3章01話 束の間

文字数 2,997文字

 エリアAの崖先に立ち、陽気な日差しを受ける。
 頬をなぞる潮風が心地よく、目を閉じて過ごした。

 雲でも通ったのか、瞼越しの景色が明滅する。
 風と一体化する感覚を開眼で名残惜しく離す。
 俺は腰を下ろし、あぐらを掻いて両手合わせた。

 テンの墓石には彼の刀を立てている。
 せっかく託されたのに、僅か一戦で砕けてしまった。
 落雷の影響で黒焦げになった数欠片しか残っていない。

「ありがと、おかげで助かったよ」

 報告をそう締め括り、テンの墓場を後にする。
 目指すは次の場所、リリクランジュの元だ。

 エリアAからCへの移動は歩いて一時間もかかる。
 利便性は悪いけど、どうしても花畑に立てたかった。

 ただ彼女の墓には珍しく先客がいた。
 白衣の背格好から後ろ姿だけでわかる。

「イリス」

 小声でも、すぐにイリスが振り返った。
 ふっと表情を崩し、隣に促してくる。

「こんにちは、やっぱり来たわね」

「どうも」

 それに軽く会釈をして、静かに手を合わせた。
 最近の出来事やちょっとした愚痴を脳内で伝える。

 終えて目を開く頃には、イリスも黙祷済みだった。
 どこか寂しげな顔で微笑み、真下の地面を指差す。

「見てみて」

 言われるがままに目を落とすと、植物の芽に気づいた。
 双葉の小さな緑だ、水やりでもしたのか少し濡れている。
 妙な気持ちになりゆく中、イリスが腰に手をやった。

「いくつか報告ね。リリクランジュに吹っ飛ばされて消えた後、生き返って彼女の携帯を回収したわ。着信履歴にあった番号とテンの携帯にあった番号は丸きり同じね。これは良い知らせよ。別々だったら二人も疑わないといけなくて面倒でしょ。船は獲得したし、ようやく脱出に注力できそうだしね。さっさと船を直して、こんな場所からおさらばしましょ」

 楽観的なイリスに対して、俺はどうも乗り切れない。
 運営側が何も行動を起こしてこないのは不気味すぎる。
 つい考え込んでしまうけど、イリスは笑い飛ばしてきた。
 
「大丈夫、ここまで来たじゃない。何とかなるわよ」

「うーん……」

 自分でも何をそんなに気に病んでいるのかわからない。
 魚の骨みたく、どこかで見た光景が引っかかってる。

 その時ふと、リリクランジュの墓をみて思い出した。
 本当に些細なことながら違和感が吐き出される。

「船って元から崖上にあったのかな、それともリリクランジュが海から引き上げたのかな」

「ん??」

 あからさまにイリスが固まって、変な声を上げた。
 眼鏡越しの視線が宙を舞い、言葉を探しているようだ。
 俺は身振り手振りを混じえながら、自分の考えを伝える。

「積雪に埋もれただけかもしれないけど、引きずった跡がなかったんだ。船が陸にあるなんて、これ見よがしにもほどがあるじゃないか。『引き取ってください』と言わんばかりだ。罠って可能性とは別に、陸上にあること自体に意味があるんじゃないかって思っている」

「いや、それは――」

 イリスが何かを言いかけ、静かに口を結ぶ。
 苦虫を噛み潰したような顔で、しばし考え込んだ。
 葛藤の末に首を振り、両手両足を投げだして騒ぐ。

「確かに一理あるわね。でもわかんないわよ、わかんないわかんない。異常者の考えなんてわかってたまるかっての。外に出たら絶対ブタ箱にぶち込んでやるわ、あののっぺらぼう」

 どうしても結論が出ず、開き直ったらしい。
 勢いよく立ち上がり、ズボンの汚れを払っている。

 ――ガサガサガサ

 見計らったかのように、草木の揺れ動く音がした。
 茂みの向こう側で、ポリバケツが見え隠れしている。
 ミニミニだ。蓋を上げて顔をだし、くぐもった声を発する。

「もうみなさん集まってうよ」

 中で何やら食べていたらしい。
 ごくんと飲み込む仕草をすると、蓋を閉じる。
 バケツから足を生やしては、すたこらさっさと消えた。

 ……何度みても、あの光景は慣れない。不気味だ。
 バケツの中はキャットドアみたく、衝撃で穴が開く構造らしい。
 思わずイリスと顔を見合わせるが、彼女が肩をすくめて歩きだす。

