2章14話 愛ゆえに【善】
文字数 2,930文字
「どうして、リリばっかりこんな目に」
痛い、身体が動かない。落雷のせいで焦げ臭い匂いがする。
生まれてからずっとそう、傷ついたかさぶたが一生治らない。
感情が高ぶり、溢れでた涙は降りつく雨に流された。
リリには自身を慰めることさえ許されないというのか。
「坊や……」
渇ききった声で呟きながら地に伏せて嗚咽する。
そのまま花畑の中に溶けてしまうことを願って――。
※ ※ ※
「こいつです、教祖様。この女です」
その日、雲ひとつないよく晴れた日。
ゴミ捨て場で丸くなるリリの前に男が現れた。
一人は痩せこけた若い男性、もう一人はでっぷりとした初老の男性。
老の人は足を引きずりながら近づき、乱暴な手つきでリリを撫でた。
「私についてきなさい、可愛いお嬢さん。今日からは私がパパだ」
つれていかれた場所は町外れの教会だった。
有名なのかどうか知らないけど、規模は大きい。
祭壇を取り囲むような長机に、窓はステンドガラス。
全体的に白を基調としているから夜でも明るく感じる。
人はよく来ていた、多種多様な人たちだ。
小さい子からお爺ちゃんお婆ちゃんまで、男女問わずに色々。
リリを拾った初老な男性は神父らしく、熱狂的に慕われていた。
「「「フォォォォォォォ!」」」
常軌を逸していたともいえる。
思わず身振りするくらいに怖い。
遠目に見るだけで済ましたかったのに、ある時注目を浴びた。
一斉に振り返って、出入り口に立つリリの姿を眺めている。
彼らの間を割って入り、初老の男性こと神父が現れた。
リリの手を掴み、上に掲げながらよく通る声を発する。
「皆の者、この子は私の子です。只今より、私だと思って崇めなさい」
囁くような声量でも滑舌がいいのか聞き取りやすい。
何気なく見上げると、『パパ』を名乗る神父と目が合った。
彼がにっこりと醜悪に微笑み、リリの頭に手を乗せる。
その時点で逃げ出すべきだったのに、何もかもが遅い。
のんきなリリは久方ぶりの愛情を受け、目を細めていた。
※ ※ ※
地獄の日々が始まった。
喉が枯れるほどに叫んでいる。
「痛い! やめてやめて!!」
信者の人たちにこれでもかってほど四肢を引っ張られた。
地面にうつ伏せにされ、身体中を圧迫されたりもしている。
「神様を生み出すためだです、耐えてください」
嫌な顔、苦しい声をあげる度にパパはそう言った。
意味がわからず、理解もできなかったけど断れなかった。
ずるずるずるずると結局なんでも受け入れた。
苦いお薬、何本もの注射、身体中の機械などなど。
おかげで常に全身が痛く、猫背気味になった。
寝ている間だけは忘れられたから眠ってばかりいる。
一つ、良くも悪くも元々高かった身長は更に伸びていった。
※ ※ ※
ある日、パパから教会内の奥にある部屋へ連れられた。
吹き抜けの広い部屋だ。天井は首が痛くなるぐらいに高い。
中央には天井に頭がつくほどの巨大な石像があった。
お坊さんをモデルにしているらしく、座禅を組んでいる。
「わぁ……」
正直、圧巻された。
ゾウさんでいうと縦に三頭分かもしれない。
隣でパパが引き笑いをして、リリに目を向ける。
「どうです、素晴らしいと思いませんか。私たち人間は世界の支配者を気取っていますが、ちっぽけな存在なのです。武器を持たねば大型生物にも敵わず、何年経っても自然災害を克服できない。それも全て私たちが”小さいから”です。人類がいつまでも繁栄し続けるには、この小ささを克服する必要があります。リリ、めげないでください。今は辛く苦しい日々でも、そう遠くない日に全てを得るでしょう。あなたにはそれだけの才能があるのですから」
パパの熱弁とは対称的にリリの心は冷えていた。
興味ないし、限界だったんだ。身長もそこで止まった。
みんなは敵だ、リリの背を伸ばすことにしか頭にない。
ただ一人だけ味方はいた――パパの実の息子さんだ。
彼はいつでもリリを応援してくれた、話を聞いてくれた。
それは秘めていた想いを訴えかけた時でも変わらなかった。
「お願い、外に出たいの」
※ ※ ※
外の世界は前と同じほど無関心でないけど、優しくもない。
通行人たちはリリを遠巻きにして、ひそひそと内緒話をした。
不躾な視線が四方八方から向けられ、シャッター音がつづく。
「すごーい」
「化け物女だ」
一体どこに向かおうとしていたのだろう。
なぜ外に出たいなんて願ってしまったのか。
いらない子だからすぐに捨てられたというのに。
「でっけー」
ふと、子供たちに囲まれていることに気づいた。
口々に歓喜の声を上げては小石を投げてくる。
「やっつけろー」
……なにが神様。
ただの嫌われ者じゃないか。
石が身体に当たるほど頭に血がのぼる。
