1章11話 ぐっちゃぐちゃ

文字数 2,931文字

 枝木の隙間から夕焼けが覗いている。
 実に綺麗な雨上がりだ、雲との明度が美しい。
 きっと空のどこかでは虹ができていることだろう。
 
 いつもなら上機嫌で探すけど、とてもそんな気になれない。
 テンとの戦闘からおおよそ十分、あと五十分くらいで復活だ。

 考えただけでゾッとする。陥没した手のひらがまだ痛い。
 アメリアもアメリアで辛そうだが、弱音は零さなかった。

 水たまりを蹴散らしながら、イリスの名を呼び続ける。
 それでもなかなか見つからず、茂みを払った時――。

「いた」

 見つけた、イリスだ。
 木に寄りかかって眠っている。

 気の抜けるような寝顔でも、呆れはしなかった。
 白衣から覗く素肌は切り傷にまみれ、血が滲んでいる。
 致命傷を負わせたというより、猫が鼠で遊んだみたいだ。

「酷いな」

「何でこんなことを……」

 被せるようにして、アメリアが戸惑いを口にした。
 何となくだけど、俺にはわかる――呼び寄せるためだ。
 イリスに悲鳴を出させ、呼び寄せるのが狙いではなかろうか。 

「とにかく急ごう、多分もう三十分もないぞ」

 それがどうも後ろめたくなり、話を誤魔化す。
 イリスを背中に担いで、その場から離れた。 

 やり場のない怒りを地面にぶつけ、ひた走る。
 道なき道でもところ構わず、ぐんぐん前進した。

「ん?」
 
 並走するアメリアから物憂げな視線を感じる。
 上から下まで舐め回すように見られているようだ。
 俺は足を止めぬまま、倒木を超えて問いかけた。
 
「どうした?」

「いや、いいなぁって」

「なにが?」

「私もおんぶされたいなって」
 
 いきなり何を言うてるんだ、こいつは。
 能面みたいな表情では本気か冗談かもわからない。
 どう答えるべきか一考した瞬間、背中が涼しくなった。

「ソラくん、アメリア?」

 イリスの声だ。振り返らずとも、起き上がったのだと悟る。
 しばらくして状況まで悟ったのか、首筋にため息がかかった。

「ばかね、放っておけば良かったのに」

 俺もアメリアも何も答えない。嗚咽と鼻のすする音がする。
 続けざまに吐かれた言葉は、途切れ途切れに震えていた。

「テンは説き伏せられなかった。聞く耳さえ持たれなかったわ。よっぽど根の深いところで染まっているようね。ソラくんもアメリアもひどい怪我じゃない。争わせてしまったようね。無力だわ私って、情けない」

 何て声をかければいいかわからず、黙っている間に眠ったらしい。
 規則的な寝息が聞こえてくる。目的地もみえ、安心したのだろうか。

 海崖に到着だ。踏み込んだ先に雑草はなく、青色が広がる。
 強風の影響か波は荒れ、水しぶきがこっちにまで跳ねた。

 否応なしに一瞬、落ちて大丈夫だろうかと考える。
 イリスを担いだ状態で崖を飛び降り、海を渡れるか。

「なぁ、アメリアは――」

 どう思う、と聞きかけた言葉がそのまま喉を通る。
 唐突な閉口を不審がってか、彼女がマフラーを下げた。

「なに?」

 視線はアメリアを越えた向こう側に集中する。
 一見それは木目に見えた。ぼんやりと黒い影が人面になる。
 
「ハハッ……」

 そんな状況でもないのに自然と笑い声がでた。
 目視で確認できる頃には、テンの姿と化していた。

 紺色の和服、女性のような黒髪、深く閉ざされた双眼。
 彼がゆったりと腕を持ち上げ、剥き出しの刀身を光らせる。
 とっさに逃げようとも、無慈悲に下ろされた斬撃が斜めに駆け――。

 パンッ!