「ここまでにしときましょ。ひとまずは束の間の休息を楽しむの、後はその時に考えれば良いわ」

 言い終わるや否や、少しの段差で転んだ。あいからわず運動神経がない。
 俺はイリスを助け起こしてやりながら、エリアBのオアシスに急いだ。

※ ※ ※

「それでは輝かしき私たちの未来に向かって、かんぱーい!」

「「かんぱい!!」」

 イリスの祝辞に合わせ、持っいたたグラスを掲げる。
 大人組は酒を煽っているが、未成年はオレンジジュースだ。

 脱出も目前ということで、奮発された料理が並んでいる。
 保管してあった食料のほとんどを持ってきたらしい。

 行方知らずのロード・リンクスを除いて全員集結だ。
 配送屋の鳩ぽっぽまでもが我が物顔で参加している。

 難所を抜けたおかげなのか、随分とご機嫌な様子。
 場の空気は明るく、みんながみんな楽しそうだ。

 傍から見れば、とてもデスゲームの最中と思えないだろう。
 実際今しがた、赤ら顔をしたOGがのんびりと近づいてくる。

「やぁソラくん、楽しんでいるかい? ねぇねぇ、誰を見ていたの? 相談してみ~?」

 いい歳して、本当に男子中学生みたいだ。
 馴れ馴れしく肩を組まれ、俺はそれを解く。

「違うよ、みんなを見ていたんだ。いい雰囲気だなって」

「あ~そうだね」

 茶化したりはせず、しんみりと同意された。
 だが僅かなひと時で、すぐに空気を変えてくる。

「もっと食べなよ~」

 魚の串焼きを無理やり口に突っ込んできたのだ。

「あっつ」

 思わぬ温度に驚きながら咀嚼して噛みしめる。
 よく火が通っているから身は柔らかく、絶品だ。

 あっという間に食べきって、水で喉を潤す。
 ペットボトルから口を離せば、OGが囁いた。

「――リリクランジュを無理やり起こした人物がいるんだってね」

「ごふっ……」

 空気をぶち壊すような発言に咳き込んでしまった。

「今聞くことかよ」

 恨めしげに睨み上げるも、OGの笑顔は崩れない。
 回答を待ったまま沈黙しているため、仕方なく答えた。

「そうだよ、確かにいた」

「故意だと思っているんだろう?」

 また聞きづらいことをズバズバと。
 全く考えていなかったことではない。
 疑いたくないという気持ちが大きかったんだ。

「そーだよ、あのタイミングでリリクランジュの携帯が鳴るなんて狙い澄ましているとしか思えない」

「へぇ」

 確かにその時、彼が笑った。顎ひげをなぞり、帽子をずりあげる。
 まるで『今日の夕飯はカレーだよ』って口ぶりで、さらりと暴露した。

「あの人もそろそろ見過ごせなくなってきたね」

「え? 誰だか知ってるのか?」

「まあね、争いごとにしたくなくて黙ってたんだ。今も言うつもりはないけど、当面は大丈夫。僕がしっかり見張っておくからさ。『残念、実は僕が裏切り者でした!』なんてオチもないから安心するといいよ」

 今のやり取りで満足したらしく、軽快な足取りで去っていく。
 あいからわず得体の知れぬ人だ、マイペース極まれりって感じ。

 鳩ぽっぽとミニミニは競い合うようにして、爆食い。
 アメリアは側で見守り、カウント役を請け負っていた。

 ただイリスの姿だけ見当たらず、視線が右往左往する。
 したら俺の横を通りすぎ、そのまま場を後にしていった。

 思わず振り返り、遠ざかる背中を見つめる。
 張り詰めた表情で、なぜだかお腹を鳴らしていた。
 
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