3章03話 一丸
文字数 3,099文字
鬱陶しい雨模様につき、昼下がりでも夜に感じる。
シャツが肌にべたついて、不快感まで強まっていく。
空も雲に覆われているから、見ていてまるで面白くない。
エリアCの湿地帯、吊り橋前でOGと立ち尽くす。
エリアDの豪雪地帯への橋はリリクランジュに壊された。
だから海に飛び込み、這い上がって崖超えするつもりだった。
ところが、鳩ぽっぽはしっかり仕事をしたらしい。
だいぶ簡素で危なげながら、いつしか木橋ができている。
床板はまばらで斜めっており、今にも落ちちゃいそうだ。
「怖いな~……」
そんな光景を前にして、数分は続いていた沈黙を破る。
OGは厳かに頷き、いつもの空元気な声を上げた。
「じゃんけんしようか」
「は?」
「さーいしょはぐー」
「え、ちょっと!」
「じゃんけん、ぽん!」
負けた。反射的に『ぐー』をだし、『ぱー』によって負けた。
釈然としないけど、泣く泣く今にも崩れそうな橋を渡る。
渡橋中、否が応でも崖下がみえて慎重になる。
足場は意外と丈夫で、渡る分には問題なかった。
「どうぞー」
エリアDに到着しては、OGに合図を送る。
彼は足元も見ずに、すたすた歩き始めた。
大して気にしていないのなら、初めから先に渡ってほしかった。
あっさりと渡り切るや否や、興奮した口調で笑いかけてくる。
「ほんっと、下手くそだね鳩くんは。今どき子どもだってもっと上手く作れるよ。いっそわざと崩して、作り直してもらうのはどうだろうか。次はもっと上手くなっているかもよ」
またこの人はとんでもないことを。
本気か冗談ともとれる発言で、無視して先にいく。
「あ~待ってよ~」
慌ててついてくるOGに、こっそり歩幅を合わせてやる。
エリアDにはあまり行かないのか、彼の視線が行き来した。
たっぷりと時間をかけながら、北西の崖先につく。
船は依然として鎮座し、積雪で白くなっていた。
「ひどい有様だね、ボロボロだ」
吐いた言葉とは対称的に、OGは楽しげだ。
足を曲げたり腕を伸ばして、ストレッチをしている。
「人手がほしいね」
準備運動を終えると、黒色の携帯を取りだした。
両手で素早く番号を打ち込み、誰かに電話をかける。
『あ、もしもし鳩くん? 君が頑張って作り直した橋さぁ、ぶっ壊しちゃったよ。悪いね~悪気はあったんだ。早く直しに来てくれないかな』
『――はぃ!?』
何か聞こえてくるよりも早く、OGが終話する。
口角を上げたまま携帯をしまい、横目に微笑んだ。
「これで鳩くんは引きずり込めたから、残りのメンバーをかき集めてくれないかな。具体的には銃を持った無口とか、口うるさい白衣とか、腹黒食いしん坊の幼女あたりだね。よろしく、ソラくん」
さらっと早口で語り、「腕が鳴るな」と廃船に消える。
一秒と経たず、とんかちを叩くような音が聞こえてきた。
自ずと一人に取り残され、ため息を打ち上げる。
文句いっても仕方がなく、早足で来た道を戻った。
※ ※ ※
花畑だろうと踏んだが、ミニミニはいなかった。
小ぶりな雨の中にカエルの鳴き声だけが響いている。
探し回るのも億劫で、俺は電話をかけた。
しばらくして舌っ足らずな声が届いてくる。
『あ、今いい? ていうか、どこにいる?』
『はぅ』
普通に尋ねただけなのに、引きつった悲鳴をあげられた。
恐る恐るといった声色でぶつくさ何かを呟いている。
よく聞こえず、耳を近づけてようやくわかった。
『変態だ』
危うく吹き出すところだった。
俺は慌てて弁明をする。
『違うよ、ソラだソラ。ほら、おにいちゃんの』
『ソラさんはお兄ちゃんじゃありません』
真面目な口調でぴしゃりと言い切られてしまった。
微かに軽蔑の色まで混ざっている気がする。死にたい。
『アメリアおねえちゃんが『ソラはロリコンの変態だから、気をつけて。近づいちゃダメ』って忠告してくれたう』
放心する俺の耳にミニミニの声が続き、音はなくなる。
どうやら一方的に通話を終了させられたらしい。
困惑が徐々に怒りへ変わり、じだんだを踏む。
解せぬ解せぬ解せぬ!
