2章04話 指一本
文字数 2,452文字
雪雲の隙間から日差しが差し込む。
明るみの増す視界ではリリクランジュがよく見えた。
全身に雪を積もらせたまま、膝を抱え込んでいるらしい。
緩やかに上下する肩口をみて、生きているのだと実感する。
それほどまでに人間離れした体躯ゆえ、見上げる首も痛い。
俺は音を立てないように気をつけつつ、彼女の周囲を回った。
縦幅おおよそ三メートル、ふくよかなお腹が少し膨らんでいる。
「なぁアメリア、船はどこに――」
「だれ?」
なかなか見つからないそれを尋ねる。
するとどこからか、甲高い声が降ってきた。
わざわざ確認しなくとも、複数のことを悟る。
彼女が起きたこと、起こされて腹を立てていること。
「ソラ!」
アメリアの声とともに、眼下の影が強くなる。
即座に離れ、転ばぬように片手をついた。
バンッ!!
タッチの差で、巨大な手が地に吸いつく。
骨ばった手だ、クレーターみたく雪が凹んでいる。
「避けないでよ!」
舌打ちをして、リリクランジュが足を突きだす。
早い上に範囲が広く、避けきれずに両手で防いだ。
――STOCK 1
ほんの僅かな一瞬だけ、意識が飛んだらしい。
木を背に寄りかかりながら血を垂れ流している。
何本かヒビでも入ったらしく、全身の骨が軋んだ。
目の前で例の赤黒い数字が薄っすらと浮かんでいる。
「大丈夫?」
すぐさまアメリアが飛んできて、肩を貸してくれた。
お言葉に甘えて立ち上がっては、今更な質問をする。
「リリクランジュってどんな人だ?」
「癇癪持ちの発狂おばば、めちゃくちゃ強い」
「そうかい……」
片頬がひきつる。間髪入れずに予想通りの答え。
傷口とは違った痛みが脳内に染みていく。
俺は何とか息を整え、リリクランジュを見上げた。
ただでさえ巨体なのに、二足の彼女はさらにでかい。
細長く、スレンダーな身体はまさしく”樹木”だ。
顎が信号機に乗るぐらいのサイズ感だろうか。
純白で綺麗なワンピースを纏い、左胸に何か抱えている。
遠巻きながらに大きい、流線型のフォルムをした三角錐だ。
「――クルーザーか」
困惑具合が伝わったのか、アメリアが銃に手を伸ばす。
それを片手で制して、リリクランジュの元に歩んだ。
「あくまで目的は船だ、交渉するよ」
結局、リリクランジュに目を向けて速攻で後悔をした。
般若も涙ながらに逃げだすほど、怖い顔をしてらっしゃる。
カッと目を見開き、黒々とした瞳孔はみるみる広がっていた。
「出てけ!!」
あまつさえ、大口を開けた叫声で一喝される。
自ずと首がすくみ、鼓動が太鼓を鳴らし始めた。
もし、この場に俺だけなら耐えられなかっただろう。
何をしでかしてくるかわからない心理的な怖さがある。
逆に一人じゃないからこそ、何とかしようと動かされた。
「その船、譲ってくれないか。皆で逃げだすのに必要なんだ」
「なんで?」
全く感情のこもっていない反復の聞き返し。
本当にわけがわからないように小首を傾げた。
「なんでリリがあんたらのために譲らないといけない?」
続けざまに考えていた台詞が一瞬で飛んだ。
反論の言葉ならいくらでもあるのに、口をつぐまされる。
「ねぇ、なんで? なんでなんでなんで? そもそもお前誰だよ? 気軽に話しかけてこないでよ? 船を渡すって何?」
なんでなんでなんで、とうわ言のように繰り返す。
淡々と吐き出される言葉は雨のように止めどない。
