2章01話 多重螺旋
文字数 3,021文字
テンとの死闘から三日が経過した。
昼下がりの海崖にて、一心に日差しを受ける。
濡れた身体はまだ乾かない、水滴が点々としている。
ダメ元とはいえ、脱出に失敗したところだ。
筏を作って出航しては、水没しちゃって即解散。
適当にふらついていたら、自然とここに行き着いた。
何かしら報告がある時は足を運ぶようにしている。
――テンの墓場に。
遺体は海底に消えた、浮かんできたわけでもない。
単に砂山を作り、木の板を立てて名前を彫っただけ。
決断に後悔も未練もないけど、忘れたくはなかった。
そう墓石を見下ろした矢先、背後から足音がした。
「やぁ、殊勝な心がけだね」
OGだ、帽子に指をかけながら立っている。
俺は視線を戻して、小さく被りを振った。
「別に、そんなんじゃないよ」
OGは俺の隣に腰かけ、手元に目をやった。
どうやらテンの刀が気になっているらしい。
挙げ句、人差し指で指しながら声を弾ませる。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「いいけど……」
「悪いね」
俺が差し出せば、悪びれた様子もなくOGが受け取る。
鞘を外して、むき出しの刀身を上下左右に眺め回した。
「う~ん、いい刀だね」
「へぇ、詳しいんだ」
なかなか様になっているようで、つい感嘆する。
OGは上機嫌に口笛を吹いたまま、刀身を鞘に戻した。
俺の方に返しながら、気の抜けるような笑顔を向けてくる。
「ううん、詳しくないよ。ノリでそれっぽいことを言ってみたんだ」
ずっこけそうになった。OGはいつも平気で冗談ばかりいう。
非難の視線を送ってやるも、「でもね」と前置きをされた。
「ナマクラでないことはわかるよ。銘の字が打ち込まれているしね。きっといい流派だったんだろうよ。そのプライドと自信が凶行に走らせたのかな。本当、よく止められたよソラくんは。君がいくつもの命を救ったんだ。誇るといい、それがテンくんへの手向けにもなる」
いつものおちゃらけた口調でなく、諭すような口ぶりだ。
背中を手で軽く押され、背筋が伸びる。なんだか照れくさい。
控えめながらも胸を張った俺に、OGが満足げに目を細めた。
「で、君は刀を扱えるのかい?」
「あ」
忘れていた。そうだ、その問題があったのだ。
無論使えない、このままでは宝の持ち腐れになる。
心当たりの視線がOGに向かい、彼が頭を掻いた。
「墓穴を掘ったかな」
「頼む、教えてくれ!」
すかさず両手を合わせ、すり寄りに走る。
目を閉じて様子を伺うも、あっさり折られた。
「いいよ、教えてしんぜよう。警察仕込みのもので良ければだけどね」
「え? 警察?」
「そうだよ、言ってなかったっけ」
聞いてないし、イメージできない。
そもそも前は料理人と言ってなかったっけか。
疑問をそう口にしかけるが、OGに席を立たれた。
かかってこいと言わんばかりに半笑いで手を仰いでいる。
「ほら、構えなよ。早速やろう」
※ ※ ※
「おれっ! 何ボケッとしてんだ、腕が上がってねえよ!!」
「ひん……」
ばんっと音がなるほどに、ケツを蹴られる。
膝から崩れ落ちそうになるが、素振りは止めない。
怖い、怖いよOG。特訓が始まるや、豹変してしまった。
しかも初っ端から素振り三百回と、かなりのスパルタ。
百回を超えたあたりで限界を迎え、腕が痺れている。
何とか回数分まで振り終えても、すぐさま次の特訓だ。
「ほら、もっと手首手首! 鈍っているよ!」
OGが投げつける石を次々に刀身で弾いていく。
足ばかり鍛えてきたから、上手く手首が回らない。
半数以上は空振りをして、肩や腹に当たってしまう。
「はぁはぁ……しぬ」
「大丈夫大丈夫、人間思っているより頑丈だから。弱音いってる暇あれば動く動く!」
終わればすぐさま、すり足の練習だ。
叱責されながら必死に両足を擦らせる。
そんな我流まみれの指導が夕暮れまで続いた――。
※ ※ ※
夜、月明かりを頼りにエリアAに移動する。
作戦会議と称され、招集がかかった形だ。
道中イリスは口数が多く、延々と話していた。
最近ちょっと痩せたとか爪切りがなくて困るとか。
アメリアは興味なさそうに無言だから、俺が返答役だ。
といっても適当な相づちだけで、彼女は構わず喋る。
舌の根も乾いた頃、ようやくツリーハウス跡地についた。
広場のように道が開け、一面に木くずが転がっている。
それを足先で払い腰つけると、イリスが切りだした。
「それでは、第二回脱出同盟会議を始めましょうか。今回の議題は船についてよ。今朝方に検証した通り、やっぱり生半可な筏じゃ駄目ね。エリアDの船を使わないと……」
独り言のように早口で語り、自身の白衣を漁る。
紙のようなものを出し、見えるようにシワを広げた。
