3章04話 歯車

文字数 1,820文字

 目まぐるしい日々が始まった。まずは船の修理からだ。
 エリアDの豪雪地帯は木々がないから、別の島で調達する。
 これは俺が担当し、甲斐甲斐しくOGの元に運んでやった。

 時を同じくにして、雨水を貯めていた。
 アメリアとイリスでろ過装置を作ったらしい。

 砂利を容器に敷きつめ、ひっくり返しただけの簡素なやつだ。
 それでも澄んだ水が出るようになったと二人で喜んでいた。

 ミニミニや鳩ぽっぽは雑用を受け持ち、差し入れを送ってくれた。
 はつらつとした声で励まされれば、やる気に満ちて元気になる。
 ただその度に、アメリアから白い目で見られ内心で怯えた。

 材料を集めたら、みんなで板の打ちつけをやった。
 一丸になって協力し合う様は何だか文化祭みたいだ。
 正直楽しい、最近は特に歪み合ってばかりだったから。

 中でも、人一倍に張り切っていたのはOGだ。
 身体を左右に揺らしながら鼻歌まで歌う始末。

 しかしその先については否定的な立場を崩さない。
 手は修理に勤しみ、口先で真反対な発言をする。

「乗らないほうがいいと思うんだよねー」

 図らずぴたっと、手が止まった。
 OGは皆のモチベーションを下げる。
 神経を逆なでする言葉ばかり撒き散らす。

 思ったことは何でも言ってしまう性格なのだろう。
 皆からあまり好かれず、敬遠されているようだ。

「なんで?」

 何度としたやり取りだけど、仕方なく構ってやる。
 すかさず彼が待ってましたとばかりに声を飛ばした。

「保証がないからね。本当に海を渡れるか、渡った先に陸地があるかどうか。仮にあったとしても”これ見よがし”に船なんか置かないよ。辿り着いた先が今よりもひどい環境にある可能性だってある。そう考えると、ここでの生活だって悪くないだろう。大人しくスローライフに洒落込んだ方が良いと思うんだよね」

 べらべらと無責任な言葉を積み重ねられ、気が重くなる。
 訳知り顔で随分というが、そんなことは百も承知だ。

 別に思うのはいい、皆も内心で同じ不安を抱えているはず。
 でもなぜよりにもよって、船の修理途中で言ってしまうのか。
 頑張って動き回っている皆に失礼だろう、空気を読めと。

「士気が下がるようなことを言うなよ、乗船を推奨としないなら修理も手伝わなければいいだろ」

 ついぶっきらぼうな口調で、不機嫌をあらわにしてしまう。
 対してOGはいつも通り、どこ吹く風でさらりと返した。

「半々なんだよね。君たち若人を未来に行かせたいという気持ちと、危なっかしくて止めたい気持ちのフィフティーフィフティーさ。だから身体は手伝って、口先で否定している」

「皆そうだよ、不安を抱えている。けど黙って行動しているんだ。話し合いは話し合いで時間とるから、修理の時ぐらいは集中してくれよ」

「ほーん」

 少し強く出ると、OGが俺に目を向けた。
 顔をまたすぐに戻し、小さく背中を揺らす。

「ま、僕は乗るつもりないけどね」

※ ※ ※ 

 船体の修理をした後はマストの補修をした。
 材木を繋ぎ合わせ、一本のマストにしていく。
 着々とできあがり、今や完成も目前だ。

 その裏ではイリスが料理をつくっていた。
 日持ちのする料理を食料として船に積むのだという。
 パンやら燻製やら、味付けの濃い料理ばかりが並んだ。

 俺も味見役として一生懸命に食べた。
 美味しい言うてたら『語彙力がない』って怒られたけど。

 OGから釣り竿の作り方と投げ方を習った。
 熱心に教え込んでもらうも、寂しさを覚える。
 やはり意地でも一緒に来るつもりはないのかって。

 一方で、アメリアと行方不明のロード・リンクスを探した。
 OGへの説得は大変そうだが、全員で脱出していきたい。

 結局ぐるりと一周してもロードなる人物はいなかった。
 痕跡すら一切見当たらず、徒労に終わった一日だ。
 だというに、アメリアは満足げに微笑んでいた。

※ ※ ※

 翌日、とうとう完成した。
 もっとかかるかと思ってたけど、皆のおかげだ。

 クルーザーを崖先にまで押し運び、イリスの合図を待つ。
 待望の一瞬は勿体つけるような名残もなく、あっさり訪れた。

「せーの!」

 口笛を鳴らしたみたいな、ひゅーって音。
 しばらくしてそれが壮大な水しぶき音に変わる。

 俺はOGと目配せを交わし、海に飛び込んだ。
 船体に穴が空いていないことを崖上の皆に伝える。

 遠方から届く歓喜の声に、やっと俺も素直に喜べた。
 いずれ死ぬほど後悔することなんてつゆ知らず、馬鹿みたいに。
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