1章12話 雲外蒼天

文字数 2,542文字

 ――97

 目を開くと、例の数字が映り込んだ。
 大小サイズを変えながら点滅をしている。
 思わず手で払い除けると、雑木林が広がった。
 
 自分で決断したとはいえ、エリアAに逆戻りだ。
 テンの姿は見当たらずとも、きっと復活している。

 俺は辺りに散らばる木くずを一つ、拾い上げた。
 ガリガリと地面に俺とテンを書き、不等号で繋ぐ。

『ソラ<テン』

 しかしよくよく考えて、不等号を加えた。

『ソラ<<<テン』

 それから今度は”強み”を書き連ねた。
 剣さばき、身体能力、闘争心って感じだ。

 対して俺は跳躍が自慢なだけの高校生。 
 喧嘩も誰かを殴った経験も当然ない。

「なら――弱みは?」

 うんうん唸る一方で、不躾な声がした。
 俺は少し悩んだ後、『執着心』だと答える。

 あまりにも過剰すぎるが上、毒になっている。
 うまく扱えば、逆手に取れるに違いない。

「いや、違う」

 テンの死に際にみた数字を思い出せ。
 彼の最大の弱点を確かに目にしたはずだ。

()()()()()

 短いようで遠い道のりだが、残り命は”9”である。
 そう考えると、残基と復活時間は関係あるのかもしれない。
 だって9つくるより、90つくる方が時間かかって大変だろ。
 
「ラ」

 人心地つき、木の枝を置いた直後にどこからか声がした。
 遠く、か細い女性の声だ。釣られるようにして足が向かう。

「ソラ」

 そこには海を堺にして、アメリアが立っていた。
 風が冷たいのか、ポケットに手が入っている。

「アメ……」

「みんな怒ってる、『これでは意味がない』って」

 いきなり出鼻をくじかれた。 
 目の前にいたらビンタされてそうだ。
 俺は口元に手を添え、大きすぎない声で返した。

「仕方ないだろ、テンは泳げなくても崖を渡れたんだ。誰かが止めなければ、また争いになる」

「ソラがする必要もない」

 しかし間髪入れずに言い返され、あえなく沈黙する。
 全くこれだから現実主義者は、ロマンがないよ。

 俺は口をつぐみ、目まで閉じて深く考えた。
 初対面から会合まで思い出し、開眼を経て答える。

「わかっているよ、ただ俺自身がやりたいんだ。やられっぱなしだし、借りを返したい。あいつとは一勝一敗一分で決着もついていないしな」

 アメリアは無表情のまま、ため息を打ち上げた。
 白色が暗闇に溶け込んで、月明かりの下に消える。
 
「今、イリスが死に戻りしている。生き返ったら『助けにいく』って言い出すと思う。だから夜明けまでね。それ以上は止められないから」

 次に前を向いた時、アメリアの姿はなかった。
 僅かな温風とともに、独り言のような声が届く。

「ばか、意地っ張りのお空ばか。負けちゃ嫌だからね」

 最後に随分と不満をぶつけられたが、応援はしてくれたか。
 物音一つしなくなった世界で、無意識に頭を掻く。
 振り返り、森の奥に進みながら独りごちった。

「あぁ、見てろよ。絶対に勝ってみせるから」

※ ※ ※

 星々が強まる深夜の時刻にて、テンが現れた。
 ゾンビのようにゆらゆら肩を揺らしている。
 
 刀身は既に鞘から抜かれ、むき出しの状態だ。
 目は閉じていても、俺の存在に気づいたらしい。
 
 徐々に歩幅が広くなり、身を低くした駆け足になる。
 人の形をした恐怖が弾丸のように迫ってきている。

 俺は動いた、笑みすら浮かべていたのかもしれない。
 右足を反らし、テンの突きに側面から蹴り上げる。

 ギィィィィン!

 鈍い痺れを経て、テンが刀を握りながら仰け反る。
 あまりにも不格好な体勢ゆえ、自然と笑えてしまう。

「――やっぱり」
 
 テンと何度か対峙した結果、わかったことがある。
 彼は一時たりとも、右手から刀を失った瞬間がない。
 どんなに落としかねない場面だろうと絶対に離さない。

 それこそが彼の執着心、まるで大きなお子様だ。
 やり返さないと気が済まないのも正しくそう。

「ふっ」
 
 テンはもう片方の手も動員させ、両手で柄を握った。
 薄目の双眼で漠然と見下ろし、一気に振りかぶる。
 
 切っ先が胸元に抉り込むも、背を向けてやった。
 刀がそのまま真下にいき、足元の地面を裂く。
 俺はそのまま回転して、テンの頬を捉えた。

 小気味いい感触とともに、微かな痺れが抜ける。
 テンが後方に倒れかけ、左足を後ろに下げた。

 転倒は防いだものの、手元がお留守になっている。
 そんな一瞬の好機を逃すわけなく、俺は手を伸ばす。
 
「もーーらった!」

 テンの刀を奪い取り、天高く掲げてみせた。
 一陣の風が吹き、彼はあんぐりと大口を開ける。

 予想だにしない展開だと、表情が雄弁に物語っている。
 俺は彼にウインクをして、脱兎のごとく逃げ去った。

※ ※ ※

 北へ北へと夢中で走る。
 転げるように山を超えた。

 刀が邪魔くさく、思うように速度は出ない。
 それでも無理やり押しやって、目的地に急いだ。

 何せ後方には鬼のような形相で猛追するテンがいる。
 しかもただ追いかけるだけでなく、石を投げられた。
 距離は徐々に詰められていき、ふとした足音が重なる。

「つかまえた」

 怨念じみた声が耳から脳に抜けた。
 振り返る間もなく、顎を突き上げられる掌底。

 意識が飛びかけるが、歯を食いしばって耐える。
 足を踏み抜き、腕ごと刀を横に振り払った。

 ブンッ!
 
 風切り音を放ちながら、切っ先が左肩に回る。
 空振りだ、すれすれで回避されてしまった。

 かと思えば、テンが飛びついてくる。
 ガチンと、歯と歯の合わさる音がした。 

 ……恐ろしい、彼の闘争心には驚かされてばかりだ。

 次から次へと攻撃を出され、顔にふりかかるのを感じた。
 目、口に異物が入る。砂だと悟る前に、肩から激痛が走った。

「ぐ」

 いつしか刀を奪い取られていたらしい。
 霞む視界の中で、テンが刀を振りかざす。
 
 でも避けられない、足が踏みつけられている。
 何もできず、上腹部に刀が入り込んでいく。

「ごふっ……」

 口元から血がこぼれ、ズボンに染みをつくる。
 瞬く間に力は抜け落ち、その場で尻もちをついた。
 だけど俺は勝ち誇ったように笑みを浮かべてやった。
  
 いつもは鬱陶しく感じるそれが、頼もしく感じたからだ。
 握りこぶしを解き、血を吐き出しながら前を見据える。

  ――STOCK 25

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