2章03話 共現象
文字数 2,449文字
エリアCでの道中は静かなものだった。
アメリアは話振らないし、俺も話題がない。
竹林に囲まれた視界はどこも変わりなく、暇だ。
ぬかるみにハマる柔らかい地面がひたすらにストレス。
あちこちに視線を飛ばしては、手持ち無沙汰になる。
だからアメリアが足を止めるや否や、すぐに食いついた。
「どうした?」
「あれ」
アメリアが困惑とした表情で斜め向かいを差している。
ウシガエルがいた。まるで王様かのように鎮座している。
普段ならありふれた光景だが、この世界では初めてだ。
心ひそかに驚く俺に、立ち去れとばかりにカエルが鳴く。
「ゲェ……ゲェ……」
何だろう、アメリアの意図がわからない。
俺のことを呼び止めてから無言で凝視している。
退かしてほしいのか、アメリアも可愛いところがあるのな。
別に得意じゃないけど、苦手でもない。普通に触れる。
そう思い始めた時、予想だにしない言葉を聞いた。
「これって食べられるよね?」
※ ※ ※
どこかの国では高級料理として出されることもある。
身は淡白で柔らかく、貝柱に似た食感らしい。
わかってる、それでも躊躇するのが人間だ。
――俺はカエルの骨付き肉を手に、神に祈っていた。
あの後アメリアに言われるがまま、カエルを捕まえて献上した。
彼女はそれを涼しい顔で受け取り、脊髄箇所に指を突っ込む。
靴下を脱ぐように皮をむいて、細かく切って串刺しにする。
で、焚き火にかざして塩を振りかける。焼き目がついたら終わり。
無言で渡されたカエル肉をまさか拒むなんてできず、そして時は戻る。
「じー……」
見られてる、穴が開くほどに。
横にいるアメリアからとてつもない視線を感じる。
先に食べて感想を言え、とでも思っているのだろうか。
俺は観念したようにカエル肉の端っこに齧りついた。
うん、調理シーンさえ記憶から消せばただのもも肉だ。
味はおいしい、香ばしくパリッとした食感が口に広がる。
「おいしいよ」
「ほんと? 今度また作ってあげる」
「あっ、うん」
不穏な言葉を残して、アメリアも食べ進める。
次なる料理に戦慄したが、今更撤回はできない。
珍しい彼女の笑顔を横目に、もう一口食いついた。
※ ※ ※
翌朝、エリアDへの石橋を渡る。
水蒸気まみれの濃霧で、前がよく見えない。
さながら陸に浮かぶ海面のように周囲を侵している。
最初は気にならなかったのに次第に鬱陶しくなる。
そんな時は鳩ぽっぽからもらった雨合羽が役立った。
百均の安いビニールだけど、あるとないとでは段違い。
途中、橋の中腹くらいにか。
頬に水滴が落ちて、淡く蒸発した。
思わず足を止め、手のひらで受け止める。
白く、小さな結晶は氷みたいに冷たい。
手の温度で瞬時に水滴と化していく。
「雪だ」
目を上げ、見つめた先に――白銀の世界が広がっていた。
エリアDは豪雪地帯だ、時計回りで春夏秋冬になっている。
各エリア間の境界部では雲が不自然に分断されていた。
あたかも仕切りによって、空が隔たれているかのように。
「なんでもありだな」
わずか数キロの間でここまで天候が変わるのか。
鳥肌が逆立ち始めるのを感じ、エリアDに急いだ。
※ ※ ※
足裏から伝わる積雪の感触に、気分が高揚する。
俺の地域では雪が降らない、降っても積もらない。
人知れずテンションが上っていくが、アメリアは真顔だった。
無感情なクールビューティーっぷりを発揮している。
それがどうも勿体なくて、横道に誘ってみた。
「なぁ、せっかくだし雪合戦しようよ。知っているか、雪合戦って」
「しらない」
変わらぬペースでのんびりとした答えが返ってくる。
俺は彼女の真ん前で雪をかき集め、玉として作り上げた。
「雪合戦てのは……こうして雪を丸めたら、こうっだよ」
軽くそれを放った途端、ぱちくりと瞬きをするアメリア。
細かく震えだしたかと思えば、あっという間に雪玉を作る。
すかさず腕を振り切って、鬼のようなストレートを放った。
「いたぁぁい!」
