2章05話 小は大を兼ねる
文字数 3,070文字
「えぇぇぇ! カエルさん食べちゃうんですかぁー?」
エリアCへの道中、配送中の鳩ぽっぽに遭遇した。
ちょうどお昼時ゆえ、アメリアが料理を振る舞うことに。
で、調理風景を見てしまったらしく、悲鳴じみた声が響いた。
お気の毒に、初見であれは辛かろう。
カエル肉には慣れても、捌いてる最中はきつい。
笑えとは言わないが、無言で締め上げる様は夢に出そうだ。
「あ~急用を思い出しましたぁ!」
着々と完成しつつある中で、鳩ぽっぽが白々しい。
手荷物をまとめ、その場から立ち去ろうとしている。
俺はすかさず彼女の肩を掴み、笑顔で言ってやった。
「おいおい、食べる時間くらいあるだろう。まさかアメリア様の料理が食べられないなんて言うわけじゃなかろうな」
「い、いや、いやいや! そんなことはないですょ?」
鳩ぽっぽがアメリアを見ながら一筋の汗をかく。
忙しなく人差し指が交差して、キョドっている。
しかし、マヌケな笑顔が凍りつく。
調理を終えたアメリアが近づいてきていた。
カエルの姿焼きゆえに見た目がそのまんま過ぎる。
「なむさん」
隣で鳩ぽっぽが手を組み合わせ、天に祈っていた。
まるで昨日の俺だが、なんと願いは叶ったらしい。
瞬きの一瞬で、アメリアの手から肉が消える。
忽然といなくなり、湯気だけが漂っていた。
たちまち、アメリアが弾かれるように動く。
「あ、おい!」
ワンテンポ遅れながら、俺も後を追いかける。
「えっ、あっ、ちょっと!?」
取り残された鳩ぽっぽがその場で左右にうろつく。
地面の苔に滑っては、腹ばいで転んだようだ。
「わぁーん、痛いですぅ」
情けない泣き声が耳に届くが、フォローしている暇などない。
謎の物体とアメリアを追いかけたまま、茂みの中に飛び込んだ。
※ ※ ※
「どうしたんだよ、アメリア?」
「しっ!」
何とか追いついて、アメリアの背に呼びかける。
彼女は人差し指を唇に添え、物陰に身を伏せた。
片手で俺を引っ張り、あごで向こうの方をしゃくる。
言われた通りに覗いてみれば、開けた場所にミニミニがいた。
丸太の端に座り、その小さな口でカエル肉をかじっている。
真ん丸とした瞳にあどけない表情が覗き、ほっぺは赤い。
隣にはすっぽりとその身が入りそうなポリバケツがあった。
どうやらまたしても食べ物を盗まれてしまったらしい。
アメリアが青筋を浮かべながら痛そうな石を集めている。
「待て待て、石をぶつけるなんて可愛想だろ」
それを片手で制してやるが、アメリアの表情は変わらない。
手も全く止まる様子がなくて、俺はさらに一言追加した。
「子供のやることだし、あの子もお腹が空いていたんだろ」
「ロリータ・コンプレックスなの?」
耳を疑った。
突っ込むよりも先に、『違う』って否定する。
僅かながらに動揺したのが自分でもわかった。
「あなた、小さい女の子が好きなの?」
アメリアが見過ごすわけもなく、いじらしくつけ込まれた。
嫌味ったらしく言葉を換えて、念押すように言ってくる。
たまさかに焦ってムキになり、大声で返してしまった。
「アホか、違うわ!」
あ、と正気に戻る頃には手遅れだった。
ミニミニなる子と物陰越しに視線が合う。
