1章04話 エンカウンター

文字数 2,797文字

『人生とは決断と後悔の連続だ』

 父はよく、そんな言葉ばかりを口にしていた。
 パイロットの夢か、祖母の飲食店を継ぐか悩みに悩み抜いたらしい。
 普段は滅多に話さない寡黙っぷりなのに、過去を語る時は饒舌だった。

『それを熱心に説得してくれたのが母さんなんだ。もしあの場面で勇気を出さなかったら、今の父さんは居なかったかもしれないな』

 そう儚げに微笑む父をみて、ちくりと胸が痛みだす。
 喉元にまで迫り上がる言葉を何とか飲み込んだ。

 ――後悔しているの?

 幼心に聞いてしまえば、父が壊れるんじゃないかと思った。
 どの口が言えるのかと戒めた。他ならぬ俺のせいで死んだのに。
 気の利いた言葉なんて出せない。俺は母の遺骨をただ抱きしめた。

※ ※ ※

 夜になった、あれから特に何もしていない。
 木の幹に背中を預け、ぼーっと空を眺めている。
 ここの空は雲が多いから見ていて意外と飽きない。

 ようは絶賛――現実逃避中である。
 命の保証があろうが、痛みはあるのだ。
 無策では走れない、死にたくはない。

 皆で生き残りの道を探すなんて、無謀だったのだろうか。
 どうせ誰からも理解されないと、見限ってきたくせに。

 考えれば考えるほど八方塞がりで、自然と膝を抱える。
 顔を埋めて目を閉じた時、くーっとお腹が鳴った。
 どんな状況でもお腹は減るらしい。

 そういえば朝からまともに食べていなかった。
 食べ物はどうするんだ、現地調達なのだろうか。

「あ~」
  
 頭で悩み、腹は空腹、足が疲労を訴える。
 大の字に寝っ転がり、深呼吸を繰り返した。
 こんな場所でも星は綺麗で、少し落ち着く。
 
「――ですよ!」  

 瞬間、間延びした声で顔を覗き込まれた。
 傍らに中学生くらいの女の子が立っている。

 白黒の単調なセーラー服に、ジャージを羽織っていた。
 快活なショートカットを揺らし、人懐っこい笑顔で笑う。

「配送ですよ!」
 
 きーんと耳にくるほど、元気で張りのある声だ。
 起き上がる間もなく、ビニール袋を押しつけてくる。
 半透明な分、夜の薄暗さも合わさって中身が読めない。

「なにこれ?」

「えっ」

 差し出した本人まで怪訝な顔で、眉間にしわを寄せる。
 くりくりな目で俺を改めては、両手を打ち合わせた。

「あ~新入りさんでしたかです」
 
 どうやら初対面だと気づいていなかったらしい。
 しかめっ面が笑顔になり、握手を求めてくる。

「どもども、配送屋の鳩ぽっぽです。本ゲームのスタッフをしていますです。朝、昼、夜のいい感じな時間に食料を配っていますよ。よろしくお願いしますです」

「あ、あぁ、こちらこそ」

 あだ名なのだろうか。変な名前だけど、妙に優しい。
 訝しながらもビニール袋を受け取り、中を覗いてみる。

 お茶、弁当、割り箸の類があり、賞味期限は過ぎていた。
 贅沢は言ってられない、早速お茶を手にして蓋をひねった。

 からからに乾いた喉には冷たい飲み物がよく染みる。
 そのままの勢いで飲み干し、一滴残らず完飲した。

「ふぅ」

「わ~良い飲みっぷりですね~」

 別に見ないでいいのに、雑な拍手で褒められた。
 視線が向かえば、鳩ぽっぽのつむじに目が止まる。 
 導かれるように手が向かい、指でそれを押していた。

「いっっっ!」

 ヒキガエルみたいに叫び、鳩ぽっぽが飛び退く。
 両手で頭を隠し、半泣きで睨みあげられた。
 
「な~にするですか! 何で揃いも揃って、皆さんでウチのつむじを押すんです! これ以上小さくなったら、どうしてくれるんですか!?」