しかもいきなり石入りだ、才能あるよ。
ぺっぺっと雪を吐きだし、次弾を集める。
「お返しだっ」
渾身の雪玉は華麗にひらりとかわされた。
お返しとばかりに大量の雪玉を投げられる。
「どわぁぁぁ!」
余すことなく全弾命中した。おかげでずぶ濡れだ。
黙々と雪を集めるアメリアに慌てて降参を示す。
「わかったわかった、中止だ中止。ここで雪合戦は終了にします」
「えー」
アメリアがヘッドフォンを下げて、ぶぅぶぅ文句をいっている。
ところ構わずにまた玉を作りだしたので、別の遊びを提案をした。
「雪だるまをつくろう」
そこからは争いもなく平和的に過ごした。
俺が胴体の方をアメリアは頭の方を担当する。
二つを上下に重ね合わせ、目と口用に線を引く。
不格好ながらも完成したが、不足があると気づいた。
「マフラーがないな」
直ちにザザッと、アメリアが俺から離れた。
両手で強く握りしめては、何度も首を振る。
「だめ、渡さないから」
そんな彼女の反応を見て笑ったり、束の間の余暇を楽しんだ。
※ ※ ※
しんしんと降りつづく雪が落ち着きを払いだす。
あれから随分と歩き進め、最北にまで訪れた。
前には大きな雪像、それを超えて広大な海が見える。
雪像はドーム状に丸まった、かまくらのようなものだ。
サイズ的に三人、いや四人がすっぽりと入れるくらい。
「ないな……」
エリアDを網羅し、半周したことになる。
前に見た地図ではこの辺りに船が描かれていた。
そのまま西に渡れば、Escapeできることも。
ガセ情報だったのか、それとも見落としているだけか。
顎に手を添えて考え込む中、アメリアの小声が耳に入った。
「リリクランジュ」
「え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
リリクランジュなる人物と周囲の景色が繋がらない。
だが雪像を差しながら絞り出された言葉に頭が覚めた。
「ソラの前にいるそれが――リリクランジュ」
リリクランジュ、それは大きな大きな巨身の女性だった。
アメリアは話振らないし、俺も話題がない。
竹林に囲まれた視界はどこも変わりなく、暇だ。
ぬかるみにハマる柔らかい地面がひたすらにストレス。
あちこちに視線を飛ばしては、手持ち無沙汰になる。
だからアメリアが足を止めるや否や、すぐに食いついた。
「どうした?」
「あれ」
アメリアが困惑とした表情で斜め向かいを差している。
ウシガエルがいた。まるで王様かのように鎮座している。
普段ならありふれた光景だが、この世界では初めてだ。
心ひそかに驚く俺に、立ち去れとばかりにカエルが鳴く。
「ゲェ……ゲェ……」
何だろう、アメリアの意図がわからない。
俺のことを呼び止めてから無言で凝視している。
退かしてほしいのか、アメリアも可愛いところがあるのな。
別に得意じゃないけど、苦手でもない。普通に触れる。
そう思い始めた時、予想だにしない言葉を聞いた。
「これって食べられるよね?」
※ ※ ※
どこかの国では高級料理として出されることもある。
身は淡白で柔らかく、貝柱に似た食感らしい。
わかってる、それでも躊躇するのが人間だ。
――俺はカエルの骨付き肉を手に、神に祈っていた。
あの後アメリアに言われるがまま、カエルを捕まえて献上した。
彼女はそれを涼しい顔で受け取り、脊髄箇所に指を突っ込む。
靴下を脱ぐように皮をむいて、細かく切って串刺しにする。
で、焚き火にかざして塩を振りかける。焼き目がついたら終わり。
無言で渡されたカエル肉をまさか拒むなんてできず、そして時は戻る。
「じー……」
見られてる、穴が開くほどに。
横にいるアメリアからとてつもない視線を感じる。
先に食べて感想を言え、とでも思っているのだろうか。
俺は観念したようにカエル肉の端っこに齧りついた。
うん、調理シーンさえ記憶から消せばただのもも肉だ。
味はおいしい、香ばしくパリッとした食感が口に広がる。
「おいしいよ」
「ほんと? 今度また作ってあげる」