止むを得まい、誤魔化しも効かなそうだ。
早々に諦めた俺は両手を上げながら外にでた。
「大丈夫、怪しくないよ」
「ひぅ! 怒られぅ!」
舌っ足らずな返答をして、ミニミニがカエル肉を背に隠す。
正面を向いたまま、警戒するように後ろ足で距離をとられた。
そのまま逃げ出しかねない勢いなため、慌てて弁明をする。
「違う違う、話をしにきただけだよ」
「ほんとぅ?」
「本当だって、危害なんて加えないから」
宥めながらも着実に近づく。敵意は感じないし、仲良くなれそうだ。
打ち解けて、ゆくゆくはリリクランジュの元に連れていけばいい。
「ほら、怖くない怖くない」
恐る恐るに手を伸ばし、ミニミニの頭に触れる。
柔らかい髪だ、手の動きにもまるで抵抗がない。
「ぅにゃ」
見れば、ミニミニがうっとりと目を細めていた。
かわいい、実はずっと妹がほしかったのだ。
「からの――」
緩みきった顔をしているが、これで終わりではない。
ミニミニを持ち上げ、肩に乗せてぐるぐる回転した。
「肩車トルネードだーーっ!」
これは十八番だ。
小さい頃に父さんがよくしてくれていた。
ミニミニにも手応えはあったらしい。
興奮して両手を叩くような音が聞こえる。
彼女のツインテールが頬に当たって痛むのは難点だ。
きりのいいところで下ろしてやると、鼻息を荒くした。
「すごーぅ!」
「そうだろう、そうだろう」
不思議な達成感をもって息を整える。
ややあって、引っ張られる感覚があった。
アメリアが物寂しそうな顔で棒立ちしている。
「わたしにも」
「え?」
「わたしにもして」
予想外の言葉に驚きながら、アメリアのことを値踏みする。
頭のヘッドフォンから足先のソックスまで見回し、被りを振った。
「無理無理、アメリアじゃ重すぎるって。歳を考えろよ」
※ ※ ※
「ミニミニ、七歳でう。お肉とピンクが好きなの。仲良くしてほしいぅ」
一悶着を経て、自己紹介が行われた。
雨が降り始めてか、ポリバケツに入っている。
対して俺は薄着の野ざらしで震えていた。
アメリアの意趣返しでパーカーが奪われたのだ。
そして。
「ねえ、やっぱりロリータ・コンプレックスなの?」
追求は続いていた。
耳元から怨念じみた声がする。
俺はそれを無視してミニミニをたしなめた。
「お腹が空いていたんだろうけど、勝手に人のものを盗んじゃ駄目だろ。言ってくれれば、ちゃんと分けてあげたんだし」
「うわ、露骨に甘い」
「やかましい」
わざわざ口を挟むアメリアのほっぺを挟んでやる。
いつもは何事にも動じない彼女が嫌に感情的だ。
「ごめん……ごめんなさいぅ」
俺らのやり取りを他所に、ミニミニが意気消沈した。
人差し指を交差させて、しゃっくりをあげている。
あまりにも痛々しい姿だ、罪悪感が刺激される。
俺はたまらず顔をあげるように伝え、弁護に走った。
「いやいや、いいんだよいいんだよ。匂いにつられちゃったんだよね。次から気をつけてもらえればいいから」
「はぅ! ありがとなの、ソラおにいちゃん」
ミニミニが一滴の涙を目尻に浮かべ、ニッコリと微笑む。
毒気の抜ける笑顔に加えて、文末が脳天を突き抜けた。
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん!!
