撃をする。

 それに翻弄される間に、度重なる攻撃で絶命するわけだ。
 なら、どっしり構えればいい。どうせ狙いは急所なんだから。
 
 実際、次瞬きした時にはテンの姿が消えていた。
 関係ない、すぐさま右手で首を左手で胸を守った。

 ――ズッ

 僅か数秒後のことだった。深々と右腕に刀が入り込む。
 目の前にはテンがいて、醜悪な笑みを浮かべていた。
 腰を落とし、突き破らんとばかりに力を入れている。

「武士道、ってやつか?」

 俺はそれを押し返しながら、テンに問いかけた。
 額が合わさるほどに顔を近づけ、腕の可動域を広げる。

「お前、奇襲ばかりだけど後ろから攻撃しようとはしないもんな」

 一瞬の隙、空いた左を伸ばして柄にかける。
 必死に握りしめ、爪ごと食い込ませた。

 それから後ろ向きにジャンプする。
 テンがつんのめり、道連れの形になった。

「離すなよ!」
 
 念押すように、ありったけの声量で叫ぶ。 
 とはいえこれは確信だ、テンは刀を離さない。
 執着心を増すためにも一度、奪ってみせたのだ。

 ――何度でもいう、絶対に離さない。

()()()()()()

 その時、丸出しの背中が斜面に触れる。
 勢いは止まらず、一回転が二回転になった。

 視界が目まぐるしく変わり、揉みくちゃになる。
 それでも手だけは離さずに、転がり落ちていった。

※ ※ ※
 
 半ば意識を失いかけた頃、唐突に投げだされた。
 ぐるぐる回っていた三半規管が平たく落ちつく。

 ――STOCK 6

 戒めるように浮かぶそれを払い、二足で立つ。
 テンも頭を抑えながら、のろのろ起き上がった。
 辿り着いた、海崖だ。今この時こそ勝負の時である。
  
 蛇口を捻ったかのような力が湧きでる。
 地面を蹴り上げ、テンの懐に飛び込んだ。
 胸ぐらを掴み、片方の手で殴りつける。

「ガハッ……!」

 苦しみに喘ぐ声が聞こえるが、まだ足りない。
 握りこぶしを作ったまま、心臓部を圧迫した。
  
 テンは反撃しかけたが、足先が震えて崩れ落ちる。
 そのまま崖先に追いやって、藍色の海を見下ろした。

「落ちるために飛ぶのは初めてだな」

 テンを抱きとめながら、他愛ないことを振り返る。
 腕の中で抵抗されようとも、地を蹴って身を投げた。

 重力の消えた身体は海底に吸い込まれる。
 俺は水しぶきを皮切りに、小さく苦笑した。
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