「あっ、うん」
不穏な言葉を残して、アメリアも食べ進める。
次なる料理に戦慄したが、今更撤回はできない。
珍しい彼女の笑顔を横目に、もう一口食いついた。
※ ※ ※
翌朝、エリアDへの石橋を渡る。
水蒸気まみれの濃霧で、前がよく見えない。
さながら陸に浮かぶ海面のように周囲を侵している。
最初は気にならなかったのに次第に鬱陶しくなる。
そんな時は鳩ぽっぽからもらった雨合羽が役立った。
百均の安いビニールだけど、あるとないとでは段違い。
途中、橋の中腹くらいにか。
頬に水滴が落ちて、淡く蒸発した。
思わず足を止め、手のひらで受け止める。
白く、小さな結晶は氷みたいに冷たい。
手の温度で瞬時に水滴と化していく。
「雪だ」
目を上げ、見つめた先に――白銀の世界が広がっていた。
エリアDは豪雪地帯だ、時計回りで春夏秋冬になっている。
各エリア間の境界部では雲が不自然に分断されていた。
あたかも仕切りによって、空が隔たれているかのように。
「なんでもありだな」
わずか数キロの間でここまで天候が変わるのか。
鳥肌が逆立ち始めるのを感じ、エリアDに急いだ。
※ ※ ※
足裏から伝わる積雪の感触に、気分が高揚する。
俺の地域では雪が降らない、降っても積もらない。
人知れずテンションが上っていくが、アメリアは真顔だった。
無感情なクールビューティーっぷりを発揮している。
それがどうも勿体なくて、横道に誘ってみた。
「なぁ、せっかくだし雪合戦しようよ。知っているか、雪合戦って」
「しらない」
変わらぬペースでのんびりとした答えが返ってくる。
俺は彼女の真ん前で雪をかき集め、玉として作り上げた。
「雪合戦てのは……こうして雪を丸めたら、こうっだよ」
軽くそれを放った途端、ぱちくりと瞬きをするアメリア。
細かく震えだしたかと思えば、あっという間に雪玉を作る。
すかさず腕を振り切って、鬼のようなストレートを放った。
「いたぁぁい!」
しかもいきなり石入りだ、才能あるよ。
ぺっぺっと雪を吐きだし、次弾を集める。
「お返しだっ」
渾身の雪玉は華麗にひらりとかわされた。
お返しとばかりに大量の雪玉を投げられる。
「どわぁぁぁ!」
余すことなく全弾命中した。おかげでずぶ濡れだ。
黙々と雪を集めるアメリアに慌てて降参を示す。
「わかったわかった、中止だ中止。ここで雪合戦は終了にします」
「えー」
アメリアがヘッドフォンを下げて、ぶぅぶぅ文句をいっている。
ところ構わずにまた玉を作りだしたので、別の遊びを提案をした。
「雪だるまをつくろう」
そこからは争いもなく平和的に過ごした。
俺が胴体の方をアメリアは頭の方を担当する。
二つを上下に重ね合わせ、目と口用に線を引く。
不格好ながらも完成したが、不足があると気づいた。
「マフラーがないな」
直ちにザザッと、アメリアが俺から離れた。
両手で強く握りしめては、何度も首を振る。
「だめ、渡さないから」
そんな彼女の反応を見て笑ったり、束の間の余暇を楽しんだ。
※ ※ ※
しんしんと降りつづく雪が落ち着きを払いだす。
あれから随分と歩き進め、最北にまで訪れた。
前には大きな雪像、それを超えて広大な海が見える。
雪像はドーム状に丸まった、かまくらのようなものだ。
サイズ的に三人、いや四人がすっぽりと入れるくらい。
「ないな……」
エリアDを網羅し、半周したことになる。
前に見た地図ではこの辺りに船が描かれていた。
そのまま西に渡れば、Escapeできることも。
ガセ情報だったのか、それとも見落としているだけか。
顎に手を添えて考え込む中、アメリアの小声が耳に入った。
「リリクランジュ」
「え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
リリクランジュなる人物と周囲の景色が繋がらない。
だが雪像を差しながら絞り出された言葉に頭が覚めた。
「ソラの前にいるそれが――リリクランジュ」
リリクランジュ、それは大きな大きな巨身の女性だった。