2章12話 人成らず

文字数 2,415文字

「ぁぁぁぁああああああ!!」

 耳をつんざくような悲鳴が極寒の雪中にひびく。
 頭を震わせるほどの絶叫だ、呆けた意識が戻ってきた。
 リリクランジュが手をまじまじと見て、損傷を確認している。

 次の瞬間には彼女の姿が消える。
 正確には消えたと誤認させられた。

 リリクランジュが獣のように四つん這いとなっている。
 手足を雪上につけながら目をギラつかせて、白息が上る。

「ハァハァハァ…………」

 彼女が荒らげた息を落ち着かせ、世界を静止させた。
 ゆったりと手足を上下に動かしながら迫ってくる。
 
 恐怖心か何かもわからず、小刻みに震えだす。
 つい後退しかけたが、戒める声に同意した。

「そうだよな」

 半折れの刀を握りしめ、吐きだす声が重なる。

「お前は」

「オレは」

 心と身体が一体化していくような感覚。
 集中状態にありながら。リラックスしていた。
 ひとりでに口先が動き、弾かれるように動く。

「「まだ、負けていない!!」」

 すかさず、リリクランジュが雪面すれすれに両手を伸ばす。
 俺は上半分を落とした左手の方を足場に、大きく飛んだ。
 彼女の頭部へと急降下し、振りかぶって力の限りに突き刺す。

「ぎゃっ」

 ぶっすりと深々く刺さり、リリクランジュが鳴く。
 振り落とさんとばかりに揺れるが、そうはいかない。
 もう片方の手で彼女の白髪を掴み、抵抗に耐え忍ぶ。

 ところが俺は戦いに夢中で大事なことを忘れていた。
 半狂乱のリリクランジュをみて、ようやく思い出した。

「赤子」

 血の気の上がった頭から波引くように冷静となる。
 赤子人形が遠くにすっ飛び、崖奥に消えそうだ。

「リリクランジュ、赤子が!」

 あらん限りの大声を発するも、彼女の耳には届いていないらしい。
 無情にも赤子が宙を舞い、ぽっちゃんと間の抜けた浸水音を届かす。
 それだけに終わらず、ほぼ同時刻で三発の銃声が遠方から鳴り響いた。

 パン、パン、パーン!

 ――待ちにまで待っていたアメリアからの合図だ。
 即座に刀を引き抜き、リリクランジュの頭から下りる。
 両足が積雪に埋まりかけるも、すぐさま駆けだした。

「早くエリアCに行かなくては……」

 残念ながら落ちた赤子のことを気にかける暇はない。
 四つん這いのリリクランジュが追ってきている。

 俺はただひたすら死にもの狂いになる。
 気がつけば、雪道を抜けて橋を渡っていた。

 振り返ってみると、彼女が橋の前で息を荒げている。
 忌々しげに俺を睨む様はまるで獲物を狙う虎か何かだ。

「ふぅ」

 十二分に距離ができ、ほんの少し余裕がでる。
 気の休まる暇などなく、地響きをもって腰が浮く。

 断続的に近づいてくる気配とロープの引きちぎれる音。
 後方から聞こえる勝ち誇った声に、手を振り回して走った。

※ ※ ※

 エリアCでは空が分厚い雲に覆われていた。
 バケツを引っくり返したような強い雨が降っている。
 おかげで全身水浸しだ。パーカーを脱ぎ、頭の上に被せる。

 すると、雑木林から現れたOGと出くわした。
 彼が並走しながら、興奮した様子で話かけてくる。

「やぁ、どうやら計画通りみたいだね。何だか楽しくなってきたよ」

 もはや返事する気力はなく、頷き返して肯定する。
 ニコニコニコニコと、彼の能天気っぶりが羨ましい。

 そんな中、OGが俺を上から下まで眺め直した。
 小首を傾げ、走りながら片手であごひげをなぞる。

「赤子の人形は?」

「あ~……」
 
 バツが悪い。
 海に落としたなんて失態中の失態だ。

 口ごもった時点で、察せられたらしい。
 OGが声を落としながら囁きかけてくる。

「赤子ね、多分あれが彼女の武器だよ」

 思いがけぬ言葉に足が止まりかけ、慌てて足を動かす。
 スピードを落としては駄目だ、リリクランジュに追いつかれる。

「全身が凶器な彼女にとって、下手な道具はいらないんだよ。それよりも、無気力で自分のことしか頭にない精神をどうにかする必要がある。それで赤子だ。きっと自分では”手に入れられなかった一般生活”を夢に見ているんだろうね。今や自身をも超えた原動力だ。もし傷つけたのなら覚悟しないといけないよ」

 あいからわず他人事のように軽い口調でぺらぺらと。
 不思議と説得力はある、言ってること全てが正しいみたいに。

 一つ、『手に入れられなかった一般生活』って部分が引っかかった。
 本当にそうなのかと思う一方で、OGが「そうそう」と前置きをした。
 竹槍らしきものを数本掲げ、走りながら器用に回してみせる。

「僕も戦うよ。君にばかり負担はかけられないしね」

「それがOGの武器か?」

「いいや、違うね。僕の武器は使い切りタイプなんだよ。安々と使うことができないのさ、数に限りがある。だから別のもので代用して、いざって時にまで温存しているのさ」

「使い切りタイプ?」

 なんだろう、思い当たる節がない。
 首をひねるも、遮るようにOGが笑った。
 
「戦力にはなるよ、足手まといにはならないさ」

 わかっている、実際OGは強い。
 身体能力と先を読む力に長けている。
 俺は頷き返して、彼と拳を合わせた。

「頼りにしている」

 これで環境も役者も揃った。
 あとは俺が運命を手繰り寄せるのみ。

※ ※ ※

「ソラ」

 目的地である花畑にはアメリアが迎えてくれた。
 薄紫色のあじさいが雨粒に照らされている。

 耳を澄ませば様々な音が入ってくる。
 風、雨、カエルの鳴き声、そして()()()()()()()()

 どれだけそうしていたのか、発汗した身体から熱が引いていた。
 アメリアに声をかけられながら肩を叩かれ、静かに目を開く。

「来たか」

 リリクランジュだ。
 四つん這いから二足歩行の状態に変わっている。
 真っ白な髪には土と木の葉が混じり、広がっていた。

 空が瞬き、数秒明るくなってまた暗くなる。
 天も地も騒々しく、ご立腹している様子。

「……大丈夫、できるできる」
 
 俺はいつも通りのパフォーマンスをこなすだけだ。
 再び空が光りだした瞬間、一気に走りだした。
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