3章06話 狂う

文字数 2,848文字

「はぁ」

 何度目かのため息を一つ。
 出航日和といえぬ、曇り空だ。
 寝不足で気分も上がってこない。
 
「ふぁ」
 
 ため息が自然とあくびになる私。
 お布団への恋しさがまだ抜けない。 
 かかとを引きずるように歩いてしまう。

 やっとついたエリアDには既に先客がいた。
 OG、ミニミニ、鳩ぽっぽの三人が集まっている。
 まだ眠っているのか、ソラくんにアメリアはいない。

 何やら話し込んでいて、表情は険しい。
 理由はひと目で理解した、船が壊れてたから。

「あー……」
  
 くらくらする、気が遠くなりそうだわ。
 それはある意味、八つ当たりだったかもしれない。
 導かれるように手が上がり、ミニミニを指でさす。

「え?」 

 彼女が視線をたぐり、ピンク色のワンピースを見下ろした。
 ツインテールが地面に届き、袖口の木くずが露わになる。

「し、しらない」

 疑われていると焦ったのか、何度も小首を振った。
 それでも決定的な証拠がない状況では十分だったのだろう。
 
 皆の見る目がみるみる変わり、ミニミニから距離をとり始める。
 ところが、いつもは一番に乗っかりそうなOGがあっさり否定した。

「一概には言えないよ、修理中についた可能性だってあるからね。それよりも僕は君を疑っているんだ」

 よりによって、私に白羽を立ててきた。
 帽子をずり上げ、濁った瞳で歌うように語る。

「露骨なんだよ、犯人が袖口に木くずをつけていましたって。僕は捻くれ者だから、擦り付けを疑っちゃうね。それにソラくんがまだ来てないけど、食中毒になったりしてないかな。彼って味見役で大量に食べさせられていただろう。彼の行動力が邪魔で、鈍らせようとしたんじゃないの?」

「……なんだって?」
 
 不機嫌を隠せず、強い口調で聞き返す。
 事が事だし掴みかかっていたかもしれない。
 だが私が行動へ移す前に、こっそりと耳打ちをしてくる。

「怒んないでよ、本心じゃないからさ。誰かはきっと僕らの敵対心を煽っている。潰し合わせたいんだよ。なら見せかけだけでも争っているように振る舞おうよ。そして、最後の最後で出し抜いてやるのさ」
  
 私は思わず、彼を二度見した。
 半笑いの表情じゃない、真剣に瞠目している。
  
「船の破損は大した問題ではない、今日中に直せるさ。でもね、食料がないんだよ。食べられたか海に捨てられたかは知らないけど、半分以上が消えているね」

「な!?」

「さー気を取り直して船直そ。次からは交代で見張りを立てればいいさ」

 さらっと問題発言をして、流すように離れる。
 アメリアを背負ったソラくんまで合流してきた。

 何事もなかったかのように、修理を再開している。
 私は穴だらけになった船を見つめ、頭を掻き毟った。
  
※ ※ ※

「なんで昨日の今日で来るのよ。一日くらい開けるでしょ普通」

 真夜中のエリアDで待つこと数分、ミニミニが現れた。
 ふらふらと覚束ない足取りで、船に向かっている。
 どうにかしない限り、完全にイタチごっこね。

 かといって変に糾弾すれば、遺恨を残すかもしれない。
 結束に影響を来さぬよう、穏便に説得するのがベストだ。
 
『ここに、この世界に――ミニの家族がいるらしいの。見つけだすまで帰れない』
  
 ミニミニの発言を思い出し、考えながら歩く。
 じゃあ、一体誰が彼女の家族だったのだろうか。
 それらしい言動や素振りは特に見当たらなかった。
 
 ただ家族という観点で、存在感を見せた人物はいる。
 兄姉に固執していたが、先入観ではないかと思われる。

 事実、船を壊していたミニミニの目は――リリクランジュに似ていた。
 宗教団体の話を聞かなくなった頃とミニミニの年齢は同じくらいか。
 娘として可愛がっていた人形の服装とミニミニの服装は瓜二つだ。
 