「なぜアメリアは”おねえちゃん呼び”で、俺は”さん呼び”になったんだ」
今にして思えば、パーティーへ呼びにきた彼女は怯えていた。
アメリアが面白がって、あることないこと言いふらしたか。
ちょっとだけ拗ね、エリアAの森林地帯を目指す。
逸る気持ちが徒歩を許さず、駆け足で向かった。
※ ※ ※
エリアAにつく頃には空が橙に色づいていた。
細長い雲が宙を横断して、地に影を落としている。
ちょっとだけ肌寒く、服上から腕を擦った。乾布摩擦だ。
この世界にきて大体一週間を経たから今は秋分かな。
ツリーハウスを見上げ、梯子に足をかけて登っていく。
テンに壊されてから急ごしらえで直したから強度は怪しい。
「入るぞ」
踊り場に登りきり、ドアノブをひねる。
開け放ったドアからは風だけが吹いた。
ものの見事に誰もいない、もぬけの殻だ。
訝しながら中に入ると、置き手紙に気づいた。
簡潔な英語で上下にそれぞれ綴られている。
『男だけで行くなんて薄情じゃない? byイリス・アーベル』
『わたし達も行くから byアメリア』
どうやら入れ違いになってしまったらしい。
嬉しいやら徒労で悲しいやら複雑な気分だ。
そのままトンボ返りするには勿体なく感じる。
俺は少し悩んだ後に、いつもの場所に向かった。
道のりなんか慣れたものだ、目的地へと辿り着く。
潮の匂いに強い海風、四角錐の石材がある。
立て添えたテンの刀を前にして、両手を合わせた。
しばらく黙祷を続けてると、背後から声が飛んできた。
「なんでなの?」
木に半身を隠しながらミニミニが覗いている。
小動物みたいに曇りない純粋無垢な瞳だ。
俺の回答を急かすように、彼女が繰り返す。
「なんで、なの?」
「なんでって?」
質問の意図がわからず、尋ね合わせる。
ミニミニを探していた理由かと思ったが、違った。
「なんで手を合わせているの?」
祈りの方だった。
作法だぞ、と言いかけるもまたズレる。
「だって」
ミニミニが口を開きかけ、ためらいがちに閉じる。
葛藤した様子で、声を震わせながら吐いた。
「誰もいないじゃん、意味がないの」
ほんの一瞬、息が止まるような錯覚を覚える。
ミニミニは正しい、いずれ指摘されると思っていた。
どれだけ祈っても伝わらないことは重々に承知している。
「そうだな、自己満足だよ。自分が許されたいためだけに、手を合わせている。以前『お墓参りは死者でなく、生者のためだ』って父さんが言ってたけど、本当にそうなんだろうな。彼らを想って手を合わせると……」
それでも意味がないとは思えない。
無意味でも止めたくない意地がある。
「肩に手を置かれるような感覚があるんだ。そんなわけないのに、耳元に彼らの息遣いが聞こえるんだ。まるで本当にその場にいるかのように」
うまく言えず、途切れがちになる。
鼻をすすりながら何とか激情に耐えた。
多分、俺は見っともない顔をしているだろう。
「だから言うんだ、『お前たちの分も生きてみせる、絶対に忘れない』って。それが俺の罪であり、責任だから。誰に何と言われようが、俺だけは信じないといけないんだ――彼らが俺の中で生きているってことを」
草木の揺れる音とともに、ひっそり人気がなくなった。
情けないところを見られたと後悔しつつ、ミニミニをみやる。
さっきまで彼女がいた場所には地面に拙く文字があった。
端から端まで目を通すと、胸の内が暖かくなるのを感じた。
『船のお話、アメリアおねえちゃんから聞きました。明日からミニも手伝う』
シャツが肌にべたついて、不快感まで強まっていく。
空も雲に覆われているから、見ていてまるで面白くない。
エリアCの湿地帯、吊り橋前でOGと立ち尽くす。
エリアDの豪雪地帯への橋はリリクランジュに壊された。
