プロローグ

文字数 1,067文字

 分厚い曇天空の下で、迫りくる人々から逃げる。
 息が切れ、足は棒立ちになっても絶対に諦めない。
 夢中で大地を蹴りながら、一心に目的地を目指す。

 気がつけばいつも、走ってばかりだった。
 最高にまで鍛え上げられた足は俺の誇りだ。
 向かい風に髪は逆立ち、パーカーがはためく。

 皆死んだ、絶望的な状況でも気分は高揚していた。
 逆境を何度も跳ね返した自信の表れなのかもしれない。
 が、背後から忍びってきた人物に腕をとられ地に転んだ。

 ――STOCK 1
 
 視界に浮かぶ文字列に、限界の到達を知る。
 言い聞かせるような言葉が口をついてでた。
 
「これでもう、後はなし」

 熱にうなされた口元が先立った彼らを発していく。
 手がけた者、裏切った者、支えられた者、皆消えた。
 悠然と立ち尽くす人物は表情を綻ばせ、語りかけてきた。 

「よく頑張ったよ」
 
 聞き惚れるような慈愛に満ちた声色だ。
 敵だって事実を忘れ、耳を傾けてしまう。

「もう休んでいい、誰も君を責めたりはしない。ずっと見てきたぼくだから、自信を持ってそう言える」

 うつ伏せに羽交い締めにされながら、息が遠くなる。
 地面を映した視界は徐々に薄まり、瞼が下りてきた。

 ――STOCK 0
 
 思えば、無茶苦茶な日々だった。
 今までの軌跡が浮かんでは消える。

 皆で色を囲み、話し合って笑い飛ばした。
 傷だらけで戦い、挫折したことだってある。

 ーー全ては、あの海崖から始まった。
 母を亡くし、連れ戻そうと空を目指した結果だ。

 この地で過ごした彼らは上ばかり見ていた俺を変えた。
 がむしゃらの日々は虹でも掛かったように鮮やかになる。

「初めてだったんだ……!」

 目を見開き、まとわりつく奴らを引き離す。
 掠れた喉からは、地を這うような声が漏れた。 
 
「もっと生きていたいと思うようになったのは」
 
 確かに言われる通り、天罰なのかもしれない。
 命を無碍にした俺達に相応しい最後なのであろう。

 だからこそーー……。
 
 深く息を吸い込み、獣のような咆哮を発する。
 身を削りながら、前へ前へと押し入って進んだ。
 手足を引っ張られつつ、大声で己を奮い立たせた。

「だからこそ! 今、ここで! 意地を張らなければ、あの時と同じなんだよ!!」
 
 そうだろう、みんな?
 夢中で伸ばした手がそれを握りしめる。

 俺はもう1人じゃない。
 これまでも、これからも。

 ずっと望んだものは、遠くにあるようで近くにあった。
 空を目指し続けていた俺に足りなかった羽ばたく翼になる。
 全てはあれから始まり、今この時のために生きてきたのだから――。
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