「もう少し信頼できたら、ソラくんにも見せるつもりだったわ。なのにアメリアが口を滑らしちゃうなんてね。最初は『顔合わせたくない』って嫌がってたのに、随分と信用したじゃないの」
イリスの言葉を受けながら、すぐに地図だとピンときた。
それぞれの島の地形と周辺物まで細かく描いてある。
中でも北西の島にある船のマークには目を引いた。
左向きに矢印が引かれ、『Escape』とある。
俺はそこを指差しして、イリスに問いかけた。
「これ、本当なのかな」
「さーね、何とも言えないわ。事実かなり嘘くさいけど、確認した限りで地図は本物よ。一部の狂いもなく、正確だったわ。なら、試すしかないでしょ。北西の島――エリアDには船があり、脱出に繋がっている。リリクランジュの縄張りに行かないといけないってところが悩みのタネだけどね」
「リリクランジュ……」
今日初めて、アメリアが喋った。
鼻上にまでマフラーを埋め、ぶるりと震えている。
俺は出されたその名を吟味し、イリスに聞き返した。
「誰? 女性?」
「えぇ、とびきりの女性よ。きっと目を見張るでしょうね」
なんだそれ、凄い美女ってことなのかな。
発言の意図がわからず、はてなマークが浮かぶ。
「ま、見てからのお楽しみね」
イリスはあいからわず肝心なことを言おうとしない。
立ち上がり、白衣の汚れを払って腰に手をやった。
「二手に別れましょう。ソラくんはエリアDに行くのが初めてだろうから、アメリアと向かってちょうだい。私は”ロード・リンクス”を探しながらエリアDに向かうわ。現地で合流ね」
「ロード・リンクス?」
また知らない名前が出てきた。
反復した俺に、イリスが解をくれる。
「九人の中の一人よ。彼だけが行方知らずになっているの。名前と少年のような見た目、緘黙 である噂が一人歩きしているわ。彼は彼で何か知っているかもしれないからね、話して味方にしたいのよ」
そこで一呼吸を置いて、目を合わしてくる。
顔つきから口調まで真剣そのままに言った。
「ソラくん、あまり無茶はしないでね。テンの時みたいに突っ走らないで、大 人 に 任 せ な い 。今回はあくまで偵察よ、戦ったりする必要はないからね」
勢いに押され、思わず無意識にうなずく。
いい子ね、と薄く微笑んでイリスが視線を変えた。
隣で眠たげにしているアメリアの頭をぽんぽん叩いた。
「あなたもね、自分で思っている以上に引き金が軽いから気をつけなさい」
「うん」
「よろしい」
簡潔なアメリアの返答を以って、お開きとなる。
明日から忙しくなりそうだ、疲労で瞼が下りてくる。
毛布に包まり、木に寄りかかりながら一日を終えた。
昼下がりの海崖にて、一心に日差しを受ける。
濡れた身体はまだ乾かない、水滴が点々としている。
ダメ元とはいえ、脱出に失敗したところだ。
筏を作って出航しては、水没しちゃって即解散。
適当にふらついていたら、自然とここに行き着いた。
何かしら報告がある時は足を運ぶようにしている。
――テンの墓場に。
遺体は海底に消えた、浮かんできたわけでもない。
単に砂山を作り、木の板を立てて名前を彫っただけ。
決断に後悔も未練もないけど、忘れたくはなかった。
そう墓石を見下ろした矢先、背後から足音がした。
「やぁ、殊勝な心がけだね」
OGだ、帽子に指をかけながら立っている。
俺は視線を戻して、小さく被りを振った。
「別に、そんなんじゃないよ」
OGは俺の隣に腰かけ、手元に目をやった。
どうやらテンの刀が気になっているらしい。
挙げ句、人差し指で指しながら声を弾ませる。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「いいけど……」
「悪いね」
俺が差し出せば、悪びれた様子もなくOGが受け取る。
鞘を外して、むき出しの刀身を上下左右に眺め回した。
「う~ん、いい刀だね」
「へぇ、詳しいんだ」
なかなか様になっているようで、つい感嘆する。
OGは上機嫌に口笛を吹いたまま、刀身を鞘に戻した。
俺の方に返しながら、気の抜けるような笑顔を向けてくる。
「ううん、詳しくないよ。ノリでそれっぽいことを言ってみたんだ」
ずっこけそうになった。OGはいつも平気で冗談ばかりいう。
非難の視線を送ってやるも、「でもね」と前置きをされた。
「ナマクラでないことはわかるよ。銘の字が打ち込まれているしね。きっといい流派だったんだろうよ。そのプライドと自信が凶行に走らせたのかな。本当、よく止められたよソラくんは。君がいくつもの命を救ったんだ。誇るといい、それがテンくんへの手向けにもなる」
いつものおちゃらけた口調でなく、諭すような口ぶりだ。
背中を手で軽く押され、背筋が伸びる。なんだか照れくさい。
控えめながらも胸を張った俺に、OGが満足げに目を細めた。
「で、君は刀を扱えるのかい?」
「あ」
忘れていた。そうだ、その問題があったのだ。