一歩的な喋りではあるが、イリスとは違う。
俺に向かっているようで、独り言にも感じた。
「ソラ、あれ――」
そんな折、アメリアに呼ばれてリリクランジュの仕草に気づいた。
片手でゆらゆらとクルーザを揺らしては、微笑んでみせている。
何の意図かわからなかったが、アメリアの一言で悟った。
「赤ちゃんの人形がいる、クルーザの中に」
さすがはスナイパーといったところか。
俺には見えないけど、アメリアには見えたらしい。
クルーザーは赤子をあやす揺りかご代わりってことか。
「話聞いてた? いつまで見てんの?」
首がぐるりとネジ曲がり、リリクランジュと目が合う。
「きらいきらいきらいきらい」
彼女の罵声が止まらない。
より一層に熱を帯び、大声と化した瞬間。
「どっかいけ」
鋭い舌打ちとともに、平手打ちが飛んできた。
あっと発声する間もなく、宙に身体が吹っ飛ぶ。
点滅する赤文字はゼロを刻み、霧のように消えた。
※ ※ ※
――69
いつもながらに目覚めが悪い。
起床というより、意識を戻す感覚だ。
鼻先に浮かぶ黒縁の赤文字がうっとうしい。
息を吐きかけて消せば、視界が晴れ渡る。
エリアDの雪島で、大の字になっていたようだ。
アメリアに顔を覗き込まれ、のんびりと挨拶をする。
「おはよう」
「うん、おはよ」
そのままぼんやりと、どうすべきかを考える。
リリクランジュとのやり取りは取りつく島もなかった。
一つ聞いた内容を十にも膨らませ、被害妄想で暴れる感じ。
「わたし達だと駄目なのかも」
俺の弱音でも読んだように、アメリアが呟いた。
相づちを打ちかけたが、少しして気づく。
「わたし達だと……?」
含みのある言い方だ。
他の人なら可能性があるとも読める。
事実そうだったらしく、例の幼女を挙げられた。
「ミニミニなら可能性があると思う。リリクランジュがお母さんである以上、子どもには優しいはず。何か交渉の糸口になるかもしれない。行こう、エリアCに戻らなきゃ」
アメリアの手を取り、腰を浮かして起き上がる。
ゆっくりと来た道を戻りながら、指折りで数えた。
――俺、アメリア、イリス、OG、リリクランジュ、ミニミニ、ロード・リンクス。
会えていない人もいるが、これが残りの七人。
脱落した人物にテンと軍服姿の男がいたらしい。
まだ二人、されど二人だ。
できればこれ以上、誰も亡くならないようにしたい。
「でもなぁ……」
リリクランジュのいた方をみて、ため息を打ち上げる。
正直にいえば、この時点で既に覚悟はしていた。
彼女とは命がけで戦うことになるのだろうと。
明るみの増す視界ではリリクランジュがよく見えた。
全身に雪を積もらせたまま、膝を抱え込んでいるらしい。
緩やかに上下する肩口をみて、生きているのだと実感する。
それほどまでに人間離れした体躯ゆえ、見上げる首も痛い。
俺は音を立てないように気をつけつつ、彼女の周囲を回った。
縦幅おおよそ三メートル、ふくよかなお腹が少し膨らんでいる。
「なぁアメリア、船はどこに――」
「だれ?」
なかなか見つからないそれを尋ねる。
するとどこからか、甲高い声が降ってきた。
わざわざ確認しなくとも、複数のことを悟る。
彼女が起きたこと、起こされて腹を立てていること。
「ソラ!」
アメリアの声とともに、眼下の影が強くなる。
即座に離れ、転ばぬように片手をついた。
バンッ!!