だから海に飛び込み、這い上がって崖超えするつもりだった。
ところが、鳩ぽっぽはしっかり仕事をしたらしい。
だいぶ簡素で危なげながら、いつしか木橋ができている。
床板はまばらで斜めっており、今にも落ちちゃいそうだ。
「怖いな~……」
そんな光景を前にして、数分は続いていた沈黙を破る。
OGは厳かに頷き、いつもの空元気な声を上げた。
「じゃんけんしようか」
「は?」
「さーいしょはぐー」
「え、ちょっと!」
「じゃんけん、ぽん!」
負けた。反射的に『ぐー』をだし、『ぱー』によって負けた。
釈然としないけど、泣く泣く今にも崩れそうな橋を渡る。
渡橋中、否が応でも崖下がみえて慎重になる。
足場は意外と丈夫で、渡る分には問題なかった。
「どうぞー」
エリアDに到着しては、OGに合図を送る。
彼は足元も見ずに、すたすた歩き始めた。
大して気にしていないのなら、初めから先に渡ってほしかった。
あっさりと渡り切るや否や、興奮した口調で笑いかけてくる。
「ほんっと、下手くそだね鳩くんは。今どき子どもだってもっと上手く作れるよ。いっそわざと崩して、作り直してもらうのはどうだろうか。次はもっと上手くなっているかもよ」
またこの人はとんでもないことを。
本気か冗談ともとれる発言で、無視して先にいく。
「あ~待ってよ~」
慌ててついてくるOGに、こっそり歩幅を合わせてやる。
エリアDにはあまり行かないのか、彼の視線が行き来した。
たっぷりと時間をかけながら、北西の崖先につく。
船は依然として鎮座し、積雪で白くなっていた。
「ひどい有様だね、ボロボロだ」
吐いた言葉とは対称的に、OGは楽しげだ。
足を曲げたり腕を伸ばして、ストレッチをしている。
「人手がほしいね」
準備運動を終えると、黒色の携帯を取りだした。
両手で素早く番号を打ち込み、誰かに電話をかける。
『あ、もしもし鳩くん? 君が頑張って作り直した橋さぁ、ぶっ壊しちゃったよ。悪いね~悪気はあったんだ。早く直しに来てくれないかな』
『――はぃ!?』
何か聞こえてくるよりも早く、OGが終話する。
口角を上げたまま携帯をしまい、横目に微笑んだ。
「これで鳩くんは引きずり込めたから、残りのメンバーをかき集めてくれないかな。具体的には銃を持った無口とか、口うるさい白衣とか、腹黒食いしん坊の幼女あたりだね。よろしく、ソラくん」
さらっと早口で語り、「腕が鳴るな」と廃船に消える。
一秒と経たず、とんかちを叩くような音が聞こえてきた。
自ずと一人に取り残され、ため息を打ち上げる。
文句いっても仕方がなく、早足で来た道を戻った。
※ ※ ※
花畑だろうと踏んだが、ミニミニはいなかった。
小ぶりな雨の中にカエルの鳴き声だけが響いている。
探し回るのも億劫で、俺は電話をかけた。
しばらくして舌っ足らずな声が届いてくる。
『あ、今いい? ていうか、どこにいる?』
『はぅ』
普通に尋ねただけなのに、引きつった悲鳴をあげられた。
恐る恐るといった声色でぶつくさ何かを呟いている。
よく聞こえず、耳を近づけてようやくわかった。
『変態だ』
危うく吹き出すところだった。
俺は慌てて弁明をする。
『違うよ、ソラだソラ。ほら、おにいちゃんの』
『ソラさんはお兄ちゃんじゃありません』
真面目な口調でぴしゃりと言い切られてしまった。
微かに軽蔑の色まで混ざっている気がする。死にたい。
『アメリアおねえちゃんが『ソラはロリコンの変態だから、気をつけて。近づいちゃダメ』って忠告してくれたう』
放心する俺の耳にミニミニの声が続き、音はなくなる。
どうやら一方的に通話を終了させられたらしい。
困惑が徐々に怒りへ変わり、じだんだを踏む。
解せぬ解せぬ解せぬ!