暴れてやりたくなったが、身を縮めてやり過ごす。
「どうか放っておいてください、リリはただの石なんです」
そう涙ながらに呟いた瞬間、雷鳴のような大声に一喝された。
「やめろ!」
真っ黒な世界に色が戻る。
自然と上げていた顔には彼が映っていた。
彼が子供を払い除け、リリの髪を撫でてくれる。
「泣くな、俺がついている。連中の言うことなんて気にするな。俺がいつでも味方になる。化物だなんて思わない、君は魅力的な女の子だ」
やっぱり、リリの味方は彼だけだった。
彼と一緒ならどんな道でも乗り越えられる。
それは自分の居場所が教会であると悟った出来事だった。
※ ※ ※
リリは変わった。
変な手術も進んで受け、お腹いっぱいにご飯を食べる。
積極的になったリリをみて、パパも満足そうだった。
日を追うごとに痛みが増え、地から遠ざかっても怖くない。
自分が必要とされている限り、無敵だ。
いくらでも我慢できたけど、彼は嫌だったらしい。
「リリ、話があるんだ」
雨が強く降っていた夜の日だったと思う。
彼がリリの部屋に訪れ、真剣な顔で言った。
「逃げだそう、一緒に。これ以上君が傷つく姿は見たくない」
彼の語らいに呆けた頭が今までに出会った人々を浮かべる。
なにせここで暮らし始めてから十五年が経っている。
嫌な思い出ばかりでも居場所だ。今更立ち去ることなんて出来ない。
そう思っていたのに、続けざまの彼の台詞に意識が切り替わった。
「結婚しよう、リリ。君は幸せになるべくして生まれた人間なんだ」
「え……」
結婚。
惚けた顔で心ひそかに今一度だけ呟く。
リリくらいの年齢なら、結婚していてもおかしくはない。
どうせ無理だと諦めていた、リリは普通じゃないから。
「結婚、できるの? リリなんかが本当に」
唇はわなわなと震え、顔に熱が集まるのを感じる。
血の繋がった家族、子供、平和な日々。
想像するだけで涙が止まらず、胸はいっぱいになる。
「本当に現実? 夢じゃないの?」
ゆっくりと目を閉じ、また開く。
正面には常にリリの味方でいてくれた彼がいる。
見るからに緊張していて、眉毛が少し下がっている。
リリは緩んだ口元を隠すように顔を背け、頷き返した。
「――はい」
大好きな彼とともに、夜道を突き進む。
今までずっと嫌なことばかりだ、死にたくなった時も多い。
きっと、リリはこの日の為だけに生まれてきたと確信していた。
痛い、身体が動かない。落雷のせいで焦げ臭い匂いがする。
生まれてからずっとそう、傷ついたかさぶたが一生治らない。
感情が高ぶり、溢れでた涙は降りつく雨に流された。
リリには自身を慰めることさえ許されないというのか。
「坊や……」
渇ききった声で呟きながら地に伏せて嗚咽する。
そのまま花畑の中に溶けてしまうことを願って――。
※ ※ ※
「こいつです、教祖様。この女です」
その日、雲ひとつないよく晴れた日。
ゴミ捨て場で丸くなるリリの前に男が現れた。
一人は痩せこけた若い男性、もう一人はでっぷりとした初老の男性。
老の人は足を引きずりながら近づき、乱暴な手つきでリリを撫でた。
「私についてきなさい、可愛いお嬢さん。今日からは私がパパだ」
つれていかれた場所は町外れの教会だった。
有名なのかどうか知らないけど、規模は大きい。
祭壇を取り囲むような長机に、窓はステンドガラス。
全体的に白を基調としているから夜でも明るく感じる。
人はよく来ていた、多種多様な人たちだ。
小さい子からお爺ちゃんお婆ちゃんまで、男女問わずに色々。
リリを拾った初老な男性は神父らしく、熱狂的に慕われていた。
「「「フォォォォォォォ!」」」
常軌を逸していたともいえる。
思わず身振りするくらいに怖い。
遠目に見るだけで済ましたかったのに、ある時注目を浴びた。
一斉に振り返って、出入り口に立つリリの姿を眺めている。
彼らの間を割って入り、初老の男性こと神父が現れた。
リリの手を掴み、上に掲げながらよく通る声を発する。
「皆の者、この子は私の子です。只今より、私だと思って崇めなさい」
囁くような声量でも滑舌がいいのか聞き取りやすい。
何気なく見上げると、『パパ』を名乗る神父と目が合った。
彼がにっこりと醜悪に微笑み、リリの頭に手を乗せる。
その時点で逃げ出すべきだったのに、何もかもが遅い。
のんきなリリは久方ぶりの愛情を受け、目を細めていた。
※ ※ ※
地獄の日々が始まった。
喉が枯れるほどに叫んでいる。
「痛い! やめてやめて!!」
信者の人たちにこれでもかってほど四肢を引っ張られた。
地面にうつ伏せにされ、身体中を圧迫されたりもしている。
「神様を生み出すためだです、耐えてください」
嫌な顔、苦しい声をあげる度にパパはそう言った。