タッチの差で、巨大な手が地に吸いつく。
骨ばった手だ、クレーターみたく雪が凹んでいる。
「避けないでよ!」
舌打ちをして、リリクランジュが足を突きだす。
早い上に範囲が広く、避けきれずに両手で防いだ。
――STOCK 1
ほんの僅かな一瞬だけ、意識が飛んだらしい。
木を背に寄りかかりながら血を垂れ流している。
何本かヒビでも入ったらしく、全身の骨が軋んだ。
目の前で例の赤黒い数字が薄っすらと浮かんでいる。
「大丈夫?」
すぐさまアメリアが飛んできて、肩を貸してくれた。
お言葉に甘えて立ち上がっては、今更な質問をする。
「リリクランジュってどんな人だ?」
「癇癪持ちの発狂おばば、めちゃくちゃ強い」
「そうかい……」
片頬がひきつる。間髪入れずに予想通りの答え。
傷口とは違った痛みが脳内に染みていく。
俺は何とか息を整え、リリクランジュを見上げた。
ただでさえ巨体なのに、二足の彼女はさらにでかい。
細長く、スレンダーな身体はまさしく”樹木”だ。
顎が信号機に乗るぐらいのサイズ感だろうか。
純白で綺麗なワンピースを纏い、左胸に何か抱えている。
遠巻きながらに大きい、流線型のフォルムをした三角錐だ。
「――クルーザーか」
困惑具合が伝わったのか、アメリアが銃に手を伸ばす。
それを片手で制して、リリクランジュの元に歩んだ。
「あくまで目的は船だ、交渉するよ」
結局、リリクランジュに目を向けて速攻で後悔をした。
般若も涙ながらに逃げだすほど、怖い顔をしてらっしゃる。
カッと目を見開き、黒々とした瞳孔はみるみる広がっていた。
「出てけ!!」
あまつさえ、大口を開けた叫声で一喝される。
自ずと首がすくみ、鼓動が太鼓を鳴らし始めた。
もし、この場に俺だけなら耐えられなかっただろう。
何をしでかしてくるかわからない心理的な怖さがある。
逆に一人じゃないからこそ、何とかしようと動かされた。
「その船、譲ってくれないか。皆で逃げだすのに必要なんだ」
「なんで?」
全く感情のこもっていない反復の聞き返し。
本当にわけがわからないように小首を傾げた。
「なんでリリがあんたらのために譲らないといけない?」
続けざまに考えていた台詞が一瞬で飛んだ。
反論の言葉ならいくらでもあるのに、口をつぐまされる。
「ねぇ、なんで? なんでなんでなんで? そもそもお前誰だよ? 気軽に話しかけてこないでよ? 船を渡すって何?」
なんでなんでなんで、とうわ言のように繰り返す。
淡々と吐き出される言葉は雨のように止めどない。
一歩的な喋りではあるが、イリスとは違う。
俺に向かっているようで、独り言にも感じた。
「ソラ、あれ――」
そんな折、アメリアに呼ばれてリリクランジュの仕草に気づいた。
片手でゆらゆらとクルーザを揺らしては、微笑んでみせている。
何の意図かわからなかったが、アメリアの一言で悟った。
「赤ちゃんの人形がいる、クルーザの中に」
さすがはスナイパーといったところか。
俺には見えないけど、アメリアには見えたらしい。
クルーザーは赤子をあやす揺りかご代わりってことか。
「話聞いてた? いつまで見てんの?」
首がぐるりとネジ曲がり、リリクランジュと目が合う。
「きらいきらいきらいきらい」
彼女の罵声が止まらない。
より一層に熱を帯び、大声と化した瞬間。
「どっかいけ」
鋭い舌打ちとともに、平手打ちが飛んできた。
あっと発声する間もなく、宙に身体が吹っ飛ぶ。
点滅する赤文字はゼロを刻み、霧のように消えた。
※ ※ ※
――69
いつもながらに目覚めが悪い。
起床というより、意識を戻す感覚だ。
鼻先に浮かぶ黒縁の赤文字がうっとうしい。
息を吐きかけて消せば、視界が晴れ渡る。
エリアDの雪島で、大の字になっていたようだ。
アメリアに顔を覗き込まれ、のんびりと挨拶をする。
「おはよう」
「うん、おはよ」
そのままぼんやりと、どうすべきかを考える。
リリクランジュとのやり取りは取りつく島もなかった。
一つ聞いた内容を十にも膨らませ、被害妄想で暴れる感じ。
「わたし達だと駄目なのかも」
俺の弱音でも読んだように、アメリアが呟いた。
相づちを打ちかけたが、少しして気づく。
「わたし達だと……?」
含みのある言い方だ。
他の人なら可能性があるとも読める。
事実そうだったらしく、例の幼女を挙げられた。
「ミニミニなら可能性があると思う。リリクランジュがお母さんである以上、子どもには優しいはず。何か交渉の糸口になるかもしれない。行こう、エリアCに戻らなきゃ」
アメリアの手を取り、腰を浮かして起き上がる。
ゆっくりと来た道を戻りながら、指折りで数えた。
――俺、アメリア、イリス、OG、リリクランジュ、ミニミニ、ロード・リンクス。
会えていない人もいるが、これが残りの七人。
脱落した人物にテンと軍服姿の男がいたらしい。
まだ二人、されど二人だ。
できればこれ以上、誰も亡くならないようにしたい。
「でもなぁ……」
リリクランジュのいた方をみて、ため息を打ち上げる。
正直にいえば、この時点で既に覚悟はしていた。
彼女とは命がけで戦うことになるのだろうと。