1章08話 防雲

文字数 3,022文字

 この世界には北東から時計回りで四つの島がある。
 それぞれに固有名称はなく、エリア名で連番らしい。
 区別して呼ぶ必要があるほど、島ごとの特色は異なる。

 エリアAは森林地帯にて、隠れやすいジャングルだった。
 逆にエリアBは――日陰も何もない灼熱地帯の砂漠になる。
 
 波のようにうねる熱気、サンサンと自己中な太陽。
 お前のせいで地平線の向こうまで緑がないぞ。 
 砂粒だらけの地面は足をくるぶしまで隠す。 

 何だろう、たった一歩でもとてつもない不快感だ。
 スニーカーを脱ぎ、中の砂を捨ててまた歩く。
 
 二、三度は繰り返したけどキリがなくてやめた。 
 足つぼマッサージと思えば、我慢できなくもない。

 自然と余裕もでてきて、前を向くようになる。
 したら、アメリアの肩がけライフルに目がついた。

 いつもだったら大騒ぎするけど、今は俯瞰的にみれる。
 テンの刀と同様に、運営からの配布武器なのだろう。
 ときにイリスの武器が何だったのか聞きそびれた。

 そんなことを考えながら、黙々とただ歩く。
 喉は既に限界だ、カラカラに干上がっている。

「――見えてきたよ」

 唐突なアメリアの声に、ふと目が覚めた。
 遠方のやや窪んだ場所にて、水たまりがある。
 ぐるりと木々に囲まれたそこは、まるでオアシスだ。

「水」

 気がつけば、脇目も振らずに駆けだしていた。
 湧き出る力があっという間にアメリアを抜かす。
 水たまりにつくや否や、身を屈めて口をつけた。

「おやおや、初顔だね」

 出し抜けに、横から声が飛んできた。
 ぴたっと静止して、首だけが向く。

「うっ」

 みるみる吐き気が込み上げ、顔を離して手で隠す。
 何せそこらのおっさんが風呂みたいに浸かっていた。

 一糸まとわぬ裸でも帽子は被り、両肘をつけている。
 長身の痩型で、伸び放題なひげ面から四十前後とみた。
 
 理性と欲望がせめぎ合い、結局水を吐き捨てる。
 対して彼は肩をすくめるような仕草で笑った。

「あれ、なにそれ? おっさんが浸った水なんか飲めないってわけ? 神経質だねぇ、別に変わりはしないよ。ほら、みてごらん。僕なら平気で飲めるよ、ごくごくごくごく」

 わざとらしい音を立て、美味しそうに飲む。
 会って数秒だけど確信した、この人は変人だ。
 テンの敵対もイリスの協調もなく、唯我独尊って感じ。

 飲む飲まないのやり取りの間に、アメリアが追いついた。
 水たまりに浸かった男性を二度見して、軽蔑の半目になる。

「そのままでも良いから、テンの捕縛計画は?」

「ん? あぁ、もうやめたよ」

 マイペースな口調は変えずとも、さらっと空気を変える。
 右手を振りながら、お気楽な声色で歌うように囀った。

「だって辛気臭いじゃん、誰かを捕まえるなんてさ。嫌いなんだ。もっと気楽に行こうよ。テンくんも僕らが逃げようとしなければ、焦って凶行に走らないって。ねね、脱出なんかやめて永住しちゃお。ユー永住しちゃおうヨー」

 日の浅い俺ですら苛立ちを覚える方向転換っぷり。
 なら脱出に専念していたアメリアたちは相当だろう。
 
「コロス」

 のんきなおっさんに銃口を押し当て、引き金に指をかけた。
 冷ややかに見下す青色の目は、冗談と思わせぬ威圧感がある。
 すかさず男性はくるりと向き直り、何度も両手で地面を叩いた。

「わー待ってよ待ってよ。君たち脱出派なんでしょ、そんなすぐに暴力に訴えちゃ駄目だって。おまけに僕今、裸だよ。撃たれて死んだら、真っ裸のまま彷徨うことになるけど、それでもいいわけ?」