意味がわからず、理解もできなかったけど断れなかった。
ずるずるずるずると結局なんでも受け入れた。
苦いお薬、何本もの注射、身体中の機械などなど。
おかげで常に全身が痛く、猫背気味になった。
寝ている間だけは忘れられたから眠ってばかりいる。
一つ、良くも悪くも元々高かった身長は更に伸びていった。
※ ※ ※
ある日、パパから教会内の奥にある部屋へ連れられた。
吹き抜けの広い部屋だ。天井は首が痛くなるぐらいに高い。
中央には天井に頭がつくほどの巨大な石像があった。
お坊さんをモデルにしているらしく、座禅を組んでいる。
「わぁ……」
正直、圧巻された。
ゾウさんでいうと縦に三頭分かもしれない。
隣でパパが引き笑いをして、リリに目を向ける。
「どうです、素晴らしいと思いませんか。私たち人間は世界の支配者を気取っていますが、ちっぽけな存在なのです。武器を持たねば大型生物にも敵わず、何年経っても自然災害を克服できない。それも全て私たちが”小さいから”です。人類がいつまでも繁栄し続けるには、この小ささを克服する必要があります。リリ、めげないでください。今は辛く苦しい日々でも、そう遠くない日に全てを得るでしょう。あなたにはそれだけの才能があるのですから」
パパの熱弁とは対称的にリリの心は冷えていた。
興味ないし、限界だったんだ。身長もそこで止まった。
みんなは敵だ、リリの背を伸ばすことにしか頭にない。
ただ一人だけ味方はいた――パパの実の息子さんだ。
彼はいつでもリリを応援してくれた、話を聞いてくれた。
それは秘めていた想いを訴えかけた時でも変わらなかった。
「お願い、外に出たいの」
※ ※ ※
外の世界は前と同じほど無関心でないけど、優しくもない。
通行人たちはリリを遠巻きにして、ひそひそと内緒話をした。
不躾な視線が四方八方から向けられ、シャッター音がつづく。
「すごーい」
「化け物女だ」
一体どこに向かおうとしていたのだろう。
なぜ外に出たいなんて願ってしまったのか。
いらない子だからすぐに捨てられたというのに。
「でっけー」
ふと、子供たちに囲まれていることに気づいた。
口々に歓喜の声を上げては小石を投げてくる。
「やっつけろー」
……なにが神様。
ただの嫌われ者じゃないか。
石が身体に当たるほど頭に血がのぼる。
暴れてやりたくなったが、身を縮めてやり過ごす。
「どうか放っておいてください、リリはただの石なんです」
そう涙ながらに呟いた瞬間、雷鳴のような大声に一喝された。
「やめろ!」
真っ黒な世界に色が戻る。
自然と上げていた顔には彼が映っていた。
彼が子供を払い除け、リリの髪を撫でてくれる。
「泣くな、俺がついている。連中の言うことなんて気にするな。俺がいつでも味方になる。化物だなんて思わない、君は魅力的な女の子だ」
やっぱり、リリの味方は彼だけだった。
彼と一緒ならどんな道でも乗り越えられる。
それは自分の居場所が教会であると悟った出来事だった。
※ ※ ※
リリは変わった。
変な手術も進んで受け、お腹いっぱいにご飯を食べる。
積極的になったリリをみて、パパも満足そうだった。
日を追うごとに痛みが増え、地から遠ざかっても怖くない。
自分が必要とされている限り、無敵だ。
いくらでも我慢できたけど、彼は嫌だったらしい。
「リリ、話があるんだ」
雨が強く降っていた夜の日だったと思う。
彼がリリの部屋に訪れ、真剣な顔で言った。
「逃げだそう、一緒に。これ以上君が傷つく姿は見たくない」
彼の語らいに呆けた頭が今までに出会った人々を浮かべる。
なにせここで暮らし始めてから十五年が経っている。
嫌な思い出ばかりでも居場所だ。今更立ち去ることなんて出来ない。
そう思っていたのに、続けざまの彼の台詞に意識が切り替わった。
「結婚しよう、リリ。君は幸せになるべくして生まれた人間なんだ」
「え……」
結婚。
惚けた顔で心ひそかに今一度だけ呟く。
リリくらいの年齢なら、結婚していてもおかしくはない。
どうせ無理だと諦めていた、リリは普通じゃないから。
「結婚、できるの? リリなんかが本当に」
唇はわなわなと震え、顔に熱が集まるのを感じる。
血の繋がった家族、子供、平和な日々。
想像するだけで涙が止まらず、胸はいっぱいになる。
「本当に現実? 夢じゃないの?」
ゆっくりと目を閉じ、また開く。
正面には常にリリの味方でいてくれた彼がいる。
見るからに緊張していて、眉毛が少し下がっている。
リリは緩んだ口元を隠すように顔を背け、頷き返した。
「――はい」
大好きな彼とともに、夜道を突き進む。
今までずっと嫌なことばかりだ、死にたくなった時も多い。
きっと、リリはこの日の為だけに生まれてきたと確信していた。