1章03話 エゴイスティック

文字数 2,228文字

 ドン!
 
 突如感じた胸部への圧迫に、地面から飛び起きる。
 健やかな寝起きとは違う、無理やり起こされた感じ。

 辺りを見回しても、落ち葉にくすぐられるだけ。
 誰もいない、密生した木々の中に俺が一人だ。

 ――99

 そこでふと、正面で浮遊する文字列に気がついた。
 赤塗りで縁は白く、こぶし大サイズの大きさだ。

 思わず手を伸ばすが、触れる前に弾けて消える。
 もちろん心当たりはない、見間違えなのだろうか。
 行き場のなくなった指は、そのまま頬をつねった。

「うん」

 生きている時と同じ感覚だ。しっかりと痛く、苦しい。
 服は土で汚れているけど、空色のパーカーと淡いジーパン。
 足は地面についているし、フライト中の青あざも残っていた。

「む……」

 ポケットに手を入れた途端、指先に硬いのが触れた。
 一昔前の携帯電話が入っている。当然、俺のではない。
 
 ダメ元で自宅にかけてみるが、繋がりませんと返された。
 電波は立っているようなのに、どこにかけても繋がらない。

「さすがにそこまでは甘くないか」

 ポケットにしまい込み、軽く伸びをする。
 適当な道に当たりをつけ、とにかく進んだ。
 
 静まり返った森林地帯では、足音がよく響く。
 あたかも世界に俺だけが取り残されたみたいだ。
 
 他の八名どころか、生物すら見当たらない。
 植物とそこに成る果実ぐらいだろうか。

 つまみ食いした木苺は大変に甘く、大きかった。
 舌先にいつまでも後味が乗ってくるみたいだ。

 時に、あれ以降は『99』なる数字が浮かばなかった。
 単なる気のせいか、何かしらの条件下で表示されるのか。
 わからないことばかりだけど、唐突な波音に頭が上がった。

「――海が近いのか?」
 
 浮足立つ。代わり映えない景色に飽き飽きとしていた。
 木々を両手でかき分け、音のする方に足を向ける。
 次第に視界は開けていき、眩い光に包まれた。

「あっぶな」
 
 そこは海は海でも、断崖絶壁の海崖だった。
 高低差十メートルにつき、手すりはない。
 
 幅狭い足場のせいで、つま先が浮いている。
 危ない危ない、落ちればひとたまりもないだろう。
 海面にはごろごろと岩礁が浮き、渦潮まである。そして。

「あれか」

 おおよそ百メートル先、吊り橋の先に別の島がある。
 太陽の位置から察するに、北東方向にいるらしい。
 
「どれどれ……」

 落ちないように気をつけつつ、ハンガーロープを揺らす。
 音こそ派手に鳴るけれど、橋が崩れる気配はなかった。

「大丈夫、っぽい」

 俺は逸りだす気持ちを抑えきれず、片足を乗せた。
 心のどこかで物寂しさを感じていたのかもしれない。

 一刻も早く誰かと出会い、話をしたかった。
 得体のしれぬ出来事を日常で和らげるように。

 ――ズッ

 でも、甘かった。
 肩を叩かれ、振り返った瞬間のこと。 
 
 腹部からの鋭い衝撃に、足裏が吸い付く。
 目を落とせば、胸に刃が突き刺さっていた。

「ぇ?」

 映るそれが理解できず、指先で掴もうとする。
 が、するりと引っ込められて宙を掻いた。
 溢れだす血液に手のひらは濡れる。

「――ハァ」
 
 刹那、真後ろから粘ついた息遣いを感じた。
 誰かいる、視界の端で黒髪の頭頂部が映る。

「ッ」

 すかさず振り返るも、背中を蹴り飛ばされた。
 前のめりに倒れ込みながら、床版に頬を擦らせる。
 
 吊り橋がきぃきぃと揺れる中、遠くで切断音がした。
 瞬く間に身体が傾き、落ちぬようにロープを掴む。
 面前では誰かが崖沿いで再度刀を振りかぶった。

「……橋ごと落とす気か」

 そう理解したのと同時に、何もかもを置き去りにして走りだす。
 向かうは謎の人物から逃れる後方ではない、立ち向かう前だ。
 不安定な足場を夢中に駆け抜け、大きく飛び上がった。

 軽い。浮遊感に包まれた肉体が宙を突っ切り、崖端に手をかける。
 想像以上の飛行距離だ。今までだったらここまで飛べていない。
 さながら羽根のような軽さで、今までの記録を塗り替えた。

 そのままよじ登ろうとした矢先に、崖上の人物と目が合う。
 女性と見間違うほどの黒髪をなびかせ、棒立ちする男がいる。

 歳は俺と同世代か少し上、長身で紺色の和服に青白い肌がちらつく。
 目も口も横に結んだ無表情ゆえに、感情というものが伺えない。
 機械的な仕草で刀を持ち上げ、日光をバックに光らせた。

「許せ、オレが生き残る為だ」

 彼の言葉を聞き取るよりも早く、手を引っ込める。
 しかしながら一歩遅れて、人差し指が切り落とされた。

 支えを失った身体は崖先へと落ち、水しぶきを上げる。
 渦潮にまで巻き込まれ、揉みくちゃになって意識は飛んだ。
 沈みゆく世界の中で、やつの言葉が浮き沈みしながら消える。

『急げ、ゲームはもう始まっているのだ』

※ ※ ※

 ――98

 目が覚めた時、崖上にいた。直前にまで海中ではない。
 真ん前には赤黒い数字が浮かび、崩壊した橋がみえる。

 寝ぼけ頭で頬を掻くも、人差し指がまだ残っていた。
 切断痕さえなく、俺の意志で自由に動かせている。
  
「98……」

 正面に浮かぶそれを指先でなぞり、今一度噛みしめる。 
 俺とて馬鹿ではない、二度も続けば推測ぐらい立つ。
 
 ――俺の命だ、死亡と同時に表れた数字。
 
 どうやらここは生き残りをかけて戦うだけじゃない。
 百回分、互いの命が尽きるまで殺し合うゲームになる。

「自己よりも他者を優先とするものに未来はない、か」

 ため息混じりに吐いた言葉が黒く濁る。
 いつまでも耳元に残り、俺は頬を叩いた。
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