 突として、間の抜ける音が周囲に轟く。
 何か早いものが瞬発的に通り抜けたらしい。

 横の木々に当たり、跳ね返ったそれが足元に転がる。
 円筒で親指ほどのサイズをした銀色の――銃弾だ。

 パンパンパン!!

 立て続けに何発もの銃声が唸る。
 銃弾は左右を通り抜け、テンに直撃した。

「ぼやぼやするな、走れ! 言っとくけど僕に射撃の経験はないからね、誤射で当たっても知らないよ」
 
 向こう崖のエリアB方面から男性の声がする。
 見れば、OGがライフル銃を手に構えをとっていた。
 海を渡るためにアメリアがエリアBに置いていった銃だ。

「こっちです! こっちこっち、早く~!」

 次いで、右方から元気な声。
 鳩ぽっぽが両手でアピールをしている。

 隣には立て直したのか、お粗末な巡視橋がある。
 俺は走った、アメリアの手をとって無理やり前に。

「ふざけた真……」

 テンの激昂が何発もの火薬音により、静かになる。
 流石の彼も遠方から狙い撃ちされては打つ手なしか。

 俺たちは振り返る間もなく、巡視橋に急いだ。
 我先に渡りだす鳩ぽっぽの後を慌てて追従する。

「今回だけですからね。本来、スタッフのウチが誰かに肩入れするのはNGなのです。捕まったのを解放してもらう約束で、仕方なく手伝いました。仕・方・な・く、です!」

「わかっているよ」

 鳩ぽっぽの愚痴を流しつつ、橋を渡り切る。
 無事エリアBにつくと、すぐに腰を下ろした。
 イリスを横に下ろし、長々とした息を吐きだす。

 ――助かった。

 ややあって、OGがこっちに合流してきた。
 ニヤリと微笑み、顎ひげをなぞっている。

「やったねぇ、凄いじゃないか。まさか本当にイリスくんを連れて帰るなんて思わなかったよ。万が一でも信じて迎えにきた甲斐があったね」

 上機嫌な口ぶりのまま、鳩ぽっぽに目を移す。
 革靴で軽く彼女を小突き、鋭く言い放った。

「何してんのさ、早く橋を落とさないと」

「うぅ、せっかく作ったのに」

 泣きごとを漏らしながら、鳩ぽっぽがロープを解く。
 巡視橋は瞬く間にバラバラとなり、海底に落ちた。

 これでまたエリアAは封鎖されたことになる。
 危機は去ったのだ、今度こそ誰の犠牲者もない。

 皆での脱出に向けて、見事やりきったのだ。
 俺は上半身を起こして、改めて皆に礼を言った。

「ありがとう、おかげで助かったよ。命拾いした」
 
「なあに、これも何かの縁さ。困った時はお互い様だよ」

「言葉だけですか? 感謝は形にして頂きたいものです」

 どこ吹く風のОGに、恩着せがましい鳩ぽっぽ。
 休憩は早々に切り上げ、全員で移動開始した。
 イリスはОGが担いでくれたから、身軽だ。
 
 だがしかし、不意な違和感が足を吸いつける。
 音がしたんだ。目線で探り、それが目に止まる。
 足だった、足首から下の部位が崖端に落ちている。

 ――なんだ? なんで? そもそも誰の?

 導かれるようにして、向こう岸のエリアAをみやる。
 肉片と化してバラバラになったテンの残骸が映る。

 例え銃で蜂の巣にされても、ああはならない。なら、なんでだ。
 面前では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!?」
 
 気づくと俺はそれを抱えながら、崖を飛び降りていた。 
 ……確かにテンは泳げなかったのかもしれない。
 
 ただ決して、海を渡る手段がないわけではなかった。
 元から隠していたか、思いついて実行したかはわからない。

 自身の復活は、より大きな肉片から構成される事実が残る。
 スワンプマンの要領で崖を超えてくることだって可能らしい。

 そうとなれば、すべての前提が覆される。
 俺は結局イリスと同じ、一対一交換をとった。

 落下する身体は岩礁にぶち当たり、意識を吹き飛ばす。
 舞台は再びエリアAへ――俺たちはここで決着をつける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み