無論使えない、このままでは宝の持ち腐れになる。
心当たりの視線がOGに向かい、彼が頭を掻いた。
「墓穴を掘ったかな」
「頼む、教えてくれ!」
すかさず両手を合わせ、すり寄りに走る。
目を閉じて様子を伺うも、あっさり折られた。
「いいよ、教えてしんぜよう。警察仕込みのもので良ければだけどね」
「え? 警察?」
「そうだよ、言ってなかったっけ」
聞いてないし、イメージできない。
そもそも前は料理人と言ってなかったっけか。
疑問をそう口にしかけるが、OGに席を立たれた。
かかってこいと言わんばかりに半笑いで手を仰いでいる。
「ほら、構えなよ。早速やろう」
※ ※ ※
「おれっ! 何ボケッとしてんだ、腕が上がってねえよ!!」
「ひん……」
ばんっと音がなるほどに、ケツを蹴られる。
膝から崩れ落ちそうになるが、素振りは止めない。
怖い、怖いよOG。特訓が始まるや、豹変してしまった。
しかも初っ端から素振り三百回と、かなりのスパルタ。
百回を超えたあたりで限界を迎え、腕が痺れている。
何とか回数分まで振り終えても、すぐさま次の特訓だ。
「ほら、もっと手首手首! 鈍っているよ!」
OGが投げつける石を次々に刀身で弾いていく。
足ばかり鍛えてきたから、上手く手首が回らない。
半数以上は空振りをして、肩や腹に当たってしまう。
「はぁはぁ……しぬ」
「大丈夫大丈夫、人間思っているより頑丈だから。弱音いってる暇あれば動く動く!」
終わればすぐさま、すり足の練習だ。
叱責されながら必死に両足を擦らせる。
そんな我流まみれの指導が夕暮れまで続いた――。
※ ※ ※
夜、月明かりを頼りにエリアAに移動する。
作戦会議と称され、招集がかかった形だ。
道中イリスは口数が多く、延々と話していた。
最近ちょっと痩せたとか爪切りがなくて困るとか。
アメリアは興味なさそうに無言だから、俺が返答役だ。
といっても適当な相づちだけで、彼女は構わず喋る。
舌の根も乾いた頃、ようやくツリーハウス跡地についた。
広場のように道が開け、一面に木くずが転がっている。
それを足先で払い腰つけると、イリスが切りだした。
「それでは、第二回脱出同盟会議を始めましょうか。今回の議題は船についてよ。今朝方に検証した通り、やっぱり生半可な筏じゃ駄目ね。エリアDの船を使わないと……」
独り言のように早口で語り、自身の白衣を漁る。
紙のようなものを出し、見えるようにシワを広げた。
「もう少し信頼できたら、ソラくんにも見せるつもりだったわ。なのにアメリアが口を滑らしちゃうなんてね。最初は『顔合わせたくない』って嫌がってたのに、随分と信用したじゃないの」
イリスの言葉を受けながら、すぐに地図だとピンときた。
それぞれの島の地形と周辺物まで細かく描いてある。
中でも北西の島にある船のマークには目を引いた。
左向きに矢印が引かれ、『Escape』とある。
俺はそこを指差しして、イリスに問いかけた。
「これ、本当なのかな」
「さーね、何とも言えないわ。事実かなり嘘くさいけど、確認した限りで地図は本物よ。一部の狂いもなく、正確だったわ。なら、試すしかないでしょ。北西の島――エリアDには船があり、脱出に繋がっている。リリクランジュの縄張りに行かないといけないってところが悩みのタネだけどね」
「リリクランジュ……」
今日初めて、アメリアが喋った。
鼻上にまでマフラーを埋め、ぶるりと震えている。
俺は出されたその名を吟味し、イリスに聞き返した。
「誰? 女性?」
「えぇ、とびきりの女性よ。きっと目を見張るでしょうね」
なんだそれ、凄い美女ってことなのかな。
発言の意図がわからず、はてなマークが浮かぶ。
「ま、見てからのお楽しみね」
イリスはあいからわず肝心なことを言おうとしない。
立ち上がり、白衣の汚れを払って腰に手をやった。
「二手に別れましょう。ソラくんはエリアDに行くのが初めてだろうから、アメリアと向かってちょうだい。私は”ロード・リンクス”を探しながらエリアDに向かうわ。現地で合流ね」
「ロード・リンクス?」
また知らない名前が出てきた。
反復した俺に、イリスが解をくれる。
「九人の中の一人よ。彼だけが行方知らずになっているの。名前と少年のような見た目、
そこで一呼吸を置いて、目を合わしてくる。
顔つきから口調まで真剣そのままに言った。
「ソラくん、あまり無茶はしないでね。テンの時みたいに突っ走らないで、
勢いに押され、思わず無意識にうなずく。
いい子ね、と薄く微笑んでイリスが視線を変えた。
隣で眠たげにしているアメリアの頭をぽんぽん叩いた。
「あなたもね、自分で思っている以上に引き金が軽いから気をつけなさい」
「うん」
「よろしい」
簡潔なアメリアの返答を以って、お開きとなる。
明日から忙しくなりそうだ、疲労で瞼が下りてくる。
毛布に包まり、木に寄りかかりながら一日を終えた。