「なんて甘美なひび……むぐぐぐぐ」
「ねぇ、一緒にリリクランジュの元に行ってくれる?」
突然、アメリアに口を塞がれた。
何の捻りもなく直球で要件をぶつけている。
ミニミニも面を喰らい、後退りで距離を空けた。
「いや」
「話に行くだけだから」
めげずにアメリアが説得するも、雲域は怪しい。
怯えたような顔をして、ポリバケツに引っ込んだ。
「やーだー!」
にゅっと底から足を生やし、一目散に走りだす。
「「あっ」」
即座に二人で追いかけるも、少し出遅れた。
障害物と方向転換を駆使され、距離が縮まらない。
小さな背中が一層に小さく、点みたいに小さくなる。
だが、運はこっちに味方した。
ミニミニが何かにぶつかり、尻もちをついたのだ。
「はぅ!?」
思わず顔を出したミニミニが宙に浮かぶ。
首根っこを掴まれたようで、宙ぶらりんになっている。
何かというより、誰かだった。
ミニミニを捕らえた人物が目を細め、俺たちを凝視する。
視線が交差する中、彼女が――イリスが片手を振り上げた。
「や、無事に合流できたみたいね」
エリアCへの道中、配送中の鳩ぽっぽに遭遇した。
ちょうどお昼時ゆえ、アメリアが料理を振る舞うことに。
で、調理風景を見てしまったらしく、悲鳴じみた声が響いた。
お気の毒に、初見であれは辛かろう。
カエル肉には慣れても、捌いてる最中はきつい。
笑えとは言わないが、無言で締め上げる様は夢に出そうだ。
「あ~急用を思い出しましたぁ!」
着々と完成しつつある中で、鳩ぽっぽが白々しい。
手荷物をまとめ、その場から立ち去ろうとしている。
俺はすかさず彼女の肩を掴み、笑顔で言ってやった。
「おいおい、食べる時間くらいあるだろう。まさかアメリア様の料理が食べられないなんて言うわけじゃなかろうな」
「い、いや、いやいや! そんなことはないですょ?」
鳩ぽっぽがアメリアを見ながら一筋の汗をかく。
忙しなく人差し指が交差して、キョドっている。
しかし、マヌケな笑顔が凍りつく。
調理を終えたアメリアが近づいてきていた。
カエルの姿焼きゆえに見た目がそのまんま過ぎる。
「なむさん」
隣で鳩ぽっぽが手を組み合わせ、天に祈っていた。
まるで昨日の俺だが、なんと願いは叶ったらしい。
瞬きの一瞬で、アメリアの手から肉が消える。
忽然といなくなり、湯気だけが漂っていた。
たちまち、アメリアが弾かれるように動く。
「あ、おい!」
ワンテンポ遅れながら、俺も後を追いかける。
「えっ、あっ、ちょっと!?」
取り残された鳩ぽっぽがその場で左右にうろつく。
地面の苔に滑っては、腹ばいで転んだようだ。
「わぁーん、痛いですぅ」
情けない泣き声が耳に届くが、フォローしている暇などない。
謎の物体とアメリアを追いかけたまま、茂みの中に飛び込んだ。
※ ※ ※
「どうしたんだよ、アメリア?」
「しっ!」
何とか追いついて、アメリアの背に呼びかける。
彼女は人差し指を唇に添え、物陰に身を伏せた。
片手で俺を引っ張り、あごで向こうの方をしゃくる。
言われた通りに覗いてみれば、開けた場所にミニミニがいた。
丸太の端に座り、その小さな口でカエル肉をかじっている。
真ん丸とした瞳にあどけない表情が覗き、ほっぺは赤い。
隣にはすっぽりとその身が入りそうなポリバケツがあった。
どうやらまたしても食べ物を盗まれてしまったらしい。
アメリアが青筋を浮かべながら痛そうな石を集めている。
「待て待て、石をぶつけるなんて可愛想だろ」
それを片手で制してやるが、アメリアの表情は変わらない。
手も全く止まる様子がなくて、俺はさらに一言追加した。
「子供のやることだし、あの子もお腹が空いていたんだろ」
「ロリータ・コンプレックスなの?」
耳を疑った。
突っ込むよりも先に、『違う』って否定する。
僅かながらに動揺したのが自分でもわかった。
「あなた、小さい女の子が好きなの?」
アメリアが見過ごすわけもなく、いじらしくつけ込まれた。
嫌味ったらしく言葉を換えて、念押すように言ってくる。
たまさかに焦ってムキになり、大声で返してしまった。
「アホか、違うわ!」
あ、と正気に戻る頃には手遅れだった。
ミニミニなる子と物陰越しに視線が合う。
止むを得まい、誤魔化しも効かなそうだ。
早々に諦めた俺は両手を上げながら外にでた。