 足元の砂場に水滴が飛ぶくらい、迫真ごもった命乞いだ。
 隣で伸びたヤシの木も一緒になって騒いでいる気がする。

 遠巻きで見ている俺ですら、恥ずかしくなってきた。
 その後何やら一言二言を経て、アメリアが銃を下げる。

「とりあえず服を着て」

「はいはい、お安い御用さ」

 おっさんが促され、カゴらしきものを手繰り寄せる。
 パパッと服を抜きだし、そのまま水中で着替えたらしい。

 長袖のシャツに真っ黒なコートといった格好で出てくる。
 俺はアメリアに顔を近づけ、こっそりと耳打ちをした。

「この人信用できるのか?」

「OGだよ」

 囁き声がおっさんの耳にも届いていたらしい。
 ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、話に入られる。

「この人じゃない、

って呼んでよ。信用するかどうかは君が決めればいいさ。まぁ、僕的には敵でも味方でもないかな。皆殺しのゲームクリアも平和的な脱出も興味ないんだ、今に満足しているからね。現代なんかより、よっぽどで静かで良い世界じゃないか。どんな形になるにせよ、僕はここで最期を迎えたいね」

「……どうする?」

 アテは外れてしまい、横目にアメリアの判断を仰ぐ。
 彼女はマフラーで口元を埋め、考え込むように黙った。
 照りつける日差しの中、お気楽なOGが代弁してくる。

「とりあえずさ、ご飯にしない? 過ぎたことをいつまで悩んだって仕方ないんだしさ」

※ ※ ※

 アメリアと二人、丸太に座ってOGを見守る。
 彼はてきぱき薪を拾い上げ、井桁に組んでいた。

 焚き火は焚き火でもキャンプファイアー式らしい。
 中の炎が円錐状に燃え盛り、ぱちぱち音を立てている。

 風情ある光景に目を奪われるも、OGの視線とかち合った。
 彼が厚毛のコートを投げて寄越し、片目を閉じてウィンクする。

「着なよ、ここの夜は冷えるからね」

 言われてみれば、夕日が地平線に沈みかけていた。
 降水量の少ない砂漠では湿度がなく、乾燥している。
 だから熱が溜め込められず、夜は極寒になるのだとか。

 そんなうんちくを片すみに、黒のコートに袖を通す。
 しっかり前まで閉じた時、いきなり後ろで大声がした。

「あーー!!」

 反射的に顔が上がり、声のした方を目線で探る。
 奥の山なりだ、小さな人影が飛び跳ねていた。
 
「やーっと見つけましたです! もうもうもうもう!!」

 ひとしきり騒ぎ立てては、砂埃を背に駆け出してくる。
 灰色のジャージに短いスカート、健康的な短髪は――鳩ぽっぽだ。

「やぁ、鳩くん。遅かったね」

 怒りの形相で迫りくる鳩ぽっぽに、OGが手を振り返した。
 大慌ててに彼女は急停止をして、勢い任せに騒ぎだす。

「だーれのせいです、だ・れ・のー!? 『位置情報をオフにしないでください』って口酸っぱく、言ってるじゃないですか! 場所がわからなくなるのです!!」

「ごめんごめん、ちょっとからかいたかったんだ」

 それを軽い調子でなだめつつ、ビニール袋を引ったくる。
 鼻歌交じりにスキップしながら、焚き火に向かっていった。

「まったく……」
 
 収まりが効かないのか、鳩ぽっぽが文句をいっている。
 慰めてやるかと思い立った矢先、アメリアが動いた。

「ぽっぽ、おいで」

「アメリアさ~ん」

 文字通り、鳩ぽっぽのやつが飛びつく。
 胸元にすっぽりと収まりながら顔を埋めた。

「皆さんが虐めるんです~!」

「よしよし」

 正直、内心驚いた。
 アメリアってそんな情深い振る舞いするんだ。
 無言で避けるか、蹴り返してやるイメージだった。

 しかしそれはほんの数秒で、また覆される。
 アメリアが頭上で手を組み、大きく掲げたのだ。
 
 おいおい泣く鳩ぽっぽの首に勢いよく振り下ろす。
 正式名称は確か――ダブルスレッジハンマー。

「ひん!?」

 完璧。完璧といっても差し支えないほどに決まった。
 鳩ぽっぽが目を丸くさせ、ずるずると崩れ落ちる。
 
 俺はこの時改めて痛感していた、この世界の異常性を。
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