「ごめんごめん、ついね」
 
 身振り手振りの抗議を受けつつ、平謝りで頭を掻く。
 お詫びとばかりに唐揚げを出せば、光の速さで奪われた。
 口内に放り込み、不機嫌な顔のまま鳩ぽっぽが話しだす。

「まったく、それでは配送上のルールを説明しますですよ。ご注文はお手持ちの携帯電話からご相談くださいです。お布団やタオルなどの生活用品もお届けします。お金はかかりません。ただし限りはあるので頼み放題ではないのですよ。また位置情報を辿るので携帯電話は肌見放さずでお願いします」

 一方的にまくし立てられて、少し考える。
 せっかくの機会だ、聞きたいことを聞こう。
 腕を組み、熟考しながら早速一つ尋ねてみた。
 
「武器は? 日本刀なんて持っているやつがいたけど」

「配っていないです。武器は最初の説明会で運営から貰ったものだけなのです」

「へぇ……」

 変なの、殺し合いを謳ってるわりに武器を制限しているとか。
 そもそも俺は受け取ってないし、説明会ってほど聞いてもない。
 ゆえに受け答えしてくれる今が嬉しくて、質問を投げかけ続けた。

「なぁ、俺以外の八人はどんな――」

「うひゃぁ!」

 が、唐突な悲鳴に流れをぶった切られる。
 鳩ぽっぽの手元ではグレーの携帯が振動していた。
 スカートがふわりと浮くほど、足踏みして慌てている。

「やばいやばい、催促が溜まっていますです。早く行かないと、また『遅い』って怒られちゃいます~」
 
 独りでに喚き散らしては、俺の方に向き直る。
 敬礼のポーズをつくり、後ろ足で去っていった。
    
「ではでは、また会いましょう! ソラさん、シーユー!」

 うるさいやつがいなくなり、一転して静寂に陥る。
 騒ぎだす木々は鳩ぽっぽの悪口でも言っているのかな。

「よっこらしょ」

 疲れた、主に精神面で。どっと気が抜け、雑草に寝っ転がる。
 野宿なんて初めてだが、疲労困憊なら構わず眠れるらしい。

 後頭部にあたる小石の異物感もすぐに気にならなくなる。
 星空だらけの視界は徐々に狭まり、黒く閉ざされた。

「――風邪を引くわよ、そんなところで寝ていたら」

 立ち所に、小馬鹿にするような声が降ってきた。
 小声ながらも凛とよく通る、深みのある声だ。

 ウェーブがかった金髪と羽織るような白衣がみえる。
 どうやら女性らしき人物が樹上に直立しているらしい。

 赤縁の眼鏡に切れ長な目から、知的で鋭い印象だ。
 彼女が俺を見下ろしたまま、ニヒルに笑いだす。

「敵を前にしているというに、随分と無防備ね。奇襲されたって文句を言えないわよ」

 すかさず身体を起こして、大急ぎに距離をとる。
 対して彼女は颯爽と降り立ち、ぐいぐい近づいた。
 胸ポケットに手を入れ、何か取り出そうとしている。
 
「ま、待て待て、まずは話を――」
 
 一触即発な雰囲気に、慌てて両手を突きだす。
 ダメ元の時間稼ぎだが、彼女は足を止めた。
 くすりと笑い、打って変わった笑顔になる。
 
「なんてね。鳩ぽっぽとのやり取りを見てたけど、読み通りの人物で安心したわ。これ幸いと襲いかかるのでなく、対話を試みた貴方の言動にね」

 ポケットから引き抜き、手のひらを上に向ける。
 そのまま握手を求める形で、頬にえくぼを作った。

「私はイリス、アーベル家のイリス・アーベルよ。私たちと組みましょう。共に力を合わせ、この窮地から脱してやろうじゃないの」
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