「大丈夫、怪しくないよ」
「ひぅ! 怒られぅ!」
舌っ足らずな返答をして、ミニミニがカエル肉を背に隠す。
正面を向いたまま、警戒するように後ろ足で距離をとられた。
そのまま逃げ出しかねない勢いなため、慌てて弁明をする。
「違う違う、話をしにきただけだよ」
「ほんとぅ?」
「本当だって、危害なんて加えないから」
宥めながらも着実に近づく。敵意は感じないし、仲良くなれそうだ。
打ち解けて、ゆくゆくはリリクランジュの元に連れていけばいい。
「ほら、怖くない怖くない」
恐る恐るに手を伸ばし、ミニミニの頭に触れる。
柔らかい髪だ、手の動きにもまるで抵抗がない。
「ぅにゃ」
見れば、ミニミニがうっとりと目を細めていた。
かわいい、実はずっと妹がほしかったのだ。
「からの――」
緩みきった顔をしているが、これで終わりではない。
ミニミニを持ち上げ、肩に乗せてぐるぐる回転した。
「肩車トルネードだーーっ!」
これは十八番だ。
小さい頃に父さんがよくしてくれていた。
ミニミニにも手応えはあったらしい。
興奮して両手を叩くような音が聞こえる。
彼女のツインテールが頬に当たって痛むのは難点だ。
きりのいいところで下ろしてやると、鼻息を荒くした。
「すごーぅ!」
「そうだろう、そうだろう」
不思議な達成感をもって息を整える。
ややあって、引っ張られる感覚があった。
アメリアが物寂しそうな顔で棒立ちしている。
「わたしにも」
「え?」
「わたしにもして」
予想外の言葉に驚きながら、アメリアのことを値踏みする。
頭のヘッドフォンから足先のソックスまで見回し、被りを振った。
「無理無理、アメリアじゃ重すぎるって。歳を考えろよ」
※ ※ ※
「ミニミニ、七歳でう。お肉とピンクが好きなの。仲良くしてほしいぅ」
一悶着を経て、自己紹介が行われた。
雨が降り始めてか、ポリバケツに入っている。
対して俺は薄着の野ざらしで震えていた。
アメリアの意趣返しでパーカーが奪われたのだ。
そして。
「ねえ、やっぱりロリータ・コンプレックスなの?」
追求は続いていた。
耳元から怨念じみた声がする。
俺はそれを無視してミニミニをたしなめた。
「お腹が空いていたんだろうけど、勝手に人のものを盗んじゃ駄目だろ。言ってくれれば、ちゃんと分けてあげたんだし」
「うわ、露骨に甘い」
「やかましい」
わざわざ口を挟むアメリアのほっぺを挟んでやる。
いつもは何事にも動じない彼女が嫌に感情的だ。
「ごめん……ごめんなさいぅ」
俺らのやり取りを他所に、ミニミニが意気消沈した。
人差し指を交差させて、しゃっくりをあげている。
あまりにも痛々しい姿だ、罪悪感が刺激される。
俺はたまらず顔をあげるように伝え、弁護に走った。
「いやいや、いいんだよいいんだよ。匂いにつられちゃったんだよね。次から気をつけてもらえればいいから」
「はぅ! ありがとなの、ソラおにいちゃん」
ミニミニが一滴の涙を目尻に浮かべ、ニッコリと微笑む。
毒気の抜ける笑顔に加えて、文末が脳天を突き抜けた。
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん!!
「なんて甘美なひび……むぐぐぐぐ」
「ねぇ、一緒にリリクランジュの元に行ってくれる?」
突然、アメリアに口を塞がれた。
何の捻りもなく直球で要件をぶつけている。
ミニミニも面を喰らい、後退りで距離を空けた。
「いや」
「話に行くだけだから」
めげずにアメリアが説得するも、雲域は怪しい。
怯えたような顔をして、ポリバケツに引っ込んだ。
「やーだー!」
にゅっと底から足を生やし、一目散に走りだす。
「「あっ」」
即座に二人で追いかけるも、少し出遅れた。
障害物と方向転換を駆使され、距離が縮まらない。
小さな背中が一層に小さく、点みたいに小さくなる。
だが、運はこっちに味方した。
ミニミニが何かにぶつかり、尻もちをついたのだ。
「はぅ!?」
思わず顔を出したミニミニが宙に浮かぶ。
首根っこを掴まれたようで、宙ぶらりんになっている。
何かというより、誰かだった。
ミニミニを捕らえた人物が目を細め、俺たちを凝視する。
視線が交差する中、彼女が――イリスが片手を振り上げた。
「や、無事に合流できたみたいね」