「なぜアメリアは”おねえちゃん呼び”で、俺は”さん呼び”になったんだ」
今にして思えば、パーティーへ呼びにきた彼女は怯えていた。
アメリアが面白がって、あることないこと言いふらしたか。
ちょっとだけ拗ね、エリアAの森林地帯を目指す。
逸る気持ちが徒歩を許さず、駆け足で向かった。
※ ※ ※
エリアAにつく頃には空が橙に色づいていた。
細長い雲が宙を横断して、地に影を落としている。
ちょっとだけ肌寒く、服上から腕を擦った。乾布摩擦だ。
この世界にきて大体一週間を経たから今は秋分かな。
ツリーハウスを見上げ、梯子に足をかけて登っていく。
テンに壊されてから急ごしらえで直したから強度は怪しい。
「入るぞ」
踊り場に登りきり、ドアノブをひねる。
開け放ったドアからは風だけが吹いた。
ものの見事に誰もいない、もぬけの殻だ。
訝しながら中に入ると、置き手紙に気づいた。
簡潔な英語で上下にそれぞれ綴られている。
『男だけで行くなんて薄情じゃない? byイリス・アーベル』
『わたし達も行くから byアメリア』
どうやら入れ違いになってしまったらしい。
嬉しいやら徒労で悲しいやら複雑な気分だ。
そのままトンボ返りするには勿体なく感じる。
俺は少し悩んだ後に、いつもの場所に向かった。
道のりなんか慣れたものだ、目的地へと辿り着く。
潮の匂いに強い海風、四角錐の石材がある。
立て添えたテンの刀を前にして、両手を合わせた。
しばらく黙祷を続けてると、背後から声が飛んできた。
「なんでなの?」
木に半身を隠しながらミニミニが覗いている。
小動物みたいに曇りない純粋無垢な瞳だ。
俺の回答を急かすように、彼女が繰り返す。
「なんで、なの?」
「なんでって?」
質問の意図がわからず、尋ね合わせる。
ミニミニを探していた理由かと思ったが、違った。
「なんで手を合わせているの?」
祈りの方だった。
作法だぞ、と言いかけるもまたズレる。
「だって」
ミニミニが口を開きかけ、ためらいがちに閉じる。
葛藤した様子で、声を震わせながら吐いた。
「誰もいないじゃん、意味がないの」
ほんの一瞬、息が止まるような錯覚を覚える。
ミニミニは正しい、いずれ指摘されると思っていた。
どれだけ祈っても伝わらないことは重々に承知している。
「そうだな、自己満足だよ。自分が許されたいためだけに、手を合わせている。以前『お墓参りは死者でなく、生者のためだ』って父さんが言ってたけど、本当にそうなんだろうな。彼らを想って手を合わせると……」
それでも意味がないとは思えない。
無意味でも止めたくない意地がある。
「肩に手を置かれるような感覚があるんだ。そんなわけないのに、耳元に彼らの息遣いが聞こえるんだ。まるで本当にその場にいるかのように」
うまく言えず、途切れがちになる。
鼻をすすりながら何とか激情に耐えた。
多分、俺は見っともない顔をしているだろう。
「だから言うんだ、『お前たちの分も生きてみせる、絶対に忘れない』って。それが俺の罪であり、責任だから。誰に何と言われようが、俺だけは信じないといけないんだ――彼らが俺の中で生きているってことを」
草木の揺れる音とともに、ひっそり人気がなくなった。
情けないところを見られたと後悔しつつ、ミニミニをみやる。
さっきまで彼女がいた場所には地面に拙く文字があった。
端から端まで目を通すと、胸の内が暖かくなるのを感じた。
『船のお話、アメリアおねえちゃんから聞きました。明日からミニも手伝う』