 仮にミニミニがリリクランジュの娘だと過程しよう。
 知ってどうなる、リリクランジュは消滅したのだ。
 怒りの反動がソラくんに向かうかもしれない。
 
 私はミニミニに近づいていき、肩を掴んだ。
 前に振り向かせ、覗き込むように目を合わせる。

「よく聞きなさい」

 彼女は一人で、いつも自分本位だった。
 幼女にしては媚びず、逞しく生きている。
 自分さえよければいい、その典型だった。

「あなたの本当の家族はね」

 嘘は今まで飽くほどついてきた。
 良い嘘も悪い嘘もこの舌は躊躇がない。
 何より、今は真実がさして重要ではない。
 
「――()()

 だから別に傷んだりしなかった。
 都合のいい駒を手にしたと喜びが勝る。

「会いたかったわ、私があなたのお姉ちゃんよ」

 ミニミニの目が広がり、潤い始めていく。
 最適解が身体を動かし、彼女を抱きしめた。
 わんわん泣きだす小さな頭を機械的に撫でる。

「大丈夫、大丈夫よ。これからはお姉ちゃんが一緒だから。お姉ちゃんと一緒に、この世界から出ましょう」
 
 あぁ、私は今――どんな顔をしているのだろう。

※ ※ ※

 一度堕ちてしまえば、後は簡単だった。
 本当は心のどこかでずっと疑っていたのだ。

 ミニミニは馬鹿だけど、裏切り者は他にいる。
 私たちを戦わせ、潰し合いを計った人物がいる。

 いつぞやはソラくん達に『ロードが怪しい』と告げた。
 彼は地図を頼りに何度も探したが、見つからなかった。
 ただ一点、探すに探せない場所が気になっていたのよね。

「よし、ゴー!」

 エリアBにつき、ミニミニをけしかける。
 荷物を持って出てきた鳩ぽっぽに突撃させた。

「鳩ねえちゃん~!」
 
「え? わ~!」

 遊んで遊んでと絡まれ、引きずられて出ていく。
 見えなくなるくらいにまで、遠くに追いやられた。

「さて……」

 頃合いを見計らいながら、鳩ぽっぽの家に入る。
 慌てていたのか、床下収納は開きっぱなしだった。

「馬鹿ね、隠すならしっかり隠しなさいよ」

 悪態を一つに、梯子を下って地下にいく。
 中は頭が擦れるほど狭く、ロフトみたいだった。
 所狭しとダンボールが敷きつめられ、奥には――。

「ロード・リンクス」

 噂に聞く、彼がいた。
 浅黒い肌、大きめな服と特徴が一致している。
 両手足は手錠、足枷によって四方で括られていた。

「大丈夫、生きてるわよね?」

 私の声かけにも、ぼんやりと反応が鈍い。
 生気はなく、口から魂が抜けているみたいだ。

 あいにく鍵は持ってないけど、鎖が錆びついていた。
 少し引っ張ってやれば切れたり、支えごとなくなる。

「立てる?」

 手首、足首に枷をつけたままロードが立ち上がる。
 軽く会釈し、指先で空中に文字を書いてみせた。

『ありがとう』

 これまた噂通りに、筆談で話すらしい。
 するりと私の横を抜け、梯子に消えていく。

 なぜ鳩ぽっぽは彼を隔離していたのだろう。
 運営として都合の悪いことでもあったのかしら。
 もしくは鳩ぽっぽ個人が勝たせたかったとか?

 わからない、わからないけど他人はやっぱり信用できない。
 誰しもが腹に何か抱え、それを隠しながら生きている。
 私は自身の掌を見つめながら、夢うつつに呟いた。

「やっぱり最後の最後で信じられるのは自分だけね」
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