2章11話 剣山刀樹

文字数 2,675文字

 空気を切り裂く弾丸として、リリクランジュに詰める。
 刀を持てばすり足になり、雪にもつれなくなった。

 冷気を帯びた風さえも闘争心に満ちた身体には涼しく感じる。
 俺はテンの刀を胴体持ちしながら、リリクランジュを一閃した。

「硬った……」

 が、浅い。刀が入り切らずに弾かれる。
 でも何があろうと足だけは止めない。
 走り抜け続けることを意識する。

 彼女は優に五メートルもある巨体だ、小回りは利くまい。
 現に棒立ちのまま、殺意にまみれた視線を追従させている。
 
「鬱陶しい!」

 瞬間、リリクランジュが大きな悪態をついた。
 口汚い言葉とともに、その場で足踏みを始める。

 地震をも錯覚させるほどの振動が伝わる。
 積雪が崩れ、地面は凹もうと速度は落とさない。
 
 俺の剣術なんてまだまだ付け焼き刃だ。
 複雑な太刀筋はできず、位置を狙ってもズレる。

 だが、最強の脚がある。
 リリクランジュの足がつく一瞬に飛び込み、斬りつけるなど朝飯前。
 まともに傷つけられずとも、ダメージは蓄積されているはずだ。
 
 この調子、この調子で攻め続ければいい。
 無敵な人間なんていないんだ、必ず綻ぶ。

 ――ブンッ

 急激な風切り音が身を駆け抜けていった。
 向かい風に瞼が下がり、雪の粒が口に入る。

「うそ、だろ……」

 どうやら俺は増長していたらしい。
 互角に戦えていると過信していたのだ。

 一瞬はリリクランジュが片足立ちしていると誤解した。
 でも、そうじゃない。足を反らし、溜めをつくっている。

「まずい」

 と察するのと同時に、宙を舞っていた。
 意識でも飛んだのか、遅れて痛みがやってくる。

 怒り狂った彼女がそれだけで許すわけはない。
 即座に俺を手のひらで、力の限りに叩き落した。
 雪の中に埋もれるも、続けて何度も踏みつけられる。

「消えろ! 消えろ! 消えちまえー!!」

 骨のへし折れる音がする。
 四肢が震え、全身から抜け落ちる。

 ――STOCK 27

 カウントダウンのように減りゆく命を感じる。
 存在を否定するような言葉と追撃が止まってくれない。

「お前らはもう終わったんだ! 終わった人間なんだろ! 薄汚いんだよ! 居なくなれ、居なくなれ!!」

 再度乱暴に踏みつけられ、深々と身体が沈む。
 一瞬、ほんの一瞬だけ『負け』って言葉が過ぎった。

 たまさかに、刀を握る手のひらが熱を帯びていく。
 俺は呂律の回らない口で自身に言い聞かせた。

()()()()()()

 俺はテンに勝った、勝ったと宣言した。
 だから俺はお前より強くあらねばならない。
 戦え、負けるな――みんなで生きて帰るんだ。

「一瞬だ、一瞬だけでいい」

 奥底に眠っていた力がきびきびと湧き上がる。
 心を通って右手に集まり、握りこぶしをつくった。
 踏みつけんと迫りくるリリクランジュの足元で刀を出す。

 ――絶叫、絶叫、絶叫。

 つばに足裏がつくほどに深くめり込んだらしい。
 リリクランジュが怪獣みたいな雄叫びを上げる。

 雪上でのたうち回って転がり、痛みを発散している。
 押し込む力が足りなければ借りれば良かったんだ。
 俺は刀を引き抜き、彼女の元に向かう。

「腕の回転を意識しろ」

 一歩。

「刀筋を通せ、衝撃にも決して力を抜くな」

 一歩近づくにつれ、低く絞り出された声が聞こえる。

「恐れるな、それは貴様の手足だ」

 リリクランジュの首元めがけ、大きく飛翔する。
 両手で柄を握りしめ、力の限りに振りかぶった。

「「たたっ斬れ!」」

※ ※ ※

 ――STOCK 74

 俺は絶望していた。
 渾身の一刀がまるで効いていない。
 首筋から血は流れず、刀が刃こぼれしている。

「うぅぅぅぅぅぅぅ!」

 それでも怒りは十二分に買ったらしい。
 身を低くしたまま、リリクランジュが唸っている。

 すかさず掌底を飛ばしてきたが、読んでいたのですぐに避けた。
 しかもただ逃げ回るだけじゃない、相手の動きに合わせて――。

「斬る」

 浅い切り傷はつくけれど、血はでずに刃こぼれがひどくなる。
 異常だ、彼女の硬さは。人を斬っているとは思えない。
 中に金属か何かでも入っているんじゃなかろうか。

 おかげで攻撃を続けるほどに刀が欠けていく。
 俺は柄を握りしめ、囁くように問いかけた。

「持ちこたえてくれるか? 希望を紡ぎたいんだ」

 まだ俺は何も成しちゃいない。
 リリクランジュの真意を知り、認めさせることも。

「潰す、潰す――」

 リリクランジュが憎悪をまとわせた風体でゆっくりと立ち上がる。
 腰を低くし、噛みつかんとばかりに闘志を燃やしているようだ。

 テンとは立ち向かう勇気を学んだ。
 絶望的な場面に何度も敗北を覚悟した。

 彼だって恐怖心はあったはずだ。
 己を高めるために虚勢を張り続けたんだろう。

 俺だってそうだ、怖かった。傷ついた。
 心配してくれた人たちを不安にさせてきた。
 手を伸ばせば届きそうな空に固執し続けた。

 努力の果てに叶う夢を信じて。
 ほんの小さな意地を胸に素直になれず。

 ――フッ

 突如、刀を落としたかのような喪失感を覚えた。
 今まではずっしりとした重さがあったのに、随分と軽い。
 目と鼻の先にまで刀を持っていき、わざわざ確認したぐらいだ。

 白銀の輝きを前に足が動かなくなる。
 熱でも引いたかのように身体が熱くなった。

 湧き上がる闘争心が止められない。
 口から低音のつぶやき声が溢れる。

「推して参る」

 大きな大きな手のひらが迫る。
 成人男性がすっぽりと埋まるぐらいだ。

 俺はそれに刀を払い、つば迫り合いを図った。
 受けるのは身体が吹き飛びかねないほどの衝撃。
 神経が鋭く尖り、鳥肌は一斉に逆立つのを感じる。

 ミシミシミシミシ

 刀の悲鳴が耳元にまで届いてくる。
 熱き輝きだけは決して失っていない。
 圧倒的な力の差に恐怖心が興奮に変わりゆく。
 
「いけ」

 徐々に、俺の刀がリリクランジュに押し退けられる。
 弱気にはならない、寸分の狂いも勝利を疑わない。

「いけ……」

 足で大地を踏みならし、視線で彼女の手を殺す。
 燃え上がる闘争心の炎で焼死してしまいそうだ。

「いっけぇーー!!」

 刹那、反発力がふっと消えたような気がした。
 呆けた瞳が宙を舞う二つの何かを捉える。

 リリクランジュの手だ。
 人差し指、中指、薬指、小指が見える。

 中手骨を横に切り落としたのだろう。
 彼女の手のひらが大部分を落としている。

 視界の隅では白色の何かが後方に飛んでいく。
 途端に冷や水をかけられたように冷たくなった。

 刀身だ――。

 確認するまでもない、伝わってくる重さでわかる。
 テンの刀が真っ二つとなり、一生を終えようとしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み