1章06話 21グラム

文字数 2,480文字

 俺はひねくれ者だ、素直に人の意見を聞けない自覚がある。
 空を目指していた時も、やめろと言われる度に頑張ってきた。

『彼は強いわ。たった三日で既に一人を脱落に追いやったくらいだもの』

 嘘くさい、九十分に一回は死んでいるペースだぞ。
 現実的だと思えないが、どうやら裏があるらしい。 
 ニヒルな笑みを浮かべて、イリスが種明かしをする。

「――STOCKって知ってる?」

 また知らない情報がでてきた。
 直訳すると、蓄え、貯金、在庫か。

 脳内にこれだと思わしき心当たりはない。
 首を振って否定を示し、次なる言葉を待った。
 
「命の塊化よ、私たちは命をまとめられる。百個分の命はそれぞれが一であるけれど、二にも三にも十にも成れるの。その集合が『STOCK』と呼ばれているわ。一の状態なら死に至るほどのダメージでも、STOCK中なら耐えられる。まとめた命の数だけ、留まり続けることができるわけ。死ねば一気に落としちゃうけどね、かの脱落者みたいに」

「はぁ……」

 気のない返事をしつつ、あさっての方を見やる。
 どうも実感がなく、ずっと思っていたことを口にした。
 
「まるでゲームの世界みたいだな」

 自由に言葉が通じ、死ねば生き返るってフィクションだろ。
 事実、イリスもこくりと頷きながら紅茶を一杯あおった。

「そうね、生き返りの謎については二つ考えているわ。本当に生き返っている場合と、生き返っていると誤認させられている場合ね。前者は私たちがクローンかロボットの類いで、記憶だけ引き継がれている可能性よ。死亡時の傷が必ず綺麗に治っているもの。後者はソラくんが言及したように、没入型のVRゲームを体験している可能性ね。ほら、私たちって死ぬと一旦消えるでしょ。ふふ、今この瞬間にもオートセーブされていたりしてね」

 どうやらそこで飲みきってしまったらしい。
 紙コップを持ったまま、ゆらゆら揺らしている。

「仮にここがゲームの世界だとしても、カンダタの糸はあるわ。どんなに脱獄不可な脱獄だって、脱獄者を出してきたじゃない。人が作るようなものに完璧はない。入り口がある以上、出口もある。そう信じているわ、頑張りましょうお互いに」

 それきり会話がなくなる。
 さすがに話し疲れてしまったか。
 切れ長な目が虚ろ虚ろとしている。
 
 俺は内ポケットから携帯を取りだし、時刻をみた。
 六時を回っている、寝ずに過ごしてしまったらしい。
 今日はもうお開きにしろと今更ながらのあくびが出た。
 
 ドン、ドンドンドンドン!

 瞬間、断続的な振動に部屋一体が揺れた。
 小物が転がり、俺の足元に当たって止まる。

 次いで、乾いた破裂音が一つ。外の方からだ。
 喧嘩でもしているような大きな声が聞こえてくる。
 視界の端ではイリスが飛び起き、小声で呟いた。

「アメリアが戦っている?」

 たちまち、視界がぐるりと暗転する。
 尻もちをついて、床に這いつくばった。

「うわうわうわ!」
 
 落下しているらしく、小物が浮き始める。
 ふわっと身体が軽くなり、必死に手を伸ばす。
 指先に何か触れた途端、世界の壊れる音がした。
 
※ ※ ※

 目が覚めると、空のまぶしさに驚いた。
 小屋の中ではない、開放的な森の中にいる。
 頭からは木くずが落ち、巻き上がる埃で咳もでた。

 察するに、ツリーハウスが落ちたらしい。
 支えとなっていた木がへしゃげている。

「いっつ……」

 起き上がろうとして、地面の柔らかさに気づく。 
 手のひらが沈み、思うようにバランスも取れない。
 不審に思い目を向ければ、イリスを下敷きにしていた。

「あ、おい!」

 慌てて身体を退かし、揺さぶりながら声をかける。
 彼女は薄目で俺を見るなり、ほくそ笑んで消えた。
 
「お願い逃げて――エリアBに」

 両手が地につき、一陣の風に頬を撫でられる。
 ……庇ってくれたのか、貴重な命で赤の他人を。
 
 去り際の一言が脳内で反響し、その意味を考える。
 刹那、狼狽する俺の耳から計り知れぬ恐怖が抜けた。

「愚かな」

 低くしわがれた、怨念じみた声だ。
 草履つけた男性の足元が映っている。

「反吐が出る」

 斬られたと自覚するよりも先に、背が焼けた。
 脳が激痛に支配され、手足をバタつかせる。

「ぁぐ」

 敵はそれに追撃することもなく、ただ棒立ちした。
 木くずだらけの刀から赤い鮮血を滴らせている。

 テンだ、困惑する俺をよそに足で砂をかける。
 何気ない行動だが、果てしなく気に触った。
 仄かな違和感は徐々に確信へと変わる。

 ――イリスのいた場所だ。
 視線がテンに吸い寄せられ、彼が吐き捨てる。

「己を第一にできぬ人間に価値などない、とっとと逝ね」

 頭の中で何かが切れた。
 息がうるさい、手のひらに爪が食い込んでいく。

 これほどまでに怒りを感じたのは初めてかもしれない。
 やかましい心臓を服ごと握りしめ、ゆっくりと立つ。

「ふー……」

 深呼吸を一つ、鼻から吹きだす。
 握りこぶしを解き、覚悟は決めた。
 
「ふん、さぁ来い」
  
 テンが構えをとり、刀を差し向ける。
 俺は――くるりと背を向けて走った。

「な、逃げる気か!!」

 すかさず、追いかけてくるような足音がつづく。
 木の葉の擦れる音から、すり足で走っているらしい。
 
 負けてたまるか、お前らの思い通りにはならんぞ。
 独り善がりな考えは、生き方はもうやめたんだ。 

「はぁはぁ」

 あちこち身体をぶつけながら走る、走る。 
 林道を駆け抜けた先には、海崖が待っていた。
 日の出が近いのか、地平線にビーナスベルトがある。
 
 けど、甘かった。忘れていたともいう。
 次なる島の吊り橋はテンに落とされていた。
 ロープの切れ端が中途半端に垂れ下がっている。
 
「行き止まりだ……」

 思わず弱音が溢れたのと同時に、追いつかれた。
 本当に走ったのか疑うくらい、息切れしていない。
 張り詰めるほどの殺気を汗代わりに発しているようだ。

 向こう崖までの距離は海を挟んで、ざっと百メートル。
 前に落ちて死んでいるから、飛び降りて海を泳ぐのは現実的でない。
 俺は後ろ手に支柱を握りしめ、テンを睨みながら頭をフル回転させた。
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