1章05話 リベンジャー

文字数 3,057文字

「力を合わせて脱出……」

 白衣をなびかせた彼女――イリスの言葉を復唱する。
 よかった、かの和服刀みたいな人物だけではないらしい。
 ちゃんと理性的に考え、行動に移してくれる人もいたのだ。

 我ながら単純だけど、気分が高揚していくのを感じる。
 俺は前のめりに詰め寄って、大声で食いついた。
  
「アテがあるのか!?」

「ある」
 対してイリスも引きはせず、眼鏡をずり上げた。
 確固たる自信には、全身から後光が差してみえる。
 かと思えば、続けざまの台詞にずっこけさせられた。
 
「かもしれない」

 大人って汚い。いつも乗せるだけ乗せといて梯子を外す。

「おーい!」
 
 即刻イリスに抗議をするも、彼女の舌がすぐに回った。
 金色の長い髪の毛の下で、子どものような笑みが浮かぶ。
 
「大丈夫、計画なら既に最後まで練っているから。当てずっぽうではない、考えがあっての発言よ。不確定事項が多くて、絶対とは言えないってだけ。それでも、興味は湧いたでしょ? 聞いてみたくはならない~?」

 足を止め、傾聴した時点で負けていたかもしれない。
 完全にペースを持ってかれた。今更ノーとも言えない。

「立ち話もなんでしょう、ついてきなさいな」

 イリスもそう判断をしたらしく、さっさと歩きだした。
 引かれると余計に焦ってしまい、思わず後を追いかける。
 
「ふふふ……」

 真横にまで並ぶと、してやったとばかりに笑われた。
 口元に手を添え、切れ長の目をニヤつかせている。
 それでつい意趣返しがしたくて、当て擦りをした。

「俺が怖くないのか? 急に攻撃してくるかもしれないぞ?」

「ん~? その時はその時よ。幸い私たちには吐いて捨てられるだけの命があるじゃない。失敗してもやり直しが効くなら、信じるところから始めたいの。誰も彼も疑ってかかるなんて疲れちゃうしね」

 なんともまぁ、純粋無垢で綺麗な打ち返しだ。
 どことなく家政婦さんに似ているかもしれない。
 普段は明るく冗談もいうのに、根は真面目な感じ。
 
「――アメリア」

 ふと、前触れもなく急にイリスが声を伸ばした。 
 後ろを振り向き、おいでおいでと手招きしている。 

「ソラくん大丈夫そうよ、降りて挨拶なさいって」

 沈黙。暗がりに広がるだけで、何か起きる気配はない。
 気まずい時間がしばし流れ、どこからか石が飛んできた。
  
「あいたっ」

 イリスがこめかみを抑えながら、苦笑いを浮かべる。
 右向いの木々をひと目に、やれやれと肩を竦めた。

「これだからコミュニケーション障害者は。顔を合わせるのも嫌がってたし、警戒しているのかしら。でもまぁ、そのうちひょっこり顔を出すでしょ。貴方たち歳も近そうだしね」

 そこでちょうど、目的地にもついたらしい。  
 これまた立派な樫の木が目の前に立っている。 
 
 枝木は少ないわりに太く、三角屋根の小屋を支えていた。
 ――ツリーハウスだ、生まれて初めて実物を目にした。

「どう、大したものでしょ? 私たちが作ったわけではないけどね」
 
 横でイリスが言葉尻を上げて、螺旋階段を登っていく。
 高低差にして約七メートル、二階建て住居くらいか。

 俺も後を追従していき、踊り場から入り口を覗いた。
 中は布団とテーブルが置かれただけの質素な四畳間だ。

 むき出しの床材からヒノキの香りが充満している。
 窓も何もないけど、ランタンのおかげで暗くはない。

「なにしてんの、ほら座りなさいって」

 つい入りづらさを感じる俺に、イリスが促した。 
 膝下にしかないテーブルを挟んで、向かい合う形だ。
 紅茶入りのコップを出されるも、先に疑問が口走った。

「こんな所にいたら目立って危ないだろ、和服刀とかに」

「和服刀?」

 イリスが眼鏡を持ち上げ、口を半笑いにする。
 紅茶を一杯ぐいっとあおり、喉を引きつらせた。
 
「テンのことかしら、変な呼び方するのね。彼なら大丈夫よ。いくらツリーハウスが人目につこうが関係ないわ。だって――盲目だもの」

 テン、口ずさむと妙にしっくりとくる名だ。
 刀を地面に擦らせていたのも杖代わりのためか。
 そう独りでに納得した途端、叫声が耳をつんざいた。

「では、第一回脱出同盟会議を始める!」

「え? ぷっふふ……」

 突拍子もない口上に戸惑いが隠せず、吹き出してしまう。
 いきなり運動会みたいなことを言うから面白くなったのだ。

 そしたら、派手にテーブルが音を立てて鳴る。 
 見ればその辺で拾ったような石ころが置かれていた。
 黄土色で端にミミズ文字があり、イリスが指でなぞる。

「この世界を散策している最中にね、見つけた石ころよ。この文字に見覚えはある?」

「いいや」

「じゃあこれは?」

 問いかけに否定すると、今度は紙切れを提示された。
 英語に似ているが、英語ではない文字が書かれている。

 もちろん、一般高校生の俺に読めるわけがない。
 無言で首を振り、イリスの回答を大人しく待った。
 
「私の国の言語よ」
 
 そうなんだ、と小さく頷く。
 特に興味は引かれず、適当な相づちだ。

「今私はこの言語で君に話しかけている」

 続けざまに吐かれた言葉には流石に驚いた。
 一瞬、息が止まる。頭の中で整理がつかない。
 冗談だろうと否定するけど、彼女は真剣だった。

「翻訳機でも埋められているのか、勝手に母国語に変換されているのよ。それが国籍ばらばらな私たちでも意思疎通ができる理由ね。さりとて、文字にまで及ばない。あくまで口語だけね。だから誤魔化しが効かず、痕跡を残した」

 一拍の間とともに、ニヤリと微笑まれる。
 紙を手のひらで丸めてみせ、適当に放った。

「私は天才、アーベル家の人間よ。さっきの文字が一部地域でしか使われていない消滅危機言語であることは瞬殺でわかったわ。おかげで現在地も推定できた。フィリピン海の南側に位置する群島ってね。西向きに進めば、ちゃんと有人島に辿り着けるはずよ。要するに――ここは閉じた世界ではない」

 その発言は強く、噛みしめるようだった。
 眼鏡奥にある鋭い瞳が小さく揺らいでいる。
 けれどすぐに足を投げだして、天井を仰いだ。

「そこまではわかったけど、それからが問題よ。ほら、ここの海ってかなり潮の流れが強いでしょ。生半可な筏ではあっという間にバラバラになっちゃうの。船を確保しに行こうにも、テンが闊歩しているせいでろくに移動もできないしね」

「テン、か」
 
 やつの名が出ると、額から首にかけて冷や汗が伝った。
 無意識に指を摘まむも、イリスの熱弁に手が離れる。

「死ぬのは嫌よ、私だって生き残りたい気持ちはある。デスゲームに参加せざるを得ないのも理解できなくはないわ。ただテンはこの状況を楽しんでいる節があるわね。まるで水を得た魚よ。実際、彼は強いわ。たった三日で既に一人を脱落に追いやっているくらいだもの」
 
「嘘だろ」

 ほど同時期に間を置かず、小さな声が抜ける。
 本来一回死ぬのだって、何十年とかかる世界だ。
 
 それが三日で百回も亡くなるなんてありえないだろう。
 信じられないと首を振るも、イリスが髪の毛をいじった。
 
「本当よ。一人減って、私たちって八人しかいないの。おかしな話よね、一番殺してみせた人物が最も命を大事にしているなんて。普通逆でしょ、無殺を貫いた方を生き返らせなさいよ」

「じゃぁ、テンはどうするんだよ? 戦わずに何とかできるのか?」

 知らず知らずのうちに、語気が強くなる。
 なかなか結論を言い出さず、ヤキモキしていたかもしれない。
 イリスは後方から布団を引っ張りだし、両手で挟み込んでみせた。

「――拘束する」
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